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第二部:伯爵と魔獣の森

再びポリノーの村へ

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なぜ、エルスカインは姫様を狙うのか?
そもそも姫様を殺して何がどうなるというのか?
もっともな疑問だし、むしろ俺がそれを知りたいところなんだが・・・

「俺が思いつく理由は二つですね。一つは、エルスカインっていうのが金で動く殺し屋みたいな奴だって事です」

「まあ、それはありうるな。どこぞの王家の暗殺云々なんてのに複数関わってるとすれば、自分自身の謀略よりも、金で雇われて動いている可能性の方が高いだろう」

「ええ。ただもう一つ思いつく理由があって...それは恨みなのか、それとも何か別のことかは分からないんですが、過去の因縁に関することです」

「過去の因縁? なんだそりゃ」

「事実かどうかは分かりません。ただ、そのエルスカインが、二百年前のガルシリス辺境伯の叛乱事件に関わっていた、という噂があるんです」

俺は何気ない風に喋りながらも、ヴァーニル隊長の表情を横目で注目していたけど、やっぱりガルシリス辺境伯の名前を出した時に、頬がピクッと動いた。
まあ、伯爵令嬢の側近だもんね。

「へー」
ケネスさんの方は二百年前の因縁とか言われてもピンと来ないようだ。

「いまのキャプラ公領地を治めていたガルシリス辺境伯が二百年前に公国への叛乱を企てた時に、魔獣を使役する魔法使いと組んで、王都に危険な魔獣を放って混乱を引き起こすつもりだったらしい、という古い噂があるんだそうです」

「そりゃまた古い話だなあ。よく知ってるなライノ」
「まあ俺もこっちに来てから聞いた話なんですけどね」
「で、それがなんでリンスワルド伯爵様と?」
「当時、伯爵様がキャプラ橋を掛けたことで辺境伯との間で揉めていたんだそうですよ」

「橋で、か?」

「ええ、伯爵様は自費で橋を架けても通行料を取らなかった。それまで渡し船で高い税を取ってた辺境伯は収入が激減して面白くない、と」
「なるほどな、金の恨みか」
「ただ、それとは無関係に叛乱計画が表沙汰になって辺境伯は大公陛下に討伐されちゃったそうなんですけどね。結果、ガルシリス家は断絶して領地を失ったわけです」

「ふーむ...複雑だなあ」

「で、いまは元のガルシリス領を治めているのはリンスワルド伯爵様の一族でもあるエイテュール子爵様な訳で...もしもガルシリスの一族が完全に断絶してなければ、リンスワルド伯爵様の一族は恨む相手ではあるのかな?って」

「いや、そうするとエルスカインってのは...」

「果たしてエルスカインが、ガルシリスの一族なのかどうかは分かりませんけどね、まあその程度の想像です」

そこまで話したところで馬車が止まった。
窓から外を見ると、ちょうど俺がスパインボアたちを結界に押し込めた辺りに到着していた。
数人の騎士が騎馬でスパインボアの結界の周りを警戒している。

「じゃあ俺はここからは御者席にお邪魔して、結界を制御します。スパインボアを移動させるスピードは隊列の移動速度に合わせますから、ポリノーの村までは普通に進んで下さい」

「承知した」

一旦馬車の外に出てから御者席に上がる。
御者の人には、あらかじめヴァーニル隊長が話をしているし、中では暗殺計画の犯人捜しなんて危ない話をしている馬車の御者席に座らせているぐらいだから、隊長としても信任厚い人物なのだろう。

「お邪魔します」
「どうぞどうぞ。わたしは指示通りに動きますから、気軽に何でも仰って下さいな」
「はい、よろしくお願いします」

御者の方も気さくだ。
と言うか、ヴァーニル隊長以下、少し言葉を交わした数人の騎士たちも含めてみんな気さくだ。
これがリンスワルド家の家臣たちの気風だとすれば、これまで聞いていたリンスワルド伯爵の人物像とも合うんだがな・・・あのお姫様がそうだとは驚きだ。

というかぶっちゃけ、脳内で一致しにくい。
使用人や領民の食事を充実させる事への異様なほどの執着も、あのお姫様のご意向なのか?

とりあえず、通常通りの速度で進んで貰うようにお願いして、あとはスパインボアたちを視界の端に捕らえながら、景色を眺めているだけだ。
ここからポリノー村までは全行程が上り坂だから、隊列の進むスピードも遅いし、一本道だから悩むことも無い。

アンディーさんたちはどうやら最後尾を守っているらしい。
実際、いまはこの隊列の先頭は七十匹のスパインボアが俺の結界と合わせて防御壁になっているわけで、少々のことでは突破できないだろうな。

++++++++++

その後、何事も無く隊列は淡々と進んでポリノー村までやってきた。

途中の急な上り坂は、伯爵様の白い大きな馬車では大変なんじゃ無いかと内心では心配していたんだけど、さすがは四頭立て。
何事も無く登り切ったのは凄い。

村に入る脇道のところまで行くと、先行して安全確認していた二人の騎士が待っていた。
もちろん、この人たちは行きがけにスパインボアの群れを追い越して行っているので、俺たちが到着しても驚く様子は見せない。

そこで一旦馬車を止めて貰って、俺は御者台から降りた。
ケネスさんとヴァーニル隊長も馬車の中から出てくる。
四頭の魔馬に分乗した遊撃班の面々とダンガたちも隊列の脇を追い抜いてこちらにやってきた。

「ヴァーニル隊長、まずはライノにスパインボアたちを柵の中に入れてもらおうと思うが、伯爵様たちは野営地まで先行されるかな?」

「いや、状況的にクライス殿たちとはあまり離れぬ方が良いでしょうな。姫様には馬車の中でお待ち頂くよう、自分から説明します」

「了解です。ではそちらの方はよろしく」

「あ、ヴァーニル隊長、積み荷に余分な魔石はありませんか?」
「ごく一般的なものでよろしければ沢山有りますが?」
「申し訳ありませんが分けて頂きたいんです。スパインボアたちを入れておく柵の結界を維持するのに、魔石が使えると手間が省けるので」
「なるほど承知です。すぐに持ってこさせましょう」

結界に閉じ込めてあるスパインボアたちは相変わらず大人しい。
この様子を見るに、やはり獰猛化させるのは薬の効果切れとかじゃ無くて、別の魔法薬かなにかで強制的に発動させてたに違いない。

そうだ、忘れてた!
伯爵の馬車に何か仕掛けられていたとしたら、それこそ魔獣を猛々しく引き寄せる何かがあるはずだ。

「ダンガ、確認して欲しいことがあるんだけど?」
「なんだい?」
「この隊列、特に伯爵様の馬車だけど、さっき村の広場にいた時と同じような匂いがしてるものは無いか?」
「ん? それはあるけど...あ、そうか!」
「その匂いの出所が伯爵様の馬車にないか調べて貰えないかな?」
「なるほどね!」

「そりゃ、どういう事だよライノ?」

「ケネスさん、もし伯爵様の馬車に何か仕掛けられているとすれば、それが魔獣を引き寄せる何かの仕掛けだって言う可能性が高いと思うんです。だとすれば、この村で俺たちや村人を襲わせるために使ったのと同じモノかも知れない」

「なるほどそうか! ヴァーニル隊長、伯爵様の馬車を調べる許可を頂きたい。外側だけでいい」

「ふむ。それは早めに確認して貰った方が良さそうですな」

++++++++++

ダンガたちに馬車の匂いを確認して貰うと、すぐに異物が見つかった。

「あ、あれが、そんな感じの匂いじゃ無いかな?」
「きっとあれですね。広場でも匂いました」
「だな、きっといまでも広場にあると思うよ」

「おっ、本当にあったか?」
「あれですケネスさん、そこにぶら下がってる奴」
「なるほどなあ...ゴミが引っ掛かっているようにしか見えないな」
「逆に、ずっと匂いが一緒にあったので、特別なものだとも思いませんでしたよ」

「ふむ、とりあえず外しておこう」

ヴァーニル隊長が若い騎士に指示をして、伯爵様の馬車の下から、その塊を取り除かせた。
ちょっと見た感じでは、草の塊が引っ掛かっているように見えたが、中には明らかに人工的な容器が包まれている。

「何だこりゃ?」
「海綿を包んでありますね。南方の海岸で採れる品物なんですが、水をたっぷり含ませることが出来るんです」
「海綿って、貴婦人が身体を洗うのに使うって言うアレか?」
「ですね。これに魔法薬を染み込ませて、ずっと匂いを出し続けるようにしてあるんでしょう」
「手の込んだことをするなあ...」

「あー、ケネスさんは、それを触らないで下さいね。これからスパインボアの柵まで一緒に行って貰わないと行けないので」
「おっと、そうか...でも、お前が結界で囲ってある奴らには効いてないんだな?」

「魔法薬の匂いに持たせている力が、ある種の精神魔法みたいなもんなんでしょう。その類いの攻撃は結界で弾かれますから」

「なるほどなあ...俺も七年かけて修行したくなるぜ」
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