俺の名前を呼んでください

東院さち

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王妃様にバレちゃいました

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「クリストファー様!アリエスがまいりましたわ!」

 元気一杯の声が聞こえた。
 俺は中々開かない瞼をこじ開ける。クリストファーの香りが俺を包み込んで、理知的な顔が目に入ると、幸せな気持ちで一杯になった。
 生きてきてよかったなと実感したもつかの間、クリストファーの横顔が怒りのためにか引きつった。
 あれ、俺なんかしたっけ? とクリストファーの目線の先を身体をなんとか起こして注視した。
 誰? えと……本当に誰でしょうか――。
 ここはクリストファーの部屋の寝室で、勿論護衛騎士が部屋を守っているはずだし、俺はみたことがないけれど、エルフランもクリストファーがいる間は待機しているはずだ。横に部屋があるといっていた。

「アリエス――! 俺の部屋に入ってくるなとあれほど言っておいただろう! 出て行け!」

 もしかするとよくあることなのかもしれない……とクリストファーの言葉で気付く。
 金色の豊かな髪をなびかせて、大きな目をビックリしたように見開いて、彼女が俺を穴が開くんじゃないかと心配になるほど見詰めて絶句していた。
 顎が外れるんじゃないかな……。それに王太后様にその驚き方を見られたら、鞭が飛ぶよ? と言いたい。
 小首を傾げて「まぁ……っ!」だったはずだ。
 俺はシーツを引き寄せて、その視線から身体を隠した。

「あの……クリストファー様? それは……」

 それとは俺のことだろう。

「エルフラン! アリエスを連れて行け」

 その頃やっと姿をあらわしたエルフランは、湯気のたった器などをお盆に載せてやってきたところをみると、食事をとりにいってくれていたようだった。
 クリストファーは立ち上がってもう一枚の上掛けを腰に巻くと、アリエス王女の首根っこを掴んで寝室を出て行った。クリストファーも勿論裸だったものだから、アリエス王女は「キャーー!」と嬉しげな悲鳴を上げて、部屋を追い出されていった。
 俺は朝からの余りの出来事に、思わずもう一度寝台に沈み込んだ。

「ダルイ……」

 腰が痛い。鈍い痛みがあちこちにあるし、筋肉痛のような痛みも全身に広がっていた。
 アソコも痛い――。
 散々受け入れさせられたアソコがジンジンしている。

 意識を失う前は、確かドロドロだったはずなのに、風呂でもいれられたのか全身ピカピカになっているし、甘い匂いがした。
 気持ちがいい……。
 疲れのせいか、甘い香りのせいか、俺はもう一度まどろんでいた。扉さえ閉めてしまえは、隣の部屋の音なんか聞こえないのだ。

 その時、俺は隣の部屋が凄い事になっているなんて思ってもみなかった。
 うつぶせで眠っていた俺の上掛けが乱暴に取り払われるまで、人が入ってきたことにも気付かなかった。

「ひっ! ル、ロッティ! なんてことなの。ああ……」

 悲鳴と、名前と悲嘆と……。
 無理やり戻された意識がそこにいる人物にあたりをつけた。俺は、怖ろしくて顔を上げることが出来ない。
 なんでリリアナ様が――?

「クリストファー殿下! 未成年だと知っているでしょう! あなたの閨の相手をさせるためにロッティを呼んだのではありません!」

 普段声を荒げたりしないリリアナが厳しい口調で叫んだと思ったら、「うっ!」と呻いて倒れこんできたので、俺は慌ててうつ伏せから起き上がり抱き とめた。
 うん、お腹は打ってない。
 少しだけ安堵したが、周りは大慌てになった。

「私が運ぶ。王妃様の部屋に侍医を呼べ!」

 リリアナが倒れる瞬間に飛び出したのはクリストファーも一緒だった。どれだけの時間が立っていたのかわからないが服はきっちりと着込んでいる。
 前から俺が後ろからクリストファーが抱きとめたから、倒れた衝撃はなかったと思うが、やはり倒れるなんて普通じゃない。しかも彼女は妊婦なのだ。
 リリアナを抱き上げたクリストファーは、俺に向かって「大丈夫だ。起き上がれるようになったら、食事をしろ」と安心させるように目元を緩めて俺を見た。
 この人に任せたら大丈夫だと、俺は心から信じる事が出来た。頷く俺を置いて、部屋から皆が出て行った。
 流石にもう眠る事はできなかった。
 シーツが王妃様に取り払われたから、全てを彼女に見られたのだと今更ながらに気付く。

「これじゃ、ごまかしようがないか……」

 小さな悲鳴をあげたのもわかる。身体のあちこちに赤い点々が散らばっていて、ところどころ噛み跡のようなものもあった。
 元々肌が白いから余計に目立つのもある。
 首筋がヒリヒリとして、俺はあのクリストファーの剛直が挿ってきた瞬間の衝撃を思い出して赤面した。

「駄目だ……。早く起きて、リリアナ様のところにいかないと……」

 そう思うのに、遅々として俺の体は動いてくれなかった。よくリリアナが倒れてきた瞬間起き上がれたものだと自分でも褒めてやりたいくらいだ。
 大人は……、普通の顔をしてこんなことをやっているのか……。
 学院への入学を取り消してもらって本当に良かったと俺は思った。こんなことをされていたら勉強どころじゃない……。
 ノロノロと立ち上がり、出来るだけ身体をみせないドレスを選んだ。リリアナの部屋に戻るのに男の格好では問題があるからだ。

「髪はどうしよう……」

 ロッティの髪を編んであげた事はあったけど、自分ではやったことがなかったからできるか心配だったが、時間をかければそれほど見苦しくない程度に編み上げる事ができた。いつもはアンネットにやってもらっていたから、令嬢は大変だなと思う。服だって、俺は流石にコルセットをはめたのは舞踏会だけだけど、あれは拷問だった……。
 冬で良かったと思う。なんとか首の上まであるドレスを着て、髪を結い上げ、そこにあった食事を手に取った。

「食べるのがしんどい……」

 かなり高熱にならないと俺は食欲がなくなったりしないのに、ゼリーとミルクでお腹一杯になってしまった。食べるとまた眠くなってくる。
 立ち上がって、何とか部屋を出るとそこにはエルフランが立っていた。気遣わしげな表情で「王妃様の部屋にいきますか?」と訊ねた。

「お願いします」
 
 クリストファーに頼まれていたのだろうエルフランは、頷くと俺に手を差し出した。迷いながらも俺はエルフランの腕に自分の手をのせて、エスコートされる風を装いながら介護されながら歩いた。
 いつもよりもゆっくりとエルフランは歩いてくれた。

「あの、失礼ながら……。事後の処理はちゃんと済ませてますか?」

 エルフランの声は小さかった。

「事後処理?」

 それだけ聞き取れたが、事後があのことかと思い当たっても、処理の意味がわからなかった。寝台は綺麗だったと思うが――。

「あなたは女の子だと思っていたのでクリス様も避妊されているかとおもっていたのですが……。クリス様が出されたものを……その……掻きだしましたか?」

 俺は静かに固まった。
 今、この人なんて……? 掻きだす? どこから――? え……。
 エルフランの顔は赤くなっていた。多分俺の顔はもっと赤いだろう。

「いえ、その……処理をしていないと、激しくお腹を壊すんです。あの人はあまりそういうことを知らないと思うので、ちょっと心配になってしまって……」

 あの人がクリストファーのことだということはわかったが、もしかしてエルフランもクリストファーに抱かれた事があるのだろうかと思うと微かに胸が痛んだ。

「いえ、あのちょっと事後は覚えていないんですけど、身体は綺麗にしてもらっていました」
「ああっ! あ……いえ、そうですか。何かこう降りてくる感覚とかはないですか?」
「体がだるいだけで、そういうのはないです……」

 ぼそぼそと小さすぎる声で、恥ずかしい会話を交わしながら歩いているとリリアナの部屋の前についた。
 これからおこる事を想像すると足がすくんだ。
 クリス様は悪くない――。俺が望んで無理に抱いてもらったんだ。
 それは事実だった。クリストファーは何度も煽るなと言っていた。我慢しているとも。それをぶち壊したのはルーファス自身だった。

「ロッティです」

 中からアンネットが俺を招きいれてくれた。

「リリアナ様は?」
「今は眠っていらっしゃいます。大丈夫ですよ、ちょっと血圧が上がったんですって。お腹の御子にも大事はありませんから、そんな青い顔をされないで……」
「何故リリアナ様はクリス様の部屋に来たの?」

 今思い出しても、あの朝の事はよくわからない。あの女の人は誰だったのだろう。

「部屋にルーファス様を迎えにいったんです。扉が開いていたものですからアリエス王女とクリストファー殿下の声が聞こえて……。アリエス王女が『あの子は遊びで抱いていたんですよね』と言っているのをリリアナ様がお聞きになって……。クリストファー殿下の寝室に押し入ったのですわ」

 俺は床にヘタリこんだ。
 なんて、間が悪い――。
 常日頃からついていないなとは思っていたが、そんな些細なところまでついていないとは……。

「まぁまぁ、そんな所に座ってらっしゃらないで。お食事は?」

 情けない顔の俺を慰めるようにアンネットが手を握って俺を立ち上がらせてくれた。

「ミルクとゼリーは食べたよ」
「そんな少ししか食べないから……。もっと筋肉をつけないと」

 アンネットは若いのに母親のように言う。

「クリス様は?」

 少しだけ気まずそうに、アンネットは目線を逸らした。

「リリアナ様が目覚めた後、酷く罵られて……。興奮は良くないからといって出て行っていただきました……。その後お薬でリリアナ様もお眠りになって……。リリアナ様は、ルーファス様の事を可愛がっておりましたから、自分が呼んだせいだと御自分をせめてらっしゃって……」
「アンネット……。俺、リリアナ様に嫌われたかな?」

 自分の両親よりリリアナ様と侍女はずっと俺を可愛がってくれた。たまにしか会えなくなって寂しかったけれど、確かに自分に優しい人はいるのだと信じさせてくれた人達なのに。

「そんなはずはありません! ただ、しばらくはクリストファー殿下にお会いするのはおやめくださいませ。リリアナ様も大事な時期ですから」

 そう言われてしまえば、俺には否やは言えなかった。

 元々俺の風邪が治るまでという約束だったのだ。クリストファーも今日の夜には帰すと言っていたし。

「うん。俺、リリアナ様に嫌われたくないよ……」

 大事な家族なのに。リリアナの激怒は、俺を大事に思ってくれているからこそなのだから、わがままをいってはいけない――。

 俺のクリストファーとの楽しかった日々は、その日を境に終わってしまったのだった。
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