神々にもてあそばれて転生したら神様扱いされました。

咲狛洋々

文字の大きさ
186 / 200
閑話

料理上手は落とし上手

しおりを挟む
 
 つるりと顎まで続く卵型の輪郭に、しっかりとした鼻筋。

薄く大きめな口は柔らかに引き締まり見る者を欲情させる。

膝まで伸びた髪は赤魔粒子で出来た簪と笄で纏められ、襟足の翡翠髪を

風が撫でると、キラキラと、陽に照らされ輝く河川の水面の様に

棚引いていた。

「陛下、」

侍従のカナムに声を掛けられ、本に落とした視線を声のする方へ

向けた。

金のまつ毛と金のまぶちに抱かれた紺碧の瞳は、青年期の

かんばせに唯一幼さを残している。侍従のカナムは、この

美しい若き皇帝に仕えられた事を喜ばしく思い、また面倒だとも

思っていた。

「何だカナム?」

「陛下、太傅がお待ちです。」

カナムは礼をしたままサリューンへ返答した。

「分かった。参る。」

サリューンは手にした本をカナムに預け、書棚へ戻す様伝えて側使えと

共に部屋を後にした。

カナムはその本の表紙を撫でてため息を吐く。

「絶対彼が振り向く100の方法」

これを誰の為に読んでいるのかと考えると、頭痛がした。

あの方は無理だろ?

立場うんぬんでは無く、そもそも先帝がオルポーツ様と言う時点で

アウトだろ!何でそれが分からないのか。いや、分かっていても

止められぬのだろうな。お可哀想に。

「はぁぁぁぁぁ。」

カナムの溜息は更に深くなっていく。



 書庫の隣に設けられた一室で、太傅フォームル•クアントにサリューンは教えを

乞うていた。

「宜しいですか?まずは相手の情報をいかに得るか。それが勝ち戦に最も重要でございます。戦力、布陣、内政、外政を知り何処に初手を指すのか、王手は以下様にするのかを考えられねば勝ちはございません。」

サリューンは顎を掴んで考える。

「陛下ならば、何を初手にされますか?」

眼を瞑りサリューンは考える。

「まずは、相手の望みと弱点を知らねばな。それから策だな。」

フォームルはその好々爺とした相貌を緩やかに崩して微笑んだ。

「では、相手が独立を望んでいた場合は?」

「そうよな、私の傘下内での方がメリットが大きい事を理解させる事がまず初手であり、反応を見る事になろうな。」

「では、そのメリットとは?」

安全寝食保証、独自性複数婚の容認、金銭愛欲の補填、民からの信頼。権威正妃の獲得」

フォールムはサリューンの言葉に頷き、そして付け加える。

「自由経済の一部容認も必要ですな。」

ふむ。自由経済とな?この場合何に当たろうか。

自由行動は難しいな、正妃となれば公人となり表立って正妃が愛妾を

連れ外に出る事は憚られる。

「陛下、何をお考えで?」

「うむ。そもそも相手がこちらを見ていなければメリットも意味を成さぬなと思うてな。」

「それは当然ですな。しかし、こちらを意識せずして独立は出来ませぬぞ?」

「…そうとも限らぬ。自由を求める者はメリットも枷と捉え、デメリットをメリットに変える知恵を得ようとするだろうな。」

サリューンは言い終えると、唐突に悲しさに襲われた。

ぎゅっとグレースから贈られてきた24色の魔粒子を閉じ込めたペンダ

ントを握り締め、眼を瞑る。薔薇色の唇を大きく開けて、大らかに笑う

グレース。七色に縁取られた瞳の輝きに負けぬ、溢れる涙の美しさ。

思い返せばグレースの全てが心を支配していた事を知る。

「得られぬ宝を得る為にはどうすれば良い?帝国一の賢者フォールム」

紅蓮の炎を宿した瞳にフォールムは眼を見開いた。

ほぅ、この方にも龍の強き意志が宿るか。エルザード様以来の美しい

紅蓮の炎ですな。オルポーツ様の炎は強くはあったが美しいとは程遠い

濁った炎であった。サリューン様であれば、自身を律し強く優しい

皇帝となるだろう。それまで私もまだまだ死ねぬな。

しかし、得られる宝とは何であろうか?帝国を治めるに於いて、手に

入らぬ物はないのでは?容易には手に入らぬ物、それは、人の心か?

「ハハハハ、成程。それは戦よりも難しいですな。」

そろそろ、正妃選定でございましたな。成程、好いたお方がおいで

でしたか。それは喜ばしい。

「私の事を申しますと、私は予言婚姻でございました。予言とはいえ、我が妻は気が強く何とも傲慢な者でございましたよ。」

「ほう?太傅の妻は北の者では無かったか?侯爵の三男であったか?」

サリューンは面白そうな話に、ペンダントを握る手を緩めた。

「えぇ、妻はダレンティア侯爵家の三男でございます。彼の地の者は土地柄か、皆自尊心が強くテュルケット様の正妃を輩出したのは我家だと嘘か誠か分からぬ歴史を強く信じておりますれば、傲慢とも言える言動が多かったのでございます。」

妻君の事なのに遠慮が無いなフォールムよ。

しかし、フォールムはかなりの愛妻家と聞く。どこにその様な恐妻を

愛せる所があったのだろうか?

「しかし、其方ら子息は何人いた。六人だったか?子沢山だと思った記憶があるが。」

フォールムは、ホホホホと笑い七人だと答えた。

「双子、双子、双子、末子の七人でございます。今では孫も20名おりまする。」

「それは、また。すごいな。」

「陛下にも御子がお生まれになれば分かりますよ。子供は良いものです。」

サリューンは頬杖を付いて窓の外を見た。

今はガーライドか。会いに行く時間を作らねばな。

「して、その様な妻君と如何様にして今の仲睦まじい間柄となった?」

フォールムは髭を撫でながら語り出した。

「私には妻以外に心を寄せた者がおりました。」

「ん?其方がか⁉︎」

思わずサリューンは席を立った。

この温厚で誠実さが売りの様な太傅にそんな存在がいた事に驚きを

隠せなかった。

「はい、幼き頃からその者を将来の妻にと決めておりました。しかし、私が30を過ぎた頃でしたか、予言が啓示されました。それはもう、テュルケット神を恨みました。何故、あの様な者を妻にせねば成らぬのかと神殿にまで詰め寄りましたな。」

「なれば、その恋人と其方は辛い想いをしたのでは無いか?」

「そうでございますね。妻にも、娶る気は無いと言い切りもしました。」

「では!それがどうして?」

「第二次帝都襲撃の時にございましたな。私の愛した者は戦死致しました。予言も神も何もかもを恨み、遺骨を抱え死に場所を探す為家も出ました。」

「それは、辛いな。」

「はい、辛くて死ぬ方がマシだと思いましたな、その時は。」

「どうやって今の其方がおるのだ?」

フォールムは本を棚に戻して別の本を取りながら微笑んだ。

「妻が、最期は私が看取ると旅に着いて来たのです。」

「なんと!それは豪気というか、肝の座った妻君だな。」

「えぇ、本当に。最初は恨めしく、憎らしくて会話もせずに二ヶ月程旅をしましたな。」

「二カ月もか!?」

フォールムは苦笑いしながらサリューンの向かいの席に腰を下ろした。

「ええ。しかし、我が妻は野宿をしても、夜駆けをしても黙って付いてきましてな、食事を作るだけなのです。二カ月を過ぎ、愛した者の誕生日に思い出の店で一人食事をしました。」

「ほう?」

「すると、なぜか美味いと思っていた店の食事が不味い物に感じたのです。愛する者との思い出もその食事で汚された気になりました。二口、三口と食べすすめても美味くないのです。そして店を出ました。」

「そして?」

「妻が、テントでスープと揚げ物を作っておりまして。それを食べた時、愛する者の記憶が美しいまま蘇ったのです。そして気がつきました。妻の料理がこれ程までに美味い物であったかと。」

「傷心な私は知らぬ間に胃袋を掴まれておりましたよ。そして、店での事を伝えましたら、妻がこう言うのです。」

「な、何と言ったのだ⁉︎」

フォールムは照れ臭そうに微笑みながら、胸に手を当て当時の光景を

思い出していた。

「この料理はその方と私の愛を込めましたから美味いと感じるのです、私は夢で約束したのですよ、その方に代わり貴方の側で見守り、最期はその方の所にお送り致します、と。」

「気が強く、傲慢な者がそうも変わったのか?」

サリューンは眼を見開き驚いて、椅子の背もたれに背を預けた。

「えぇ、最初は妻を振り、家名に泥を塗った私を嘲笑おうと着いて来たと言いました。しかし、旅の中で彼の様に私に愛されたいと望んでしまったと言われました。」

「私は今も外食や食堂には参りません。妻の料理以外受け付けぬ体となってしまいました。もし、陛下が愛されたいと願うなら、、」

「なら⁉︎」

ガバッと椅子から身を乗り出し、フォールムの手を掴んだ。

「胃袋を掴みなされ」

そして一冊の本を手渡した。




″愛を込めた家庭料理に勝る物なし″  

ナザライヤ•クアント著





















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!

ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。 牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。 牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。 そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。 ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー 母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。 そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー 「え?僕のお乳が飲みたいの?」 「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」 「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」 そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー 昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!! 「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」 * 総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。 いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><) 誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

BLゲームの脇役に転生したはずなのに

れい
BL
腐男子である牧野ひろは、ある日コンビニ帰りの事故で命を落としてしまう。 しかし次に目を覚ますと――そこは、生前夢中になっていた学園BLゲームの世界。 転生した先は、主人公の“最初の友達”として登場する脇役キャラ・アリエス。 恋愛の当事者ではなく安全圏のはず……だったのに、なぜか攻略対象たちの視線は主人公ではなく自分に向かっていて――。 脇役であるはずの彼が、気づけば物語の中心に巻き込まれていく。 これは、予定外の転生から始まる波乱万丈な学園生活の物語。 ⸻ 脇役くん総受け作品。 地雷の方はご注意ください。 随時更新中。

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

処理中です...