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新世界編
神の死する世界で
しおりを挟むグレースとサリザンドはオブテューレへ向かうために、一度帝都の
本教会へと向かう事にした。西の教会はビクトラによる封鎖の為、
司教もおらず静まり返り荘厳さというよりも、どんよりとした沈黙に
教会中が覆われていて、グレースもサリザンドも長居したくはないなと
溜息を吐いた。
ゾワリ
何か言い表し様の無い感覚が二人の背中を撫でた。
「…お゛お゛ぉぐがぁあぁぁ…」
グレースとサリザンドが振り向くと、ヘドロの様な真っ黒な物が教会の
扉を押し開き、教会の中へと入り込んだ。
「…サリザンド…これ…」
「魔獣化…前の…淀み、ですか…ね?」
サリザンドはポータルへと走ると、転移先の位置情報を入力し起動
させた。グレースも、ゆっくりと後退りしながら神力を両手に集め
攻撃態勢を取った。
「あ゛ぁ…グ…デェェェ…スゥゥゥア゛ア゛ア゛グレーズゥ」
「?」
ヘドロはベタベタと床を這いずりながらグレースへと近付いた。
グレースも襲いくる気配の無いその物体に、ゆっくりと近付くと
そのヘドロに手を伸ばしてそっと触れる。
「グレース様⁉︎」
「大…丈夫だ…多分…」
グレースが神力を纏わせた手でそのヘドロに触れると、そのヘドロは
神力に淀みが反応し、バシャっと液体の様に床に散らばった。
しかし、目であるだろう半透明の石の様な物体がグレースの方を
向いた。
「にげ…て…ティル…が…」
「お前…まさか!アマルマなのか⁉︎」
「何でこんな姿に!」
グレースは床に散らばるヘドロを掻き集め腕に囲った。
「げ…ゲボォォォ…ヴァァァ…よぉどぉぉぉみぃぃ…ガァァァァ…あふれぇぇ…アァァァァァァ」
雄叫びと共にその淀みは魔粒子となり空気中に霧散してゆく。
その光景に、グレースはアマルマの名を呼び続けたが、サリザンドは
これ以上は無理だとグレースの腕を掴み上げると引き摺る様にポータル
へと連れ込み転移した。
「サリザンド…あれ、アマルマだ…俺に逃げろって…」
「えぇ…結界の喪失を前に、溢れ出て来ている様ですね。しかも…それ以上に何かが起きているのかもしれません…」
「ティルがって…テュルケットが…淀みで何かしてるって事か…?」
「オブテューレへ向かう前にサリューン陛下の元へ行きませんか?」
「あ、あぁそうだな…そうしよう」
サリザンドは、アマルマの欠片がへばり付く手を眺めるグレースの肩を
抱き寄せると歩き出した。
「まず、淀みの状況が思わしく無い事を伝えてから、麒麟の記憶を見に行きましょう。それから、四聖獣に知恵を借りましょう」
「あ…あぁ」
大ホールにはサリューン、宰相、各大臣に各地の領主と領主代行、
各騎士隊隊長など階級持ちの騎士が所狭しと集まっていた。
「失礼します。グレース様とサリザンド様がお越しでございます」
門番が二人を連れて、扉前で口上を述べた。
グレースとサリザンドが中に入ると、そこには帝国を支える錚々たる
面々がおり、二人の入室を黙って見ていた。
「サリューン…どうしたんだ…この状況」
サリューンは玉座から立ち上がると、ゆっくりと段を下りてグレースの
前へと歩き出した。重鎮等の中にはビクトラやアガット達も居て、グレ
ースを見ていた。
「グレース様…ご無事で」
「あぁ。お前もな…」
サリューンはグレースを抱き締めると、その場で跪きグレースの手の
甲、ロングキュロットの裾を少し持ち上げキスをして叩頭した。
そして、その場に居た誰もがその場に跪きサリューン同様に叩頭する。
「な、なんだよ…止めろ、そんなの…止めろ!」
グレースは皆の目が自分を見ていない事を感じた。そして、サリザンド
に目をやると、サリザンドも眉間に皺を寄せて立ち尽くしていた。
グレースは主神として認知はされていたが、皇城の中に於いて神として
扱われた事は無く、どちらかと言えばサリューンの臣下の様な立ち位置
で扱われていた。故に、この対応に二人はどうしたのかと慌てていた。
「オブテューレの泉にて、麒麟様が復活なされました。そして、結界の喪失は免れず、淀みへと向かう事も不可能だと仰られました。ですが、唯一…我々が取れる唯一の事…それが祭祀でございます…」
「祭…祀…?それって」
「名実共に、グレース様には神となって頂きたいのです」
サリューンの言葉に、グレースは首を傾げた。
「いや、俺は既に主神だろ…」
「いえ…私共、この世界に生きる全ての者達は、グレース様をグレース様として扱っておりましたが、これからは…神として崇め、神殿へと入って頂きたいので御座います」
「…俺に…テュルケットになれって言うのか?」
「……左様でございます」
「俺は…どうなる…」
サリューンは振り返り、神官長マルスを呼ぶと立ち上がり玉座下右手に
跪いた。マルスは、真っ白なローブを神官等に持たせて、神殿に保管
されていた錫杖を携えて恭しくグレースの前へと進み寄った。
「ご無沙汰しておりますグレース様…これより、神代わりの儀を行い、グレース様には神殿に入って頂き…我々臣民からの祈りを受けて頂きます」
「なんで突然…こんな事になったんだ…説明しろ」
「この世界には…今神はおりません。故に淀みは増え続け、調和の広がりも滞っております…そして、淀みへと堕ちた都様をお救い出来るのも…神核を有する神で無くてはならないのです」
「神核なら四聖獣だって持ってるだろ…それに、俺は…行けない…」
マルスは眉間に皺を寄せて、怒りにも似た表情でグレースを見上げた。
「何をお言いですか…貴方様の半身ではございませんか!いざとなると…怖くなりましたか?」
グレースはその言葉に、眉を下げて泣きそうになった。
俺だって…助けに行けるなら行きてぇよ…。今すぐ行って、都を
抱きしめてやりたい…怖いだろうな、不安だろうな…泣いてるかもな。
けど、俺は神じゃ無い…権能だったんだ。この身体に神核があったっ
て、俺は…何も出来ない。
「どうなのです…都様をお救い出来る唯一の方法なのです」
「悪いな…俺は……都の…権能なんだよ…だから、神核も…俺でどうこう出来ねぇし、ラファエラも…どうする事も出来ない」
グレースの言葉にその場の誰もがざわめき出した。マルスも、錫杖を
手にしたまま固まり、目を見開きグレースを見上げている。
「マルス殿、何故突然祭祀の話などが上がったのですか?」
サリザンドがグレースを背で隠す様に立つと、マルスの腕を掴んで
立ち上がらせた。
「この世界に神が居ない事、その事がこの世界の力を弱らせているのです。祭祀を行い、グレース様へと信仰を集めて上神して頂きたい。そして、本当の意味で神となったグレース様だけが結界を作れるのです…連日、エルザード様の残した物を読み漁り、また神殿に残された碑文を読み解き…麒麟様のお言葉と併せて導かれた答えが…上神が必要という事です」
「上神して…どうなると?結界が出来てしまえば、都は救えるのか?」
サリザンドの言葉に、カバラークが立ち上がりサリザンドの前に進み
出た。そして、カバラークは手袋を外すと両手の甲を差し出した。
サリザンドとグレースは顔を見合わせて何事かと、カバラークを
見下ろした。
「この手にあります紋章…これは黄龍の末裔である印でございます。私はフェルファイヤ様の子孫であり、黄龍様の御子息ジジ•フィルポット様の家令を務めます家門の当主で御座います」
「で?それがどうしたんだ…」
「黄龍様がこの度お目覚めになられました…それが意味するのは…この星が天界との繋がりを断たれた世界となり、淀みの増加の終わりを告げます。そうなると、現在の四聖獣達は天界との繋がりが絶たれ…消失します」
「…そうなるとこの身体も消えるのか?」
「いえ…グレース様の神核はこの世界で作られました…故に神として存在出来るのはグレース様だけなのです」
「天界との繋がりが切れたなら上神する意味はあるのか?」
「どうなるかは、私にも分かりませぬが…神の存在せぬ世界は星が崩れると聞きます…故に、帝国内にこの度の祭祀の触れを出しました…本日18時より祭祀を行います…権能であったとしても、神核を有するグレース様のお身体は神体となるでしょう…そうなれば淀みへと向かえるのです。最後の希望なのです…どうか、どうか…お受け頂きたい」
俺が神になれば、都を救えるのか?ラファエラ…俺はこの提案と言う
名の強制を受けるべきなのか?お前は言ったよな…俺が子供を産む為に
は都が西へ向かう必要があるって…その予言は今も変わらずにそうな
のか?
——— 分からぬ。都がカイリと同調した時点である意味予言は終わっている…
どう言う事だよ…予言が終わっているって。
——— この第四の予言書は…カイリを起こす事が目的だったのだと…思う。
思うって…お前、全てを理解したって言ってただろ?これも分かってた
んじゃ無いのかよ。
——— 我が分かっていたのは都が淀みを調和、浄化する存在であり、神となるべき存在だと言う事だ。まさか…カイリが都と同一化する
など、この予言と都の持つ権能からは読めなかった…。ジジの存在…コイツの動きだけはエルザードにも読めなかったのではないか?理から外れし者…そう…予言からも外れているのかもしれん。
使えねぇなぁ…けど…俺が上神したら…救える可能性は増えるんだな?
——— 分からぬ。其方の魂が権能なのだろう…それがどう変わるのか…想像もつかん。
そうか…でも、やるしかねぇよな?もし、俺が俺でなくなったとしても
都が助かるなら俺はやるよ。ラファエラ、お前は覚悟出来てるか?
都の為に死ぬ事を…。
——— 当たり前だ。我は都だけではない、グレースの為であってもこの存在が消えても悔いは無い。グレースが消える時は我も共に逝く、恐るな。
グレースは目を閉じると、ふっと微笑み覚悟を決めた。
「カバラーク…分かった。上神しよう…もし、それが失敗して…俺が俺じゃ無くなる様な事があれば…この錫杖でこの身体の魔粒子を全て奪え…いいな。あと、ジジを探して連れて来い…アイツは何か知ってるはずだ…」
カバラークは、苦悶の表情でグレースを一瞥すると目を瞑り床に
手を付け頭を下げた。
グレースの言葉に、ビクトラは立ち上がり駆け出すとグレースを抱きしめ
すまない、と言い続けた。
「ヴィク…もし、無事都を救えても…俺が俺じゃ無くなっていたら、都に俺の存在を消す様に伝えてくれ…抵抗したら…魂が消えても都の権能に戻るだけで…側に居ると伝えてくれ」
「…グレース…そんなの自分で伝えてくれ。お前が死ぬ時は俺も死ぬ時なんだ…俺には無理だ」
グレースはビクトラの肩に頭を預けて微笑んで、ビクトラの匂いを
吸い込む様に深く息を吸った。
「俺も…死にてぇ訳じゃねぇからな…気張りますか」
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