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望月来夢

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秘密の本拠地

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 かすかな駆動音を立てて、エレベーターが目的地へと到着する。自動ドアが完全に開くのを待って、ムーンは外への一歩を踏み出した。
「全く、いつまで経っても慣れないね」
 隣の箱から、マティーニが掃き出される。バッグが重くて仕方ないのか、渋面を浮かべて肩を回していた。
「何だってわざわざトイレなんかに……秘密の入り口なら、もっとカッコいい場所に置いて欲しかったよ」
「へぇ、例えばどこ?」
 愚痴をこぼす彼に、揶揄い気味に尋ねる。すると、答えは考えていなかったのか、マティーニは口ごもった。
「そりゃ……本をセットしたら、本棚がスライドするとか。石を翳したら魔法の部屋に連れて行かれるとか。洋服屋として営業してるとか?」
「なるほど。映画じみた話だね」
「聞き流すなよ、ムーン」
 一笑して歩き出すムーンに、マティーニが文句をつける。
 洋服屋テイラーではないが、表と裏が一体となっているところは、映画とよく似ていた。つまり、地下だ。
 設計図上は存在しない、クリスタル・ピラミッドの地下三階。そこに、諜報機関の本部は置かれていた。地上階の特定のトイレにのみ、隠し扉が設置され、地下へと潜るエレベーターと繋がっている。何故トイレなのかと言えば、そここそが最も安全で、完璧なプライベート空間だからだ。誰の目も届かない場所故に、秘密への出入り口に相応しい。
 三基のエレベーターが到着するホールの先は、一面黒色で塗り潰された、長い廊下が続いていた。青く光るネオンが等間隔で配置され、定期的に明滅することで、サイバーな異空間を演出している。その先の、堅牢に聳える白い扉の前で、ムーンは立ち止まった。そして、再び瞳孔認証。今度は指紋と声紋も確かめられる。
彷徨う星ステラ・エランス
 合言葉を口にすれば、小さな電子音がして、認証の完了を告げた。核シェルターのような分厚い扉が、音もなく左右に開く。
 ムーンは微笑みを絶やさぬまま、室内へと踏み入った。すぐにマティーニも続いて、彼の背後で扉が閉まる。
「それとも君、もしかして僕の才能に嫉妬してる?」
 当然のように、彼は先刻の会話を続けてきた。最先端のセキュリティも、SFじみた内装も、彼らにとっては日常で、取り立てて騒ぐほどのことではないのだ。
「それなら仕方ないな!俺はただの週刊誌記者パパラッチで終わらない。ビッグになる男だ!いつか絶対に、最高に面白い記事を書いてやるぞ!」
 「でも今はまだ時間がない」とか「仕事が忙しいのが悪い」とか、マティーニはどうでもいいことを喋っている。ムーンは適当に、側にあった椅子に座った。座面が黒いプラスチックで出来ていて、つるつると滑って大変居心地が悪い。やっぱり会議なんてサボれば良かったと思い始めた。マティーニのいつもの、誇大妄想に付き合わされていれば尚更。
「だけど社長も酷いよな。こんなに頑張ってる僕をいつまでも君の助手扱いで、一端のエージェントにはしてくれないんだから。いっそのこと、もっと正当な評価がされる会社に転職でも」
「あら、マティーニ。社長の悪口?」
 暗闇から飛んできた声が、マティーニの弾丸のような話を遮る。チョコレート色の太い指が、キーパッドのボタンを押した。
 一部しかついていなかった室内灯が、パッと一斉に起動する。煌々とした明かりが天井から降り注ぎ、部屋中を照らし出した。
 そこは、存外に小さな部屋だった。十メートル四方くらいだろうか。一方の壁には無数のモニターが埋め込まれ、手前の机にキーボードやマウスの他、様々な装置が置かれている。それ以外の壁も、床も、全て白いタイル張りだった。マディーたちの眼前には、同じく白い丸テーブルがある。
 モニターに向いていた革製の椅子が、ゆっくりと回転した。大きな背もたれに隠された、大きな体躯が現れる。
「うげっ」
 彼女の顔を見るなり、マティーニはあからさまに顔を歪めて呻いた。ムーンは涼しげに、足を組み替え頬杖をつく。
「お生憎様。ウチは転職不可なの。どうしても出て行きたいって言うんなら、死体になってもらうしかないけど、どうする?」
 レジーナは、巨体を揺らして椅子から立ち上がり、ネイルを塗った爪でマティーニを指した。実質的な脅しに、彼はもちろん閉口する。生きた情報源として、無慈悲に葬り去られるなんてごめんだった。
「それと、次に私の尊敬する人を悪く言ったら、ケツに鉄棒突っ込んで引っぱたくからね」
 黙り込んだマティーニに向かって、彼女は更に言葉を投げかける。非常に口の悪い罵倒に、マティーニの顔は心持ち引き攣っていた。ムーン一人だけが、平然と含み笑いさえ漏らしている。
「くくくっ……よく言うよ。さっき社長を吹っ飛ばしたのは君だろう?」
 彼の声を耳にするなり、マティーニは驚愕してレジーナを見た。
「あれは私が悪いんじゃない、ドアが悪かったのよ」
「……マジかよ」
 さっきの自分と変わらない、むしろより悪辣な言い訳を紡ぐ彼女に、思わずマティーニの本心がこぼれる。彼女がその大きな体で、線の細い社長を吹き飛ばす光景が脳裏に浮かんだせいもああった。
「何?」
 レジーナは腰に手を当て、フォックス眼鏡の奥から、ジロリと二人を睨め付けた。良識ある大人の二人は、空気を適切に読んで、礼儀正しい沈黙を保つ。彼女はやがて一つ息を吐くと、キーパッドを操作して、モニターを付けた。ヴン、と低い音を立てて、高画質の画面に映像が表示される。それがきちんと再生されることを確認し、幹部統括補佐レジーナは、緑の瞳を煌めかせた。
「それじゃあ、始めましょう」
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