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第四部:郊外の屋敷

お忍びの会合

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「いまのはシンシアさんだから特別ってのは置いといて、屋敷からどっかに『跳ぶ』ときは屋敷に『戻る』時と違って、なんだかスーっとスムーズな感じで行くんだな?」

「だって行きは魔力の供給も転移術の駆動も調整も、ほとんどぜーんぶ、ここに組んである魔法陣の術式が肩代わりしてるからねー!」
「なるほど」
「逆にゆーと戻ってくる時は、それをぜーんぶ自分の魔力でまかなうってことだけど」
「そりゃ疲弊感あって当然だな」
「あ、だけどさー、アタシが大きな結界を張ったラスティユ村とリンスワルド城からなら他より楽に戻れるよー。だってアレは奔流から魔力を汲み上げてるからねー。跳ぶ時の魔力補給付きって感じ?」

「そうなのか! そりゃいいな。ラスティユ村はともかく、リンスワルド家やあの離れとの行き来が楽だったら使いやすい」
「ほめてー!」
「おう!」

もはや定型化しつつある毎度のやり取りでパルミュナの頭をグリグリと撫で回していると、また魔法陣が光り始めた。
シンシアさんが姫様達を連れてきたようだ。

同行者を連れているから魔力の消費が大きいはずなのに、初転移の時よりも今回の方が姿がくっきりするスピードが速い気がする。
コレって、もう転移に慣れてシンシアさんの心に迷いや不安が無くなったからなのかな?・・・

などと考えながら見ている間に魔法陣の中心に一行が実体化した。
もちろんだけど、無事に成功だ!

成功なんだけど・・・

なんでジュリアス卿まで一緒にいるのかな?

++++++++++

「いや、実はあの後レティと昼食を共にしていて一緒に居室に居たのだが、今夜は密かにこの屋敷に転移して泊まる手はずになっていると聞いてな...それでシンシアに頼み込んで連れてきて貰ったのだ」

「そうだったんですか」
「ライノ殿にはご迷惑を掛けるかもしれないと思ったが、王宮の外で過ごす千載一遇のチャンスと考えてな?」

「いや、迷惑なんて事はないですけど、勝手にいなくなって大丈夫なんですか? 家臣たちが大騒ぎするのでは?」
「その...今夜は我もリンスワルド家の居室で過ごすという事になっている。もちろん側近達はレティとシンシアのことも知っておるのでな」

ああ、そういう話か。
リンスワルド家の居室なら、絶対に家臣やメイドたちに踏み込まれる心配は無いよね。

「ジュリアはシンシアが生まれる頃から、ずっと、こちらの居室の方に入り浸っていましたからね。誕生直後は自分の私室にもほとんど行かずに、当家の寝室と謁見の間と執務室を往復してましたわ」

「じゃあ、シンシアさんは王宮で生まれたんですね?」
「左様でございます」
「うむ、我のわがままでな。とにかく生まれたらすぐに顔を見たかったので、出産にあたって領地に戻らぬようレティに懇願したのだ」
「そんな、懇願だなんて大袈裟ですわ」
「我は拝み倒したぞ?」
「もう! それでは、まるでわたくしが冷たい態度を取っていたようではありませんか」
「そんなことはないが...とにかく生まれたてのシンシアは本当に可愛くてなあ...無論、いまでも変わらずに可愛いが」

「お父様、なにも今ここでそんな話をなさらなくても...」
シンシアさんの顔がちょっとだけ赤い。

「すまんすまん。失礼したライノ殿、パルミュナ殿」
「いえ、どうか気にせずに」

「おお、そう言えば、ついでと言う訳では無いが、今日はこれを早めに渡しておきたかったのだ。シャッセル兵団を北部大山脈地帯の調査要員として臨時雇いするという書状だ」
ジュリアス卿は俺と一緒に歩き出しながら、そう言って重厚な見た目の書状を手渡してきた。
「調査要員ですか?」
「うむ。ドラゴンがいるという噂が立つと、地域の領民達が怯えて逃げ出したり、逆にそう言う混乱に乗じて良からぬことを企む輩が入り込んできたりする事もある。そういった治安面での状況調査という建前だ」

「なるほど!」

ドラゴンの噂が立つと人族同士の間でも地域が荒れ始めると・・・以前、姫様も同じ事を言ってたなあ。

「なので、仮に盗賊の類いに鉢合わせても対応できる手練れを調査に向かわせるというのは理に適った事と言える。それに建前として、調査要員は治安部隊遊撃班の一員と言う事にしたので我の勅命で動く存在だ。何処の領主も手を出せん」

あくまでの書類上の事だろうけど、治安部隊って言う事は組織的にクルト卿の指揮下って事か・・・で、さらに遊撃班って事はケネスさん達と同じポジションになるんだな。

「もちろんクルト・シーベル連隊長の件はレティから聞いておるのでな。すでに今日、私から連隊長にも指示を与えておいたので問題ない。身分証の類いと個別の命令書は後でレティの別邸に届けさせよう」
「それは助かりますよ」
「いや、そう言って頂ければ実に嬉しい。急ぎ手配した甲斐があるというものだ」

俺たちが話しながら階段を上がってきた気配に気が付いたのか、廊下に出るドアを開けるとトレナちゃんが待っていた。

「いらっしゃいませ大公陛下。お帰りなさいませ姫様」

「トレナ、この屋敷の中では大公陛下では無く『ジュリアス卿』とお呼びするように。他の者にも申し伝えてくださいね」
「かしこまりました姫様。ところで皆様、お食事は済ませていらっしゃいますでしょうか?」
「ええ、わたくしたちは済んでおりますわ」
「承知しました、それではお茶をお持ち致しますので、少々お待ちくださいませ」

なんというか、見た目に似合わずと言ったら悪いんだけど、トレナちゃんって実は肝が据わってるんだよね。
実はパルミュナ並みの胆力の持ち主じゃ無いだろうか?
たぶんテレーズさんだったら、ジュリアス卿と一緒にいる一行に対して自分から話しかけるのはあり得ない気がする。

ともかく、全員でダイニングルームに傾れ込むと、レビリスやダンガたちも、エールをチビチビとやりながら盛り上がっているところだった。
ジュリアス卿が一緒にいるのを見て慌てて立ち上がりかけたけど、俺とジュリアス卿が二人同時にそれを押し留めた。

「この家の中では建前なしでな?」
「ああ、そうだったなライノ」
「遅くにいきなり押し掛けて済まない。日に二度目とは言え、そうそうチャンスも来ないと思ってな」
「あー、外でのジュリアス卿の立場だったらそりゃあそうですよね」
「うむ、ご理解痛み入る」
「ジュリアス卿も一杯如何ですか? フォーフェン製のエールですけど?」

「ほう、エールか! 昔はよく口にしたものだったが、最近はとんとご無沙汰だな。ぜひ頂きたい」

ジュリアス卿は早速ダンガにエールを注いで貰って口にしている。

「フーム、こちらの濃厚な燻し風味も実にいいが、この爽やかな苦さも捨てがたい。食事の時にはワインよりもこういうエールの方が合うものも多かろうな」

「ですよね。ワインはワインで良いですし、リンスワルド領で試作してるワインなんか過去に飲んだ中で最高だって思いますけど、仲間と一緒にガーッと騒々しく飲み食いするときにはエールの方が向いてるかなって」

「うむ、我もその意見に賛成だ。明日、王宮に戻ったらさっそく食卓向けのエールを仕入れるように言っておこう」

『明日戻ったら』ってことは、今夜はお泊まりする気満々だって事か。
まあ部屋は空いてるからいいんだけど、テレーズさんが胃を痛めないか心配だ。

と言っても、テレーズさん達に慣れて貰うしか無いよね・・・

「このエール、ライノのお土産なんですよ。そうそう姫様、噂の『銀の梟亭』の料理も頂きましたよ。ビックリするほど美味しかったですね」

「私、あんな美味しい甘味を口にしたのは生まれて初めてでした!」
「そうだよね。どうやったらあんなに美味しく出来るんだろうって不思議なくらいだもの。あれなら幾らでも売れそうだよ」

「あの兄妹が聞いたらとても喜びましょう...ところでライノ殿、破邪衆寄り合い所のまとめ役の方とは、無事にお話することが出来たのでしょうか?」
「ええ、万事説明して快諾して貰いました。むしろ、喜んで参加してくれるそうですよ」
「それは良うございました...それと、先に発注しておいた馬車もそろそろ出来上がってくるそうですので、その受け渡しの段取りと王都を出発する手はずを決めておきましょう」

ついに馬車も出来上がるのか。

最初に聞いたときは新しく馬車を作るよりも何処かから買い取れば早いのにって思ったけれど、意外とそういう訳にはいかないらしい。
荷馬車や乗合馬車のような汎用品はともかく、ちゃんとした馬車は一台一台が注文を受けてから作るものだし、どこぞの商家や貴族から中古の馬車を買い取ろうなどと話を持ちかけたら、却って注目を集めるかもしれないそうだ。

それにしても、ホント何から何まで姫様に頼りきりだな、俺。
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