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新世界編
さらば我が愛、
しおりを挟むヤルダの処刑は魂の破損で執行完了とされた。ビクトラはひたすら
兄上と呟きながらヤルダを抱きしめ、その場を動かなかった。
皆、ビクトラ達をそのままにサリューンの執務室へと移動し、これから
の事を話し合う事にした。
「では、そのジジとやらはこちらに害を成す存在ではないのだな?」
サリューンはルーナに問いかけるとお茶を飲み溜息を吐いた。
あまりにも多くの事が動き出し、サリューンも対応が後手になっている
自覚があった。これ以上は後手に回るわけにはいかないと、教会、神殿
関係者も同席させた。
「はい、彼が淀みの解放を望む事はないでしょう。まずすべきはカイリ殿の処遇をどうするかです。あまりにも権能が強すぎて、きっと誰も手に負えないなでは無いかと思います」
「……では、眠って頂くより他無いのでは無いですかな?」
大司教が苦し気にサリューンに提案したが、グレースの怒りを顕にした
顔を見て咳払いをすると「なんでもございません」と引き下がった。
「カイリが何をしたいのか、これが分からなきゃ手出しができない。あいつの権能の前に誰がカイリに手が出せる?」
グレースはソファに身体を沈めて吐き捨てた。
「ジジさん達の目覚めはいつ頃でしょうか?」
リャーレがそう呟いた時、勢いよく近衛騎士が執務室に入ってきた。
「失礼致します!只今、都様がお目覚めになり、部屋の窓から飛び降り教会へと向かわれました!現在、呪法、権能使用はございません。騎士隊員が後を追ってございますが、取り急ぎご報告に参りました!」
また、別の隊員が現れ「救護室にてお休みのグレース様が御目覚
めになられました!また、ソレス隊員も目覚めております」と言って
入り口で敬礼する。
その言葉に、サリューンは立ち上がると二手に分かれて事情を確認する
事を提案した。
「わかった。サリザンドとリャーレ、朱雀、大司教、神官長は俺と都を追う、サリューン達はジジ達から事情を聞いて、状況説明と対策を話し合ってくれ!」
「「分かりました」」
こうしてグレース達は二手に分かれて動き出した。
グレースは早る気持ちを抑えつつ、駆け足で教会へと向かう。
都、都!どうか無事で居てくれ、なんだか俺…不安なんだ。ずっと
都の声が聞けてない、心が分からない。俺が嫌いな孤独に、俺は
飲み込まれそうなんだ。都、聞こえるか?俺の声が聞こえるか?
神核から声を掛け続けるが、返答の無い無情な神核の沈黙が、
グレースを更に焦らせた。
教会に辿り着いたカイリは、テュルケット像跡の台座裏に施された
制約紋に触れた。すると台座がふわりと宙に浮き、地下へと向かう
階段が現れた。静かに階段を降りて、カイリはテュルケットの神体が
沈む泉に顔を近付けた。
「ティル…待たせたね、もういいだろう?共に逝ってやるから諦めてくれ」
ブクブクと気泡に押され、テュルケットの神体が水面に浮かんでくると
カイリはその頬に触れ、涙を落とした。
「お前も馬鹿だね…私を離さない為に神々の神核を取り込んで…意味の無い事ばかりだ。この星を壊しても、残しても、私はもうとっくに居ないと言うのに」
泣きながら、テュルケットの身体を抱きしめ都の浄化を試すが神核が
無い為、上手く発動出来なかった。そしてテュルケットの身体に残る
魔粒子諸共を都の魂に付随した権能を使いその身体に取り込み、大きく
息を吸い込んでゆく。じわりじわりと身体に集まる神々の神核が一つに
なると、その身体全てが神核となり輝き始めた。
「さぁ、みんな。還ろう…あともう少しだ」
「…都、言いたい言葉はある?」
「そう…さようなら愛する人…それだけかい?皆んなには伝わらないけど…言わせてあげたかったんだ。ごめんよ…」
カイリはそっとテュルケットの神体が浮かんでいた泉に足をつけ、
そのまま横たわり泉の底に沈んでいった。
「都‼︎どこだ‼︎どこにいるんだよ!」
グレースが教会の扉を開けて飛び込んで来たが、そこには誰も居らず、
静寂だけがあった。
みな、キョロキョロと教会に都の姿を探すが人っ子一人おらず、顔を
見合わせた。
「本当に教会へと来ているのでしょうか?」
大司教が部屋を見て回るも誰もおらず、グレースに問いかけた。
「わかんねぇよ。探すしかねぇだろ」
「…おい、テュルケットの神体はどこにある」
「ここではなく、神殿なのでは?」
サリザンドがグレースに答えながら大司教の方を向いた。
大司教はあからさまに顔色を変えて、目線を逸らした。
「おい、なんで目を逸らしたんだ」
「いえ、そんな事はございません」
「もう、それどころじゃないんだ!責めねぇから言えよ!」
「……こちらです」
大司教はそそくさと台座まで走ると、台座の制約紋を探した。
「……無い…なんで…」
「あ?何が無いんだよ」
「ここに、地下へと繋がる階段があるのですが、制約紋にて封印して置いたのです…その制約紋が…」
サリザンドは大司教を押し退け、鑑定スコープを嵌めると台座に
触れ、制約紋の残滓を読み取る呪法で、そこにあった筈の制約紋を調
べた。
「ここですね…しかし、今から制約紋の復元は時間がかかります。朱雀殿!これを破壊してください!」
朱雀は黙って羽ばたきすると、宙に浮き炎弾を打ち込んだ。
「ばっか!一言なんか言えよ!俺達まで殺す気か!」
「はっ!すまなんだグレース!我も焦ったのだ」
ボロボロと崩れる台座を皆で掻き分け、下へと降る階段を見つけたグレ
ースは躊躇無く階段を駆け降りると、サリザンド達がその後を追った。
「泉…この泉の存在を俺は知らないぞ…どこと繋がってるんだ」
グレースは額に手を当て、驚き焦っていた。地図にも文献にも
残っていない泉の存在に困惑している。そんなグレースを見て、
リャーレが大司教の肩を掴んで問いただした。
「大司教、これ何処に繋がっているんですか?」
「…た、確かオブテューレの教会の泉です」
「オブテューレ?なんでそこに…淀みと繋がるのは西の泉なのでは?」
リャーレは訳が分からないといった顔でグレースへと顔を向ける。
そこには顔面蒼白なグレースがサリザンドを見つめていた。
「おい、神々はどこから天に還るって言ってた?」
サリザンドは答えながらその意味を捉え始めた。
「神々が降り立った場所か…ら…」
「まさか、カイリのやつ!都共々天に還るつもりなのか!?最初から天帝の元に還る為に都の魂を奪ったのか⁉︎」
——— 違うぞグレース‼︎ 結界を通らず淀みに向かえるのがそこなのだ‼︎カイリは淀みに堕ちるつもりだぞ‼︎
「なっ!なんだって⁉︎都まで道連れか⁉︎」
「グレース様⁉︎ラファエラ殿は何と言っているのですか⁉︎」
皆、グレースを取り囲みラファエラの答えを求めている。
グレースも、呆然としながら言葉を反芻する様に声を絞り出した。
「結界に阻まれずに淀みに入れるのが、オブテューレの泉でカイリは淀みに堕ちるつもりだと…」
「…な、なにしに…淀みに……」
——— 浄化だ。都の魂に神々の神核を集め淀みで調和と浄化を行うつもりだ!カイリは都の魂を使うつもりだ‼︎
「はっ…はっ…はっ…」
グレースは目を剥き、息を荒くして痙攣しだした。過呼吸の症状を見た
サリザンドは、慌てて抱き寄せると強く頭を肩に押し付け叫んだ。
「ゆっくり、ゆっくり息をしてください!落ち着いて、落ち着いて、まだなんとかなります、なんとかします!」
「ひゅっひゅっ…都…たま…しい…ひゅっ…使う…じょ…か…ヒュッ」
サリザンドはグレースを抱きしめた手を震わせ、抱き上げると
ポータルへと走り出した。
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