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辺境の街で拾われる

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 ──あの悪夢から、四年経った。

 私は今、国境のあるウィンドカスター北方辺境伯領にいる。

 それも、領主である辺境伯の屋敷で、使用人として働かせてもらっているのだ。お年を召した領主様の、これまたお年を召した主治医の補佐としてである。



 薬剤師の免許も開業許可も奪われ、王都を追放された私たち一家には、行くところがなかった。

 とりあえず住むところを確保する目的でこの地を目指したのは、ここが魔獣の棲家である山岳地帯に近いからだった。

 単純に、危険な土地は物価が安くて、家賃も低く抑えられるのではないかと考えたの。

 ところが、旅の途中で私の具合が悪くなり、辺境伯領に入った国道で立ち往生してしまったのだ。

 そこで偶然、隣の市から戻ってくる辺境伯の一行に遭遇した。

 運が良かった。両親は疲れ切っていたし、私もずっと体調が悪かったため、馬車から出てきた老人がどれほどコワモテでも、天使に見えたものだ。

 ものすごく怖い顔で、しかも私のトラウマとなる真紅の瞳をしたこの老人は、ウィンドカスター北方辺境伯の当主その人、ハドリー・アダムソン様。

 見事な白髪に白髭の老人なのに筋骨隆々。最初は取って食われるんじゃないかと警戒した。だけど、見た目に反してとても親切だったのよ。

 屋敷に迎え入れられたのは、薬剤師だからだろうなと思った。資格を剥奪されているとはいえ、地方の薬屋よりは役に立つはずだから。

 だって、田舎の農村部では、未だに民間療法やまじないなんかで、病気や怪我を治す地域もあるらしいからね。

 でもその考えは、辺境伯の屋敷に行ってから改められた。

 お屋敷には、拾ってきたという犬やら猫やらがたくさんいたのだ。

 聞けば現在雇っている使用人たちも、元は拾ってきた孤児だったとか。二十年以上前の魔獣の襲来時に、親を亡くした子供が多かったのだそうだ。

 当時のことを語る執事のヴァーノンさんは、孤児院状態で過密化した屋敷に困り果て、それで辺境伯に孤児院を増やすよう要請したのだという。拾った子供たちを移したところ、何人かは成長してから恩返しに戻ってきたらしい。

 それが現在の使用人たちなんだって……。

 ……。

 私たち一家も、たんに拾われたのね。



 ベッドに横になった辺境伯──ハドリー様は、ひとしきり咳き込んだ後、私に言った。

「今日は、エイベルと遊んじゃいかんかな?」

 私は水薬を渡しながら、チラッと主治医のマクニールさんの方を振り返った。彼は難しい顔で首を振る。

「咳が酷いので、今日はお休みになっていた方がいいですよ」

 ハドリー様は愛煙家で、それが祟って肺の病気になってしまったようだ。ここ最近、寝込みがちだった。

 マクニールさんの話では、心臓も弱くなってきているとか。もしかすると、一年ももたないかもと。

 去年までは国境の砦まで赴き、自ら城塞司令官として兵役の者たちを鍛えていたくらいなのに。

 私たち一家を受け入れてくれて、しばらく屋敷に置いてくれて、しかも領地内の開業許可までくれた恩人だもの。マクニールさんの補佐として、最期までお世話させてほしいと思っている。

「また住み込みで働けばよいだろう、一家で。そうすれば、わしはエイベルともっといられる」
「店を持てようになるまで置いてもらえただけでも、感謝しています」
「ずっといればいいんじゃ。部屋数はたくさんあるんだから」

 ハドリー様は無念そうに呟くと、執事のヴァーノンさんを呼んだ。こちらもあるじである辺境伯に負けず劣らず、お年を召している。

「あいつはまだか」
「手紙によれば、予想以上に揉めたようですからねぇ。取り消しになっていたりして」

 ヴァーノンさんの言葉に、私は首を傾げた。

 あいつ?

 ハドリー様が身を起こそうとしたので、慌てて背中を支え、枕を重ねてやる。

「ニーナたん」

 たん……。この呼び方は最期の時まで直らないのだろうか。

「わしの頼みを聞いてくれないか」
「ハドリー様、水臭いです。なんなりとお申し付けください」

 この人のおかげで、私たち一家は生きてこられた。彼が望むなら、内臓の一つや二つあげたっていい。そう思えるほど感謝している。

「もう二十年以上前になるか。魔獣大発生のおり、わしの息子らは砦を守るために戦って、命を落とした」

 王都でニュースになった、北の砦陥落一歩前までいった危機のことだろう。

 まだ小さかった私は覚えていないけれど、大型の魔獣が湧くように出現したとか。

「長男のフィリップは結婚していてな、息子が一人いたんじゃ」
「ハドリー様にお孫さんがいらっしゃる、ということですか? 男の子?」

 私はほっとした。ハドリー様は身寄りがない。この北方辺境伯領を治める家が断絶し、国に返領しなければならないなら、私たちの開業許可が取り消されてしまうかもしれないからだ。

 領地を引き継いでくれる後継者がいるなら、私たちが引き続きこの街で働けるよう、ハドリー様から口利きしてもらえるだろう。

「ああ、男だ。フィリップの嫁のメアリーが田舎を嫌っていてな。フィリップが死んだあと、すぐに孫を連れて、この領地を出ていってしまったんだ」
「まぁ……」

 たった一人の後継者なのに、どういうつもりなのかしら。

「華やかな王都に憧れていたのもあるが、寂しかったんだろうな。あの頃、魔獣の動きが活性化していて、城塞司令官を務めていたフィリップは、砦に詰めっきりだったからな」

 仕事なら仕方ない気もするけれどな。領地を守っていたわけだし。

「『ウサギは寂しいと家出しちゃうんだから!』が口癖で、フィリップとはしょっちゅう喧嘩になっていた。いつも、一緒にいてくれる夫がほしいと愚痴を言っとったし」

 深い息をつくハドリー様。

「フィリップが死んだあと、すぐに再婚したくなったんじゃろう。突然出ていくと言い出してな。わしは王都にいる妹に連絡を取り、メアリーと孫を置いてもらえるよう頼んだ。フィリップの嫁は生活力もなければ計画性もない。大事な孫まで野垂れ死んだら困るからな」

 ハドリー様は疲れたのか、枕に深くもたれ込んだ。

「その後、離婚再婚を繰り返し、けっきょくメアリーは酒におぼれて死んでしまったそうだ」

 目を閉じるハドリー様を見て、私は心配になった。具合が優れなさそう。

「ハドリー様、少しお休みになりましょうね」
「いや──本題はここからだ」

 ハドリー様は瞼を持ち上げて私を凝視した。さすがに北の鬼神と言われていただけあって、眼光鋭いぞ。怖いわね!

「一生のお願いだニーナたん。わしの孫と結婚してくれないか」
「ふぁっ!?」

 眼光が鋭かったわりに、意表を突いたお願いだった。

 いったい何を言っているのかしら!? 流れ者の平民が、どうして領主様のお孫さんと結婚?

「辺境伯のお孫さんなら、結婚相手は引く手あまたでしょう??」
「何年も、ここに戻ってくるよう言っていたのだが、あいつ、ついに領地を継ぐことを断りよった」

 私は首を傾げた。お母さまに似て、田舎が嫌いとか? 確かに王都は発展していて賑やかだし、魔獣に襲われる心配もない。なによりも、ここよりずっと気候が穏やかだ。

「理由をしたためたあやつからの手紙は、納得できるものではあった。しかしながら、わしはあることを閃いたんじゃ。それで、強引に孫をここに呼び寄せた」

 私は困り果てて、ヴァーノンさんやマクニールさんを振り返る。ハドリー様、脳に病が回ったのかもしれないわ。

 でも二人ともハドリー様を止める気はなさそう。私は眉を顰めた。一体何を考えているの?

「ニーナたんが、わしの孫と結婚してくれれば、万事解決なんじゃ」


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