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第八部:遺跡と遺産

王家の谷へ向かう

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造船所で待っていたスライを伴って乾ドックの外の空き地に出る。
ここなら十分なスペースがあるから、アプレイスが地上で元のドラゴン姿になっても問題なしだ。

「世話になりますよアプレイス殿。自分の人生に、ドラゴン殿の背に乗せてもらえる事が起きるなんて、まさか想像した事もありませんでしたがね!」

そう言えばスライは、アプレイスの背に乗って飛ぶのは初めてだったな・・
ノイルマント村でもちょくちょく顔を合わせてはいたが、ドラゴン姿に戻ってるところは一度も見た事が無いはずだ。

「俺は荷馬車みたいな役だから気にしないでくれスライ殿。って言うか、これは『シャッセル兵団』としての活動なのか?」
「いや、特にそう言う訳では...」
「今のスライは『シャッセル商会』の代表って立ち位置だな。俺とアプレイスはその友人ってコトだ」
「ならプライベートと同じじゃねぇか。お互いライノの友人同士なんだから、かしこまるのはナシでいいだろ」

「ああ、承知したアプレイス殿」

「それでスライ殿、ルリオンとやらに行くには、ずっと海岸沿いに東に飛びゃあいいのか?」
「おおよそね。ルリオンの王宮や『王家の谷』は少し内陸に入ったところにあるけど、空からなら見落さないだろうと思う」

「そいつは飛ぶ高さと雲の厚み次第だな。だだっ広い平野ならともかく山が近いなら、天気の悪い時に低く飛ぶのはオススメ出来ん」

「なるほど...じゃあ王都の近くを流れる大河の河口にもデカい港町があるんだよ。そこまで海際を跳び続けてから川沿いに北上すれば、絶対に見落とさないと思うぜ」
「よし、とりあえず東に向かおう」
「じゃあアプレイス、工廠の外は遠くからも見通しが良いんだ。不可視状態になってからドラゴンに戻ってくれ」
「おう!」

アプレイスが人の姿のままで不可視状態になり、その場でドラゴン姿に変貌する。
一瞬、辺りを魔力の風が吹きすさんだ後は、目の前には巨大なドラゴンが佇んでいた。
ハッキリ見えないけどね。

「ホントに見えなくなんだな!」
「ああ。俺には微かに存在を感じられるけど普通の人には全く見えないと思う。スライに渡してある防護メダルも不可視結界付きだから、ほとんど同じように出来るぞ?」
「そいつはすげえ。じゃあ早速試してみるか」
「いや、アプレイスの背中に乗ってる間は彼の結界に守られてるから大丈夫なんだよ。地上からは見えないし、宙返りしても落ちない」

「はっ、落ちる心配がないってのはいいねぇ!」

スライが少しホッとした表情で笑った。
アプレイスの背の上まで足を伝ってよじ登れって言うのも酷だから、俺がスライの腕を掴んで飛び上がる。

「スライ殿、ルリオンってのはどんな街なんだ?」

背中に乗ったスライにアプレイスが問いかけた。
少し顔をコチラに向けているのは、まだドラゴンの背中に慣れてないスライを気遣っての事だろう。

「あそこはな! サラサス王朝が成立する前からあるって話の古い街だな!」

「いやスライ殿、そんな大声で怒鳴らなくても普通に聞こえるぞ?」
「えっ、そうなのか?」
「結界の中なら、俺は隣にいると思ってくれればいいよ。こっちも普通に喋ってるけどスライ殿には聞こえてるだろ?」

「言われてみりゃあそうだな! アプレイス殿の顔が遠くにあるから聞こえにくいもんだろうと思っちまったぜ」
「気持ちは分かる」
「で、サラサスの王家ってのは、実は途中から、建国した王家直系の一族じゃなくなっててな...まぁ謀反だか簒奪だかって話だな。古い事だし歴史なんて生き残った方が良いように書き換えてるんモンだから、本当のところは誰も分からねぇけどよ?」
「つまりルリオンは、その前の王朝って言うか初代王家が作った街ってコトか?」

「あぁ悪ぃ。言い方が良くなかったな。サラサスの街自体はもっと昔からあるらしいが、大戦争の頃に戦乱でほとんど焼け落ちたそうだ。その後に初代王家が街を復興して王都になった。で、王位簒奪はそのずっと後だ」

古代・・・およそ三千年ほど前の世界戦争でポルミサリアの大部分が『更地』になったとは言え、人にとって生活しやすいとか農地を作りやすいとか、そういう条件まで戦争で大きく変わる訳じゃあない。
規模はともかくとして街造りに適した土地には、連綿と人々が住み続けてきた事だろう。
もっとも世界のアチラコチラには南部大森林とかエンジュの森みたいに、事実を知ると目を逸らしたくなる例外もあるけどね・・・

「簒奪ねぇ...人族の権威ってのは良く分からないけど、血が繋がって無かろうが、本来は継承権が無かろうが、勝負して勝った方の思い通りになるってんなら、ドラゴンの勢力争いとそう変わらんな!」

いやいやアプレイス、言っても詮無い事だから口にしないけど、『真っ向勝負』しかやらないドラゴンの方が、権謀術策を駆使する人族よりもよっぽど清々しい戦いをしてると思うぞ?
ドラゴンの勢力争いは『決闘』が基本だとすれば、人族の権力争いは『暗殺』が基本だからな・・・

++++++++++

澄みきった空をアプレイスが一直線に飛んで行く。
眼下には滑らかにうねる海岸線が伸びて、右側には青い海、左側には緑の大地が続いている。

いかに南部沿岸諸国が温暖とは言え冬の声が聞こえるようになった今時分、もしもアプレイスの結界で守られていなかったら、吹き飛ばされずにしがみついていられたとしても寒さにこごえていたかもしれない。

まあ、イザとなれば熱魔法で周囲を暖める事も出来るんだけど、アプレイスから『俺の背中で熱魔法は禁止!』って釘を刺されてるからな・・・

それもあって、昼飯はいったん地上に居りてから暖かいスープを作った。
別に腹を満たすだけなら干し肉とパンでも齧っていればいいんだけど、気分的に寒々しいし、革袋の中の『暖かい調理済み食品』もさすがに在庫が心細くなってきているからね。
ついでに言えばアプレイスの背中も『真っ平ら』というワケじゃないから、地上に降りて少しばかり歩いたり地面に寝転がったりするのも、良い気分転換なのだ。

まあ次回はシンシアに、馬車を固定していた『固着の魔法』をきちんと習っておこう。

昼食後に再び飛び立って、太陽が西に・・・東に向けて飛んでいる俺達にとっては真後ろにってことだけど、ほぼ水平な高さまで傾いてきた頃、アプレイスが口を開いた。

「河口の港町ってのはアレかな、スライ殿?」

座ったまま首を伸ばして前方の地上をのぞき見ると、彼方に灰色がかった一帯が見えた。
煉瓦ではなく石壁の建物が多いのだろう。
赤みがかった海岸線の浜辺が、そこでプツンと灰色の塊に断ち切られているような感じだ。
左側・・・つまり北に向かって微かに光る筋も目に入った。
アレがスライの言っていた王都まで伸びている大河だろう。

「そうだなアプレイス殿...って言っても俺だって空から見下ろすのは初めてだから確信はないけどな? 街っぽい部分の大きさと、河とか周辺の雰囲気から言って、たぶんアレだと思う」

「了解だ。まぁもっと近づいたら低く降りて飛ぶから良く見てみりゃあいいさ。違ってたら、もっと東に飛び続けるだけだ」
「わかった」

言うまでもなく、アプレイスの飛翔速度は馬や帆船の比じゃあない。
ヴィオデボラ島から脱出した時なんか、デカいキャラック船を抱えた状態で、あの超速ダッシュだったのだ。
今回は普通に飛んでいるとは言え、あっという間に街が近づいてくる。

アプレイスが速度を緩めつつ高度を落とすと、スライが座ったままで首を伸ばすようにして眼下を覗き込んだ。

「スライ、アプレイスの結界で守られてるから、翼の端っこまで歩いて行っても大丈夫だぞ?」
「あのなぁライノ、落っこちそうな気持ちになるってのは理屈じゃねえんだよ。実際に落ちる危険がどれほどあるかとは直結してねぇ」
「まぁ、分かるけど」

うん、俺だって以前は同じような挙動をしてたに違いない。

「えーっと...デカい桟橋が六本と、河口の脇に広い馬場があるな。間違いない、あの港町がそうだ」
「よし、じゃあここから河に沿って北上しよう」

そう言ってアプレイスが体を斜めに傾けた。
そこからグイッと体を引き起こすようにして向きを変え、ぴたりと川筋に並んだところで体を水平に戻す。
アプレイスは高速で飛びながら向きを変える時に、翼を『羽ばたかせる』系の動作をほとんどしない。
注視していないと気が付かないくらい僅かに、翼のへりをひねるだけだ。

「すげえな。鳥だってこんな直角には曲がれねえだろ?」

「そりゃあ羽ばたきで風に乗ってる奴らには無理だ。俺達ドラゴンやワイバーンは魔力で飛んでるから出来る事さ」
「なるほど」
「グリフォンはどうだ?」
「確かにアイツらは魔力で浮かんでるくせに、なんだか鳥みたいな羽ばたき方するよな!」
「翼って言うか『羽毛』を持ってるからかな?」
「おお、言われてみればそうかもなライノ!」

思いつきで適当な事を言ったら、意外にもアプレイスが納得してしまった。
本当にそうなのかな?
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