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最終章
光の行方
しおりを挟むカムイやビクトラ、リャーレ、アガット達が其々の生活を送って
10年の月日が過ぎた。サリューンは独り身を貫くつもりであったが、
帝位継承問題は帝国内に於いて一番の問題となり、一時はカムイを
迎えてはどうだとか、王配候補に上がっていたアガットを押す声も
上がった。そして、サリューンはそれらの声を無視し続ける事が
出来なくなっていた。
「陛下、そろそろ御覚悟なさいませ」
太傅フォームルはばさりと王配候補の釣書を山程サリューンの前に
積み上げると、髭を摩りながら眉を下げた。
「…分かっておる。しかしな…」
皆の言いたい事は分かっている。しかし…今もまだ、目を瞑ればあの
微笑むグレース様が鮮やかに蘇るのだ。決して離れてはくれぬ。
だが…私が恋焦がれたのはグレース様か、都様だったのか…。
今はもう思い出せない。
ただ失った物を惜しむ気持ちだけが心の奥深く、錨の様に重く沈んで
いて、まだ浮上できずにいる。
割り切れば良い…国を共に導く同志だと思えば伴侶を持つ事に一体
何を躊躇う必要があろうか?
そう、頭では分かっているのだがな…。
「陛下、一度グレース神にお会いしてみては如何ですか?あれから…グレース神にお会いしたのは神託を頂いた5年前の一度きりでございましょう?」
「…」
サリューンはグレース神と会う事を極力避けていた。
グレース神のした事の結果や、その面差しの全てがサリューンを
神殿から遠ざけていた。年に1度の神託の儀ですら彼は参加せず、
その日は1日、都から貰ったネックレスをただ握り締め天帝に
祈りを捧げる。それがいつしか恒例となっていた。
「陛下程…愛を乞う者を私は知りませぬ…しかし、国の主人たる者が決して手に出来ぬ物…それは愛でございましょう?そろそろ目を覚まされては如何ですか…」
陛下は、幼き頃から聡明で心清きお方であった。政務も早くから
こなし、貴族達の扱いもオルポーツ様を見ていたせいか上手かった。
しかし、その柔軟でありながら潔癖とも言える程の清廉さと一途さが、
決断を鈍らせる事が多々ある事を私はずっと懸念していた。
そして、やはりその一途な性格が陛下を苦しめている…。
グレース様、都様という太陽と月の光を失ってから…未だ暗闇に
囚われておいでだ。
誰か、その頑なな御心を癒してはくれないだろうか?
「私は…自ら何かを得た事が一度もないのだ…帝位も、民からの信も…愛する者すら…手に入れられぬ…夢を見ているのではないかと思程…私が何者なのか…何をしたいのか分からぬ」
窓から、華やかに咲き誇る花々を見下ろしサリューンは両腕を広げた。
そして『この腕は、この手は何を掴んでいる?』とフォームルに
問いかけた。
フォームルは答えられず、ただ黙って今にも窓の外から飛び降りそうな
サリューンを悲しげに見つめていた。
「答えを…得るためにも、グレース神にお会いなさいませ」
「…」
サリューンは両腕を乱暴に下ろすとジャケットを羽織り、執務室から
出て行った。
残されたフォームルはふぅ、と息を吐いてソファに深く座って目頭を
その皺がれた指で揉んで『早く隠居したいものだ』と呟いた。
俺達は都のいなくなった世界で、ただ都を取り戻す事だけを考えて
生きてきた。5年が瞬く間に過ぎ、サリザンドは呪法と魔道を研究し、
まともに使えなくなった魔粒子をいかに体内に留め置いて、魔粒子の
属性を取り出し魔道として使用出来る様にするかを調べ、新たな呪法を
生み出した。サリザンドはそれを【循環魔粒子法】と名付け、新たなる
学問として発表した。
この制約呪法は瞬く間に帝国全土に広がり、特に騎士隊達は喜んだ。
以前の様に使える様になった力や換装体に歓喜したと言う。
サリザンドはその功績から元ガーライドナイトを領地として与えられ、
また貴族位まで与えられた。
しかし、俺達が見つけたい物、欲しい物はまだ何も手に出来ていない。
サリザンドは、やっと魔粒子が以前の様に使えるようになると、都の
魂を呼び戻す制約呪法の研究に没頭した。しかし、どう足掻いても、世
界を回り調べても、その方法は見つからなかった。
「くそっ!どうすれば閉じられた天界への門をまた開ける⁉︎」
「天帝は都の魂を輪廻に還すと言っていた…輪廻の輪に戻ったのであれば…それはとても難しい事だ。我も北を回り山の民に話を聞いたが、神々との繋がりは5年前に途切れたきり、未だ繋がらぬという事だ」
「…月読命達からの連絡も無い…まだ神力が戻らぬ様だな…」
それからさらに5年が経ち、サリザンドは魔粒子の流れが変わった
自身の体を研究し、一つの仮説を立てた。それは、魔粒子核にも、
記憶と肉体を構築する構造情報があるのではないか?という事。
それからはコルとソレスが実験台となる日々が始まった。
魔粒子核の一部を削り、その欠片から肉体を生み出すと言う禁忌。
幾つもの呪法や制約を重ねて二人の身体を使い潰す勢いで傷付け、
治療し、実験をした。最初はヘドロの様な物が生まれたが、制約
呪法を組み替え、ある一定の成果が出るようになった頃、領民の遺体を
ルーナが運んできた。
「なぁ、こいつで試してみないか?」
ドサリと遺体袋を診察台に置くと、老衰死した遺体が顔を出した。
「ルーナ?」
「都を生き返らせるんだ。その為に実験すべきだろ?こいつの家族には了承を得ている」
1度外した枷はもう戻る事は無く、亡くなった者、狩猟した生き物を
実験台にした。そして、ついに死した者のコピーを生み出す事に成功
した。しかしそのコピーに意識は無く、ただ呼吸し生体維持の為の
食事と排泄を行うだけで、魔粒子核が壊れると肉体も砕け散った。
サリザンド達は魔粒子核には肉体の構成情報はあるが、記憶や個を構築
する情報は得られないという大発見をしたが、そこからは実験が
進まなくなった。
何故なら、毎日領主館に運ばれる遺体を目にしていた領民は、サリザン
ド達を〈死神〉と呼ぶ様になっていて、恐れを抱いた多くがこの地を
離れて行ってしまい、領民税が大幅に減った為だった。
「都に魔粒子核は無い…だが、神核なら…」
「なぁ…サリザンド、言いたかないんだけど…そろそろなんとかしなきゃ…領地運営厳しいんだけど」
「費用も馬鹿にならないし、領民も今や300人だ…都を取り戻す事も難しくなる」
「…そうだな」
サリザンド達は領主館の庭で酒を飲みながらため息を零した。
そんな時、ソレスが芝生を飛び回る蝶を追いかけながら呟いた。
「オラ思っただけんど、この呪法さ医療分野で発表してみたらどうだべ?欠損箇所の再生治療に使えると思うんだけんども」
ソレスの言葉に、皆目を輝かせた。
「その手があったか!」
またも新たな呪法を開発したサリザンドはついに魔導研究の最高峰
魔導学協会の総長に任命された。元々協会顧問をしていたが、協会に
顔を出す事も少なく、フィールドワーク中心であったサリザンドが任命
されたのは、魔粒子の使用が困難となりその研究や権威が失墜していた
協会の威信を取り戻す為だろうとサリューンは言っていた。
だが、彼等にはそれでも渡に船であった。
領地内に新たな研究所を開く事を許され、そして任命式を復活祭に
合わせて執り行うという書簡が届き、サリザンド達は胸を撫で下ろ
した。
「良かった…また都を諦める事になるかと…」
苦悶の表情のサリザンドをルーナ達は抱き締め、自身を鼓舞するかの
様に『諦めない、俺達は絶対諦めない』と言い続けた。
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