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第八部:遺跡と遺産

人ならざるモノ

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この老錬金術師が言っていたように『人は変わる』ものだ。
むしろ日々変わり続けていくと言ってもいい。
勇者になる前の俺となった後の俺もそうだし、シンシアだってスライだって、ドラゴンとは言えアプレイスだってそうだ。
いつまでも変わらないなら、それはまるで記録みたいじゃないか?

「ソレって、まるで『記録』と会話しているかのような感じなのか?」

「記録と話すという状況がピンと来ませんが、あらかじめ決められた通りの受け答えしかしない、という様なことは全くありませんぞ?」

「いや、そこまでは無くて...例えば、物凄く知識を持ってるけど、新しい事柄を知らないとか覚えないとか?」
「そんな知能では、なんであれ大きな計画を進めていくことなど出来ないのでは...?」
「たしかに」
「ただ、あえて言いますと、深い考察を必要とする事柄に対しては言葉を選んで慎重に話されますが、過去に同一の事象があったようなモノや、先ほど勇者さまが『定型的』と仰ったような簡単なことに関しては、決まり切った反応を返してこられる...そういう感じはございましたな...」

そうするとエルスカインは、ドゥアルテ・バシュラール卿のような『人格の記録』ではないのだろう。
だけど、今この時を生きている人族だとも思えない。

「ともあれ、儂がどうして敵対しているはずの勇者さま方にこんな話をしているかという理由でございますが...儂としては、そもそも人の世に仇為すつもりは全くなかったのでございますよ。もっとも、それを信じて貰えるとは思っておりませんが」

「信じられないのは正直な感想だ。でも、信じたくなる気持ちはある」

ここまで、俺たちの会話にパルレアが割り込んでくる気配は無かった。
つまり、分かるレベルでの嘘はついていないと考えて良いのだろう。

「有り難うございます。そう言って頂けたなら十分でございますな」

「人に仇なす思いは無くとも、ホムンクルスの錬成とガラス箱の維持、この二つのためにエルスカインの配下で働かざるを得なかったという事か?」

「ありがたくも綺麗な言い方をして頂きましたが、どちらも儂の身勝手な欲望から生じていることに違いはございません。儂が自分の意志でエルスカインさまの配下となっていたことに議論の余地は無いでしょう。ここにいるのは自分の選択でございます」
「だったら尚更不思議だ」
「いま儂が勇者さまに敵対していないことにでございますか?」
「貴方の対応の全てに、かな」

「そうですな...サラサス王国に勇者さまの御一行が訪れていることをマディアルグ陛下から伺った時、儂は期待をしたのだと思います。惰性のように長く続けてきたホムンクルスとしての生き方と、取り返しの付かない妻への不義理、ようやく、それを終わらせる契機になるのでは無いかと...」

「貴方の奥さんのことも、貴方がホムンクルスであることも、俺にはどうにも出来ないよ?」
「それは承知しております。儂が期待したのは、ずっとエルスカインさまの下で錬金術師として働いてきたことの埋め合わせを出来るのでは無いか? エルスカインさまの行いから感じてきたことを伝えられるのでは無いか? そういったことでございますな」

「なら、貴方はエルスカインの計画が目指すモノを知っているのかい?」

「残念ながら存じ上げません。もし知っているならお伝えしたいところですが、エルスカインさまは配下に対して必要最小限の情報しか渡さないご様子ですので...儂に分かっておるのは、マディアルグ陛下の立てている計画の一部のみでございます」

「そこは分かる。これまでに会った事のあるエルスカインの手下達も、重要なことは何一つ知らされていなかったからね」
「でしょうなあ」
「コッチとしては、そのお陰で助かったことも沢山あるから、文句を言うつもりは無いけどね」
「はっはっは、もありなんと言うところでしょうか...恐らく、その全容を理解しているのはエルスカインさまのみであり、マディアルグ陛下と言えども、ほんの一部しか知らされていないのでは無いかと思っておりますよ」

「だろうね。だから貴方が『知らない』って言うことは、嘘をついて隠しているとも思わない。だけど、俺に対して敵対的じゃないって事と、貴方の雇い主であるエルスカインに背くって言うのは、また別の話じゃ無いのか?」

「そうですな...『主』あるじという言葉の捉え方にもよりますが」
「具体的に言うと?」
「年寄りの話は譬えや寄り道が多くなっていかんですな。儂は、妻の寿命の問題をなんとか解決すべく、自分を超える大魔道士であると認めたエルスカインさまに恭順いたしました。しかし、もし自分が師事した相手が『人では無い』と気付いたらどうなりましょう?」

「それは、エルスカインが人族じゃ無いって意味かい?」
「左様です」
「正直、あまり驚かないな...むしろ予想の範疇内って感じだし、確信していたとも言える」

「さすがは勇者さま、ご慧眼ですな。先ほどお話ししたようなエルスカインさまとの長きにわたる対話を通じて、儂の心には一つの疑問が生じたのです。受け答えの珍妙さは脇に置いておくとして、ずっとずっと、飽きることも脇道に逸れることも無く何かを追求し続けるというのは、中々出来ることではございません。それは興味、意欲、目的、願望、そういった諸々の感情を超越しておりましょう」

「それでエルスカインが『人では無い』と、感じた訳かい?」

「はい。感情を全く表に出さない方というのは希におられます。しかし十年一日の如く『同じ生を続けること』に疲れも倦怠も感じないというのは有り得ませぬ。それはもう人としての心を失っているか、そもそも人ならざる何かなのか、そのどちらかであろうと考えました」

「で、貴方の結論はどちらに?」

「人ならざるモノでしょうな...それが何か? と問われても言い当てることは出来ませぬが、エルスカインさまは『人』でも、あるいはホムンクルスのように『かつて人であったモノ』でも無く、そもそも全く違う何かだと思います」

なるほど。
先ほどの『会見』の件から言っても、エルスカインが今この時を生きている人族ではなく、『人ならざる何か』なのだと言うことは間違いないだろう。

もっとも、その正体が何か、ということは謎だ。
『人じゃ無い、人ならざるモノ』と言ってもつかみ所が無いし、魔獣や魔物の類いは当然としても、言ってしまえばドラゴンや大精霊だって『人ならざるモノ』であることに違いは無いからな・・・
考えようによっては『勇者』だって、そうなのかも知れないけど。

「エルスカインの正体がなんであるかはともかく、『人で無いモノに仕えて人に仇を為す』のは貴方の本意じゃ無いってことでいいのかな?」

「もしエルスカインさまが、単に魔術や錬金術を極めようとしているだけの方で有れば、身勝手な儂はそんなことを気にしたりはしなかったでしょう。しかし、ここに連れて来られた儂はヒュドラの毒の存在を知りました」
「いつからここにあったと?」
「ずっと昔から、と聞いておりますな。なぜ、そんな物騒なモノをエルスカインさまがお持ちなのか、しかも、いつでも使える状態でございます」

「どんな綺麗事を並べても、アレは殺戮のための道具だし、外に出していいものじゃ無い。人が手にしていてはいけないものだ」
「仰る通りでございます」
「そこは賛同してくれるのか?」
「はい。儂が追い求めてきたホムンクルスや魂を弄る魔法も、確かに大きな『禁忌』でございましょう...」

パルレアが、どれほどホムンクルスを嫌っていたかは記憶に新しい。
知的な考察の対象として『興味を持っただけ』に過ぎないシンシアに対して『興味自体を持つべきでは無い』と叱責したほどだったのだから。

「しかし、身勝手なことを言わせて頂けるならば、ホムンクルスとヒュドラでは、人の世に仇なす影響の大きさが違うとは申せるかと」
「そこは肯定するよ」
「有り難うございます。よって儂は、エルスカインさまが進めておられる計画がどのようなことであろうと、それは防ぐべき事では無いかと、そう思い至ったのでございます」

そう言って老錬金術師はわずかに顔を曇らせた。

つまり、エルスカインを裏切るってことなのか?
でも彼は実際にマディアルグ王のホムンクルス制作を進めてきていた訳だし、さっきはマディアルグ王と普通に会話もして世話を焼いていた。

彼が嘘をついていないとするならば、単に『正義感に目覚めた』って事では無く、もう一歩踏み込んだ理由がありそうな気がする・・・
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