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第一部:辺境伯の地

<閑話:破邪も勇者も旅の日々>

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慣れているとはいえ『旅』というのはいつでも大変なものではある。

例えば・・・

歩いて旅してる普通の貧乏人は天幕や布団なんて持ち歩かない。
理由は単純に重くて嵩張るから。
その重さの分だけ食料や、いざとなったら売れる物でも持ってる方が大事。
荷物が軽い方が早く移動できるし、魔獣とか盗賊とか色々な危険を考えると、必死こいて重い荷物を運ぶよりも、小銭を払って木賃宿や街道筋の農家の納屋にでも泊まらせてもらった方がいい。
仕方なく野宿する場合でも、夜の寒さは焚き火して凌ぐのが基本で、せいぜい雨具兼用のケープを被るだけ。
薄い毛布を敷いて横になるのが贅沢な部類ってぐらい。

それに、俺は破邪だから馬も馬車も使わないことが当たり前になっているけど、大抵の人にとって、街道沿いに宿を探しながら移動できるような地域以外は、長距離の移動は高い金を払ってでも、乗合馬車を使うか商隊なんかに混ぜてもらうかっていうのが現実的だ。

旅芸人や吟遊詩人だって、長い距離を移動するときは行商人の荷馬車に便乗したり、あの手この手で集団に紛れ込んだりする。
基本的に、一人とか少人数で旅が出来るのは、男女問わず武術でも魔術でも、腕に覚えのある奴だけ。

そして厳冬期になると、そもそも長距離を移動する人がほとんどいなくなる。
ちょっとした道迷いで簡単に死ねるからね。

それと食糧の調達は、どんな時でも旅する上での一番大きな問題だし、一人旅、それも特に歩き旅の最大の障害は調達した食糧の『運搬』だ。

道々で食える獣や魔獣を倒したとしても、鹿や猪のような味の良い大物は、デカすぎ&重すぎで一頭分丸々の肉を抱えて歩くことなどまず出来ない。
暖かい季節は燻製や塩漬けにしておかないと肉は直ぐに痛んでしまうしな。

勇者になる前...つまり普通の人間の破邪だった時代に、持ち歩ける食料の限界はせいぜい二週間分かそこらだった。
もちろん腐らない乾燥食品だけで、水のことはおいといてだ。

それに、この辺りでは、水の補給に困ることは少ないはずだが、もっと乾燥した地方にある南部諸国に足を伸ばすことになったら、食糧と一緒に水を全部抱えて歩かなきゃいけない行程も多いだろう。

なんにしろ、自給自足が期待できない場合は、集落をうまく繋いで補給を考えつつ旅していかないと、運ぶ重量だけで疲労困憊してしまうし、酷い時は、すぐに命に関わる状況に陥ることになる。

旅行中の食べ物に関しては干し肉が贅沢な部類で、メインは脱穀した麦の類い。
もちろん、旅の途中でパンなんて焼いてられないから、砕いた麦粒をそのまま煮込んで粥にするか、麦粉を水で練って茹でたダンプリングにして食べる。
パンはもちろん、肉でも野菜でも新鮮な食材が手に入るのは人里に寄れたときか、自分で狩れたときだけだ。

パンは狩れないけど。

そういえば昔話に、南方大陸のもっと南の方では『パンが実る木』があるって伝説があって、沢山の人が探しに行ったらしい。
でも、未だにそんなモノが世の中に出てるのを見たことはないから、ガセネタだったんだろうけどね。
野生でパンが成る木なんてモノがあったら、絶対狩りたいよ。

新しい鍋は手に入れたんだから、まずは食べ物に、少し手を掛けてみることから始めよう。
料理の腕に自信はないけど、たぶん塩味さえしっかりしてれば平気。
うん、塩が大事。
あと肉。
うまい肉と塩さえあれば大体平気。カモンお肉。

育った村では父親が半分狩人だったから、他の農家の子供たちよりは肉を豊富に食べていられたと思うんだよね。
売りにくい種類や状態の肉は、全部自家消費に回していたわけだし。

ちなみに、食べられる野草や薬草、ハーブなんかと間違えて毒草を口にしてマズいことになる人が、常に一定数いる。

みんな、自分が住んでる場所のことと、そこで取れる動植物以外のことはほとんど知らないからな。
自分の地元に生えてる薬草と見た目が似ているからといって、同じ物だとは限らないのである。

そんなこんなで、体の頑強な人間じゃないと旅は辛いのだ。

最近、パルミュナと一緒に歩くようになってからは、あまり野宿もしなくなっているが、本音を言うと、ちょっとだけ自分がひ弱になりそうで怖い気もしている。

もちろん『ひ弱』と言っても勇者ブーストがあるから体力とか健康の話じゃ無くて、精神的なモノ。
つまり、一度でも贅沢な暮らしを体験すると、質素な暮らしを辛く感じるようになってしまうって言うアレだ。

旅の空でも、そういう感覚ってあんまり変わらないんだよね。

一人旅の遍歴破邪だった時代は『屋根がある』ってだけでゴージャスだと感じていたのに、いまや美味い飯のために鍋を新調してしまう自分がいる・・・

まあ、人生は楽しい方がいいからね。
ストイックさもほどほどにしておこうと思う今日この頃だ。
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