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第二部:伯爵と魔獣の森

エルスカインとの因縁

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「そうでしたか。それで余計にその、影武者のご夫婦のことを身代わりと捉えられているのですね。しかし...これほどの魔力をお持ちなら、先ほどの襲撃の際に姫様も防護結界の類いを張っておいた方が良かったのでは?」

「残念ながら、わたくしは自分の肉体以外は直接の防御が出来ません。広く周囲を守るという技を持っていないのです」

「なるほど。そうでしたか」

無論、魔力が多ければ何でも出来るというわけでは無いからな。

人族は他の魔獣と違って、生まれつき魔法を使いこなせるということがあまり無く、魔法の才能があったとしても大抵の場合は修行が必要だ。
それに、魔法が使えるようになっても、どんな方向の修練を積んできたかということもあるし、生まれつきの向き不向きも大きい。
同じ修行をしても治癒士になれる人となれない人が出てくるのなんかは、その典型だと言っていいだろう。

「しかし...姫様の秘密は少し分かりましたが、それでも、なぜエルスカインがリンスワルド伯爵家を狙うのかが分かりません。最初は、旧街道地域を自分の縄張りとして好き放題にしたいエルスカイン一味が、伯爵様とエイテュール子爵様の旧街道振興計画を阻止するのが目的だろうと思っていたんですが」

「そうですね...それについては、なぜリンスワルド家がこの地の領主になったかをお話しする必要があるでしょう」

「大戦争で武勲を立てられたのでは?」

「ええ、かつての大戦争の時代、リンスワルド家のご先祖はミルシュラント大公陛下のご先祖様と共に勇猛に戦い、何度もその危機を救ったのだそうです。その大きな武勲を認められ、リンスワルド家は伯爵として叙勲され、領地を下賜されました」

この辺りはマスコール村のルーオンさんに聞いたことと同じだな。

「その時、初代リンスワルド伯は、自ら望んでこの地を大公陛下より拝領いたしました。それは、ミルシュラントの中でもひときわ際だった特徴がこの地にあったからです」

「特徴ですか?」
「そうです。クライス殿は魔力の奔流というものをご存じですか?」
「っ!」

今日、いくつめのビックリだこれ。

「大まかにですね。奔流とは、常にポルミサリア全体を巡っている魔力の流れで、人も魔獣も、目には見えないその流れから魔力を受け取っていると」

「その通りですわ。ただ、魔法を使えるものは人や魔獣から滲み出た魔力を感知できるように、奔流から直接湧き出てくる天然の魔力も、ある程度は見ることが出来る人がいます」

「もしや?」

「ええ、わたくしやリンスワルドの一族がそうです。そしてこの地は、たまたま魔力の奔流が重なり合った結び目と言いますか、交差点のようになっているせいで、魔力の濃度が非常に濃いらしいのです」

そうだったのか・・・
アスワンが、ミルシュラントで魔力の奔流の乱れが著しいと言っていたのは、それも含めてのことだったんだな。
それに、ミルシュラントに入って以来、エルスカインとは関係なく魔獣との遭遇率がぐんと跳ね上がったことや、岩塩採掘場のことなども合点がいく。

「ミルシュラント公国の位置するポルミサリア西岸地域全体がそういう傾向にあるらしいのですが、この周辺は特に著しいようですわね」

「全体的に魔力の濃いミルシュラントの中でも一際ひときわだと?」

「そうです。当家の先祖である、初代のリンスワルド伯爵はその魔力の濃さに目を付け、当時は辺境の荒れ地に過ぎなかったこの土地を、叙爵の報奨として大公から下賜して貰ったそうです」

「最初から、それが目当てで僻地、失礼。まだ未開発な地域の領有を求められたというわけでしたか」

とは言っても、リンスワルド伯爵家の尽力で、この地域が発展してきているのは紛れもない事実だからな。
最初から狙いがあったとしても、非難される要素は欠片もないだろう。

「結果、リンスワルド家の一族は生来の魔力量が非常に多い事に加えて、魔力濃度の高い場所に暮らしているために長命なのです」

なるほどね、そういうことか・・・

「そこで、人間族がそのほとんどを占める領民に不安を与えないよう、影武者や外国の貴族との婚姻、跡取りとしての政治を学ぶための国外留学などの建前で、それを隠して参りました」

「それがどうしてエルスカインとの繋がりを?」

「わたくし以前の当主も、過去にエルスカインと呼ばれる存在と言葉を交わしたり交渉したりしたことは無いと思うのですが、恐らく様々な状況から見て、エルスカイン一味は、この土地そのものを手中に収めることを狙っているのではないかと考えています」

「それは、あの旧街道地域も含めてですね?」

「ええ、まさにガルシリス辺境伯の叛乱の時代から、ずっとエルスカインはこの地域を支配するための謀略を重ねてきたのだと思います。ガルシリス辺境伯の叛乱未遂事件はもちろん、二年前の事故や今回の襲撃など、リンスワルド領を狙って邪魔者を排除しようという行動に思えます。きっと私を殺した後の算段も、すでにあるのだと思いますわ」

「しかし...それ自体は姫様の言う通りだと思うんですけど、ただ...仮にリンスワルド家やエイテュール家の当主を排除したところで、その後釜に自分が座れるわけではないでしょう?」

「もちろんそうですわね。よもやエルスカインがミルシュラントの貴族だとは思えませんから」
「ではどうやって支配を?」
「殺した相手を使ってです」
「は?」

「ここから先の話は多分に推測が混じります。また、できれば本当に他言無用にお願いしたいと思います。その理由は、迂闊に知られると国同士の問題を引き起こす可能性があるからです」

うーむ・・・
しかしここまで来て、エルスカインの動機に直結してそうな話を聞かないって選択もないよなあ。
ただし、大精霊は人ではないのでノーカンにさせて貰おう。

「分かりました。人には話しません」
ちょっとズルいかな?

「これまでにエルスカインは、恐らくその魔法や魔獣使いの力を利用して各国の王室や貴族に取り入ってきたと思われます」

「確かに破邪の噂に登場するエルスカインはそんな奴ですね。どこぞの王家の暗殺に関与しているだとかの、血生臭い話ばかりです」

「実は、それで終わりではないのです。取り入った相手の政敵を殺すことで信頼を得たら、次に、そのパトロンとなった相手自体も殺します」
「えっ?! それって何の意味が?」
「そして、殺した相手の身体を、あらかじめ作成しておいたホムンクルスと密かに入れ替えるのです」

「なっ!」

ホムンクルスとは禁忌とされていた古代魔法の一つで、簡単に言ってしまえば魔法で人の身体を創りだすものだ。

ゼロからまっさらなホムンクルスを創れば、術者の繰り人形として生きた人間同様に使うことが出来るし、また、誰か特定の人を元の素材にすれば、その元になった人間そっくりの身体を作り出せるとも言われている。

「もし、そのホムンクルスが、心を持たない完全なエルスカインの操り人形であればもちろんのこと、元となった人の魂と意識を移し替えたものであるとしても、その人物はもうエルスカインに逆らえません。逆らった瞬間に命が尽きるのですから」

言うまでも無く極悪人の所業だな。

ガルシリス城を訪れた際の、ハートリー村の村長を思い出した。
あれは浄化できたから村長そのものの肉体でホムンクルスでは無かったはずだが、それでも完全に意識を乗っ取っていたことは間違いない。
一度、狙った人物の意識を乗っ取ってしまえば、後は殺そうがホムンクルスに魂を移そうが思いのままだろう。

「恐らくですが...いくつかの情報から、ルースランド王家の一族は、すでにエルスカインの手でホムンクルスに入れ替えられており、初期の王族がそのまま身体だけを入れ替えつつ生き延びていると思われます。ガルシリス辺境伯の叛乱計画において、ルースランド王家が裏で糸を引いていたと言うのは、実際にはエルスカインによる謀略でしょうね」

なんともまた・・・
これは壮絶な関係だな。

エルスカインはルースランド王家を裏で操れる立場を手に入れ、取り込まれた王族は、時々新しいホムンクルスを作って貰って魂と意識を移し替えていけば、死を遠ざけ続けることが出来る。
エルスカインに逆らった瞬間に寿命が尽きるので逆らうことは出来ないが、従っている限り、ほぼ半永久的な寿命が手に入るというわけか。

「なるほどね、他言無用とはそういう理由ですか...」

まてよ・・・
ルースランド王家がとうの昔にホムンクルスによって傀儡化されてたとすれば、当時そこと結託していたガルシリス辺境伯はどうなんだ?

ガルシリス辺境伯がルースランド王かエルスカインの口車に乗せられて、『永遠の寿命』を手に入れるためにミルシュラント公国への叛逆を企てたのだとすれば、色々な辻褄が合う気がする。

だって、自分が永遠の寿命を得られるとなったら『後継者』なんて必要ない。
いや、むしろ邪魔だろう。
そうなると、後継者候補としてずっと可愛がっていた甥っ子が急に邪魔になり、甥っ子の方も伯父の態度が急変したことから良からぬ匂いを嗅ぎつけて・・・で、何かの拍子に自分が邪魔者になったことを知って裏切った、なんてストーリーだって考えられるじゃないか!

「まさか隣国の王家が邪悪な魔法使いの手によってホムンクルスに入れ替わっているなどとは、口が裂けても公の場では言えませんわね。それに、いま時点では何の証拠もないことですから」

「ただ、証拠はなくても確信はある、と言うことですね?」

俺がそう言うと、姫様はしっかりと頷いた。

「エルスカインの正体は知りませんし、その目的も私には分かりません。ですが、エルスカインについて知り得ていることのすべてが、それを放置してはいけないと、止めなければいけないと、私の心に叫ぶのです」
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