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第五部:魔力井戸と水路

精霊界との繋がり

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どうしてシンシアにはパルミュナの部屋を見ることが出来ないのか? 
その俺の説明を聞いたシンシアは、ちょっと不思議そうな表情で顔をかしげた。

「え?...では、御兄様はどうしてそれを見られるようになったのですか?」
「お?...そう言えば、一度パルミュナに見せて貰ってからだったな!」

王都に行く馬車の中で、退屈して駄々を捏ねていたパルミュナに部屋の中を見せて貰ったんだったな。
あの時に、パルミュナに手を握って誘導して貰うことで始めて部屋の存在を知覚して、その空間を眺めることが出来るようになった。
今では自分自身であの部屋の存在をハッキリとイメージできるから、ソファの上に鎮座ましましているちびっ子パルミュナを見ていられる。

だとすると・・・?

「よし、駄目かもしれないけど試してみよう。シンシア、ちょっと俺の手を握ってみてくれ」
「ははは、はい」
手綱を片手で持ち直し、空いた方の手をシンシアに差し出すと、おずおずと握ってくる。
シンシアの手を握るのは初めてだけど、パルミュナ同様に細くて可愛らしく、とても大魔道士の手とは思えない。

「そのまま握っていてくれな」

シンシアの手を握ったまま革袋に手を入れ、パルミュナの部屋を探った。
すぐに部屋の全景が脳内の視界に浮かんで、さっきと変わらずちびっ子パルミュナがソファの上にいるのが見える。

「どうだ? パルミュナの部屋が見えないかな? まあ部屋って言っても普通の建物の部屋じゃ無くて、カーテンが浮いている壁とラグを敷いてある床にソファと小さなテーブルが置いてあるだけだけど」

「ええっと...仕切られた空間みたいな感じですか?...あ、分かる! 分かりました! 私にも見えていると思います!」
「ソファは見えてるかな?」
「はい、見えてます!」
「リンスワルド城の離れの客間で姫様から貰ったソファだよ。そのソファの上に小さくて丸いのがいるだろ? オレンジ色というか紫色というか...」

「ボンヤリですけど見えてきました...あぁ、もしかしてあれが今の御姉様...」

「そうだ。ちびっ子姿のパルミュナだ。ちびっ子たちには定まった形も色も無くて自由気ままに色々な場所を漂ったりへばりついたりしてるけど、パルミュナはずっとソファの上にいてくれてるよ」

「そうなんですね...でも今の御姉様って...なんて言うか、とっても可愛いです!」
「だろ?」
「ここで御姉様は魔力を補充されてるんですね...でも、考えてみると...革袋の中全体は独立した空間で、パルミュナ御姉様の部屋だけが精霊界と繋がっているのって、私の小箱と似てますね!」

「えっ、そうかな?」

「だってこの小箱も、鏡の向こうは独立した収納空間だけの世界だと思うんです。だけど砂糖菓子の入っている箱の底は精霊界と繋がっているんでしょう? アスワン様が砂糖菓子を補充して下さる為だけかもしれませんけど」

「おお、そう言えばそうだなあ...うん、確かに精霊界と繋がってる。そうか! なんとなくアスワンがその小箱をシンシアに渡した意味が分かってきた気がするよ」
「と、仰いますと?...」

「一つには、いずれシンシアが収納魔法を扱えるようになるだろうという読みが有って、事前にその容れ物を渡しておいたってことだね」
「きっとそうですね!」
「もう一つは、シンシアに精霊の力を渡す為じゃないかな?」
「力を?」
「うん、シンシアは俺や昔の勇者達と違って、魂そのものを練り直されてはいない。あの時のアスワンには、もうその力が残っていなかったからね?」

「はい、そう仰っていましたね」

「だから、取り敢えずと言ったら語弊があるけど、すでに精霊魔法の素養を身につけていたシンシアが自由にそれを操れるようにだけしておいて、その砂糖菓子を通じて徐々に精霊の力を渡そうとしてるんじゃ無いかな?」

「えぇっ! だったら、もっと沢山食べた方が良かったんでしょうか?!」

「いやあ...アスワンがこのことを教えなかったのは、その砂糖菓子を食べたから即座にパワーアップってことにはならないからだと思うよ。アスワンは相手に期待させすぎるのも厭がるから...」

「じゃあ、やっぱり節制して少しずつ?」
「例えばね、仮に『一日に三個』とか決めて食べてみたらどうだろう?」
「あ、そうですよね!」
「それで食べた分が変わらずに補充されてるようなら問題ないんだろうし、減りが早いようなら食べすぎってことだ。まあ正直に言って精霊の思考は人族とは違うらしいから正解は俺にも分からないんだけど」

「なるほど...だったら、まず一日に一個から始めてみますね」

やっぱり奥ゆかしいというか控えめというか...
アスワンはシンシアのこういう性格も事前に把握してたのかな?

革袋の中で休んでいるパルミュナの姿を無事に見れた後に、再び俺と手綱を交代してくれたシンシアが顔を前に向けたままで話しかけてくる。

「それで御兄様、ドラゴンに会う時のことなんですけれど...」
「うん」
「私は最後まで一緒に行けるでしょうか? 戦闘の可能性とか足手まといとか、そういう話は抜きにして道のりとして、ということですけれど」

「うーん、どうやっても最後は山歩き...ヘタしたら岩登りになるだろうなあ...それでドラゴンに会う前に足を滑らせて崖から落ちたなんて話になると目も当てられないし」
「さすがに崖から落ちて死ぬのは嫌ですね」
「パルミュナだったらイザって時は空に浮かべるんだけどね。まだ俺には出来ないし、たぶんシンシアも無理だろう?」
「無理です!」
「力の魔法の応用だと思うんだけど、あの時は結構パルミュナも消耗してたからなあ...」
「グリフォンを討伐された時ですね? 最初はお母様が何を言い出したのか分かりませんでしたよ。『アノお方が飛んでいらっしゃいます!』って」

「そりゃ、いきなりそんなこと言われても意味分からないよな! まあとにかく、この先の状況が分からない以上、今はなんとも言えないって言うのが正直なところかな?」
「私でも行ける場所までだとしたら?」
「知っての通り、なんにしても本当は最後は一人でドラゴンに会うつもりだったんだけどね。いまはそう思ってないよ」
「では、行けるところまでご一緒させて頂いて構わないですよね?」

「むしろ、いまの俺からすると『一緒に来てくれてありがとう』だな。精霊魔法が使えるようになったシンシアがここまで来てくれたことには、なにか意味があるんだと思う。アスワンがどこまで予見していたかは分からないけど、やれることをやっておくって言うのは正解だったと思うからね」

「そうですね。小箱のこともそうですけど、私が転移門や精霊魔法を使えるようにして下さったり...きっとアスワン様はエルスカインと闘う為の選択肢を増やしてくださったんだと思います」

選択肢か・・・

まあ正解に至る道が分からないのなら、片っ端から挑んでいくしか無いもんね。
アスワンが小箱を用意しておいたのは明らかにシンシアに渡す為だ。
パルミュナの教えで精霊の防護結界を張れるようになった頃から、シンシアが戦力になる可能性を考慮していたのかもしれない。

「アスワンは大地の記憶...その場所で何があったか、その物に何が起きたのか、そういう事柄を読み取れる力を持っているそうだけど、未来を視れるって話は聞いてないな。まあ未来が分かるんなら、いまこういう状況になってるはずも無いけどね」
「だから、あくまでも未来は可能性なんですね...こんなことを言うと御兄様から叱られそうですけど、ホントは私、とっても楽観的でいるんです」

「今回のことに関して?」

「そうです。根拠なんか一欠片も無いですけど、それでもエルスカインに負ける気は全くしませんし、御兄様や御姉様を失う気もしません。もちろんクレアさんもです。だから私、その気持ちを届ける為にも御兄様の元に来たんですよ?」

さすが姫様さまの娘!
いや違うな・・・『さすがは我が妹、シンシア』だ。

シンシアの言う『負ける気がしない』の意味は、俺の思っていた『負けるつもりは無い』とは根本的に違うんだと思える。

それは単なる意気込みとか、無鉄砲でも考えなしでも無く、未来への希望が圧倒的に強いっていうことなんだろう。
俺も見習わなければ。
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