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第十八話「どうしてこうなった!?」

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「ん……」

 目が覚めたら、朝日が窓から射し込んでいた。
 鳥の囀りと木々のさざめきが聞こえ、俺はハッとして飛び起きる。

「え……っ!? 朝!?」

 窓を開けてみると、早朝の涼しい風が吹く。
 朝だ。紛れもない朝だ。

 昨日は何があったんだっけ。
 あ、そうだ、俺の成人祝いがあって、成人式を行って、そのあと……。

「あ……」

 そうだ! 発情期が来た俺は、カルヴェとやってしまったんだ!

 発情期、恐ろしい……あれが来ただけでカルヴェを誘うほどあんなに淫乱な男になってしまうとは。

 でも、今は昨日のような息苦しさやαを全身で求めるような身体の熱さはない。
 カルヴェとセックスをして収まったのだろうか。

 カルヴェとのセックスを思い返し、俺は顔をゆでタコみたいにしてぶんぶんと首を振った。
 今思い出すだけでも恥ずかしい。
 カルヴェには忘れてほしい。

 俺はαとしてハーレムを作るのが目標だったのに……どうしてこうなったんだ!?

「殿下、お目覚めですか?」
「ひっ」

 頭を抱えていたら、ドアがガチャリと開いた。
 やってきたのは今ちょうど俺の頭の中でいっぱいだったカルヴェだ。

 朝早いのにも関わらず、髪を横流しにしてぴしっと決め、スーツも皺ひとつない。一体この人はいつ寝ているんだろうか……。

「朝食をお持ちしますか?」
「あ、う、うん。お願い」

 昨日あんなことがあったのにも関わらず、カルヴェは平然としている。

「殿下、その……」
「ん? なんだ?」
「服を、着ましょうか」

 カルヴェが目を逸らしてそう言った。
 窓の前に立っている俺は、鏡を見て……自分が生まれたままの状態だということがわかった。

 しかも、肩にキスマークがある。
 これ、カルヴェがつけたのか……?

 いや、考えている暇はない。
 執事の前ですっ裸で立っているのだ。

 俺は急いでベッドのサイドチェストに置かれている服を着ようとした。
 ……? 昨日まで、ここに服は置かれていたっけ。

 昨日来ていた成人祝いの豪奢な衣装もあったはずだけど、もうなくなっている。
 思えば、お尻の中も違和感がない。

 もしかして、カルヴェが俺の身体を綺麗にしてくれて、服も用意してくれていた……?

「……カルヴェ」
「なんでしょう」
「その……ありがと」

 服を着ながらカルヴェのほうを見上げて言うと、カルヴェの耳辺りがほんの少し赤くなったように見えた。

「いえ。殿下、私が着せます。後ろを向いていただけますか」
「ん……」

 カルヴェがグレーのテーラードジャケットを俺に着せる。

 着せたときにカルヴェの指が俺の首や手にあたって、昨日のことを思い出してしまい、少しだけ身体に熱が走る。

 カルヴェは、昨日のことをどう思っているのだろうか。
 平然としているあたり、どうも思っていないんだろうな……。

 着替えが終わった俺は口を開いた。

「カルヴェ」
「どうされましたか?」
「昨日のことは……忘れてほしい」

 どうも思っていないと思うけど、カルヴェは責任感が強い人だ。
 殿下と身体を重ねてしまったと、後悔しているかもしれない。

 身体を重ねたからと、愛もなく恋人関係になりたいと言ってくるかもしれない。

 昨日のことはなかったことにしてほしいと言ったけれど、カルヴェは俺の手を優しく握って、微笑んだ。

「いえ、私は昨日の夜のことは、忘れませんよ」
「え……」
「忘れませんよ」

 二度も言われてしまった。
 しかも、イケメンの微笑みで。

 くっ……こんな綺麗な微笑みを向けられたら、自分でも顔が火照ってくるのがわかる。

 顔が熱いのを自覚しながらも、俺は「朝食を持ってきますね」と部屋を出ていくカルヴェを見送った。

 数分後、カルヴェが朝食を乗せたワゴンを持ってきてくれた。
 俺の部屋のローテーブルに一皿ずつ乗せていく。

 今日の朝食は、クランベリーがたっぷり入ったスコーンに北の地方で咲いている貴重な雪のように白い花のフラワーサラダ、じゃがいもの冷製スープだ。

 うん、今日も美味しい。
 俺のご飯を作ってくれる料理長のサンテリ・ボワージェさんはすごく親切な人で、高等部の頃はよくリクエストに応えてもらっていた。

 よく考えれば、今までわがままばかり言ってきた。
 自分がいずれαになる、この国で二番目に権力のある者になると思って驕っていたのだ。

 でも俺はΩだった。
 俺はこれから差別する側ではなく、差別される側として生きていかなくてはならないんだ。

「殿下。今日の予定なんですが」
「あ、うん。今日は、なんだっけ」
「発情抑制剤を買いに行こうと思っております。殿下はお持ちではないですよね?」
「あ……」

 そうだ、昨日俺は予期せず発情期が来てしまった。
 こんなことが起こらないよう、発情抑制剤は買いに行かなくてはならない。

 王都に売っていると思うが……次期国王の王子が発情抑制剤を買いにいったことがバレたら、すぐに噂にならないだろうか。

「心配しなくても大丈夫です。発情抑制剤が売っている店には私が参ります。殿下は馬車の中でお待ちください。今日は、Ω用の店を殿下に知っていただきたいのです。もし中に入りたかったら、認識魔法をお使い致しますよ」
「ああ、わかった……」

 Ω用の店なんてあるのか。
 カルヴェが買ってきてくれるなら安心だが、カルヴェ自身はいいのだろうか。
 少し申し訳なく感じる。

「それと……グラン団長も護衛に参りますが、よろしいですか?」
「それは……グランが俺の第二の性を知っているということ?」
「ええ。許可を貰わずに勝手に話してしまって申し訳ありません……。殿下の護衛として信頼がおけるグラン団長には、伝えておきたかったのです」

 確かにグランは護衛として信頼できる。

 がたいの良さからうかがえるほど剣術は強いし、剣に付与させた己の炎属性の魔法も十分使いこなせている。

 それに、いつも俺を優先してくれる人だ。
 グランになら、教えても構わなかったかもしれない。

 だけど……。
 自分が護衛する王子がΩだということを、グランは嫌がらないだろうか。

「それで、俺がΩだってことを知って、グランはなんて言ってた?」
「殿下のことは……いえ、まぁ、何も仰ってはおりませんでしたよ」
「そうか……」

 軽蔑はしていないということだろうか。
 少し安堵して溜め息を吐いた。
 グランに嫌われたらどうしようかと思った。

「では、今日の午前十時に王宮を出ます。殿下は特に何も持っていかなくて大丈夫ですよ。それまで、待っていてくださいね」

 にこりとカルヴェが微笑んで、部屋から出て行った。

 カルヴェがいなくなって人気がなくなった部屋にぽつりと残された俺は、なんとなく寂しく思ってしまう。

 もっとカルヴェと話したいだなんて、いつから思うようになったのだろう。
 俺はその気持ちを振り払うように、朝日が眩しい窓の外を眺めた。
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