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「後宮で働きませんか?」
母もそう声を掛けられた。
父が亡くなったのと同じ頃、竜王の番様の具合がよくなくて、竜王は次代の竜を召喚した。後宮は次代の竜王のために整えられることになり、父が亡くなって困っていた母は後宮で働くことを決めた。母しか身よりのいない僕も一緒だ。後宮に勤めることができるのは、次代の王と同じ歳くらいの女児から母くらいの歳の女性までと決まっていた。後宮で竜のために働く人に身分は関係ない。どんなにいいお家のお嬢様であるジゼルも母親しかいない僕も同じように扱われる。ここで別扱いになるのは、竜に認められた番様だけだった。
薄い金色の髪に紫の瞳の僕はよく女の子に間違われた。でも、ちゃんと「僕」と言っているしズボンも穿いているので「お母さんと一緒に来るかい?」と聞かれた時には女の子だと思われているなんて思ってもみなかった。ただ、一週間も働かないうちに、他に男がいないということには気がついた。
何日かして目通りが許された。僕の仕事がリュシオンの身の回りを調える小間使いと決まったからだ。
初めて会った時、リュシオンは何度も瞬きをくりかえして僕を見た。リュシオンはまだ幼竜だけど、次代の王になるに相応しい力をもっていると噂に聞いていた。竜ということを抜きにしても緊張せずにはいられなかった。固まったままの僕にリュシオンはまるで既知の友人にあったように微笑んだ。
僕はその綺麗な笑顔に見惚れてしまって口を少しあけた間抜けな顔でリュシオンを見つめていた。
「そなたはいくつだ?」
「リュシオン様と同じ十歳でございます」
咄嗟に嘘をついてしまった。女の子は成長が早いから、僕と同じくらいの背丈の子供は皆年下だったのだ。同じほうがいいだろうと思って、なんと実年齢よりも二歳も減らして告げてしまった。
「そうか、同じ年は竜でもいなかった。名は何という?」
嬉しそうなのは同じ年の友達を見つけたからのようだ。竜と言ってもその辺りは人間と一緒なんだなと思った。
「エリーと申します」
エーリッヒとは言えない。
「エリーというのは女の名前だろう? そう言えば、ここは女ばかりだと聞いていたが、そなたは男だろう」
そう不思議そうに訊ねられた。周りのリュシオンに仕えている大人達が僕を驚いた顔で見た。
やっぱりそうだったのか。薄々とはいえ、間違われてここに連れてこられたことに気付いていた僕は観念した。契約書には書いていたらしいけれど、母には読めなかったのだ。
「申し訳ありません。次代様を騙そうとしたわけではないのです。僕は出ていきますから、母だけは……」
僕と母にはもう頼る親戚もいなかった。二人共ここを去れば生きて行くことも出来ない。母だけでも生きて欲しい。
「出ていく? 何故だ。そなたは私のためにここにいるのだろう?」
リュシオンは綺麗な顔を顰めた。周りの大人達は「決まり事なのです」とリュシオンをなだめようとしたがリュシオンは頷かなかった。
「でも……、後宮はリュシオン様のために女性が集められています。もし間違いがあったら大変なので……」
「間違いとはなんだ? 間違いようがないだろう」
性別のことだと思っているのかな。竜が性別を判別することができるとわかったけれど、そういうことじゃない。
「あの……人間は男と女で子作りをするのです。だから僕が他の人を……」
言いにくい。
「そなたはまだ子供であろう? 人は成人しなければ結婚だったか? できないと聞いている」
「結婚はできなくても子供は作れるのです。まぁ、問題だらけなので推奨されませんが」
リュシオンは腕を組んで考え込んでいる。竜にはわからない人の世界のことだ。
「成人しなくても子供が作れるのか?」
「はい」
「そなたは成人前に作りたいと願っているのか?」
そんなわけがない。仕事を見つけて、養えると自信がもてなければ子供など作る気はなかった。二歳誤魔化していてもまだ十二歳なのだ。
「ならば別に構わない」
リュシオンは安堵した様に頬を緩めて笑った。
「ですが!」
大人達は焦燥を隠さず、リュシオンに「決まり事です」と繰り返したが、リュシオンは聞く耳をもたなかった。
「いそいで大人にならねばならぬかと焦ったぞ。女であるのがここの決まりだというなら、エリーという名前で女の振りをしていればよい。そなたは可愛いので問題なかろう」
何故焦ったのかわからなかったけれど、リュシオンがいいと言えばここではそれが道理となる。
そうして僕はここで性別も年齢も偽ったまま暮らしていくことになった。
「エリーの性別に関して後宮のもの以外には言ってはならぬ」
そう命じられてしまうともはや誰も何も言えなくなった。竜の命令は、僕達人間にとっては洗脳に近いのだと思う。抗うのは自死を選ぶくらいにとても勇気がいるのだ。とはいえ、僕はリュシオンが成竜になったらここをでていかなければいけない。その頃にリュシオンが番様を選ぶと言っているからだ。ここは後宮なのだから、人の男がいていい場所じゃない。
母もそう声を掛けられた。
父が亡くなったのと同じ頃、竜王の番様の具合がよくなくて、竜王は次代の竜を召喚した。後宮は次代の竜王のために整えられることになり、父が亡くなって困っていた母は後宮で働くことを決めた。母しか身よりのいない僕も一緒だ。後宮に勤めることができるのは、次代の王と同じ歳くらいの女児から母くらいの歳の女性までと決まっていた。後宮で竜のために働く人に身分は関係ない。どんなにいいお家のお嬢様であるジゼルも母親しかいない僕も同じように扱われる。ここで別扱いになるのは、竜に認められた番様だけだった。
薄い金色の髪に紫の瞳の僕はよく女の子に間違われた。でも、ちゃんと「僕」と言っているしズボンも穿いているので「お母さんと一緒に来るかい?」と聞かれた時には女の子だと思われているなんて思ってもみなかった。ただ、一週間も働かないうちに、他に男がいないということには気がついた。
何日かして目通りが許された。僕の仕事がリュシオンの身の回りを調える小間使いと決まったからだ。
初めて会った時、リュシオンは何度も瞬きをくりかえして僕を見た。リュシオンはまだ幼竜だけど、次代の王になるに相応しい力をもっていると噂に聞いていた。竜ということを抜きにしても緊張せずにはいられなかった。固まったままの僕にリュシオンはまるで既知の友人にあったように微笑んだ。
僕はその綺麗な笑顔に見惚れてしまって口を少しあけた間抜けな顔でリュシオンを見つめていた。
「そなたはいくつだ?」
「リュシオン様と同じ十歳でございます」
咄嗟に嘘をついてしまった。女の子は成長が早いから、僕と同じくらいの背丈の子供は皆年下だったのだ。同じほうがいいだろうと思って、なんと実年齢よりも二歳も減らして告げてしまった。
「そうか、同じ年は竜でもいなかった。名は何という?」
嬉しそうなのは同じ年の友達を見つけたからのようだ。竜と言ってもその辺りは人間と一緒なんだなと思った。
「エリーと申します」
エーリッヒとは言えない。
「エリーというのは女の名前だろう? そう言えば、ここは女ばかりだと聞いていたが、そなたは男だろう」
そう不思議そうに訊ねられた。周りのリュシオンに仕えている大人達が僕を驚いた顔で見た。
やっぱりそうだったのか。薄々とはいえ、間違われてここに連れてこられたことに気付いていた僕は観念した。契約書には書いていたらしいけれど、母には読めなかったのだ。
「申し訳ありません。次代様を騙そうとしたわけではないのです。僕は出ていきますから、母だけは……」
僕と母にはもう頼る親戚もいなかった。二人共ここを去れば生きて行くことも出来ない。母だけでも生きて欲しい。
「出ていく? 何故だ。そなたは私のためにここにいるのだろう?」
リュシオンは綺麗な顔を顰めた。周りの大人達は「決まり事なのです」とリュシオンをなだめようとしたがリュシオンは頷かなかった。
「でも……、後宮はリュシオン様のために女性が集められています。もし間違いがあったら大変なので……」
「間違いとはなんだ? 間違いようがないだろう」
性別のことだと思っているのかな。竜が性別を判別することができるとわかったけれど、そういうことじゃない。
「あの……人間は男と女で子作りをするのです。だから僕が他の人を……」
言いにくい。
「そなたはまだ子供であろう? 人は成人しなければ結婚だったか? できないと聞いている」
「結婚はできなくても子供は作れるのです。まぁ、問題だらけなので推奨されませんが」
リュシオンは腕を組んで考え込んでいる。竜にはわからない人の世界のことだ。
「成人しなくても子供が作れるのか?」
「はい」
「そなたは成人前に作りたいと願っているのか?」
そんなわけがない。仕事を見つけて、養えると自信がもてなければ子供など作る気はなかった。二歳誤魔化していてもまだ十二歳なのだ。
「ならば別に構わない」
リュシオンは安堵した様に頬を緩めて笑った。
「ですが!」
大人達は焦燥を隠さず、リュシオンに「決まり事です」と繰り返したが、リュシオンは聞く耳をもたなかった。
「いそいで大人にならねばならぬかと焦ったぞ。女であるのがここの決まりだというなら、エリーという名前で女の振りをしていればよい。そなたは可愛いので問題なかろう」
何故焦ったのかわからなかったけれど、リュシオンがいいと言えばここではそれが道理となる。
そうして僕はここで性別も年齢も偽ったまま暮らしていくことになった。
「エリーの性別に関して後宮のもの以外には言ってはならぬ」
そう命じられてしまうともはや誰も何も言えなくなった。竜の命令は、僕達人間にとっては洗脳に近いのだと思う。抗うのは自死を選ぶくらいにとても勇気がいるのだ。とはいえ、僕はリュシオンが成竜になったらここをでていかなければいけない。その頃にリュシオンが番様を選ぶと言っているからだ。ここは後宮なのだから、人の男がいていい場所じゃない。
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