上 下
20 / 72

はあ?

しおりを挟む
「取り入るですって?」

 何を言っているのかしら!? 謝罪したいと言った傍から侮辱してるじゃない!

「私はただ、恩を返したくて──」
「陛下を毒殺しようとしたことに関しては、君は陰謀の被害者だったと思う。だが、王太子妃になろうとしていたのは事実だろう。今度は俺の──領主となるかもしれない俺の──嫁の座を狙って、祖父を唆したんじゃないのか?」

 私は怒りのあまり、怖いのも忘れてノワール様に近づき、彼をビンタしていた。身長が高いので背伸びして、思い切り叩いてやったのだ。

「痛いな」

 手首を掴まれ見下ろされた瞬間、牢でのことを思い出し、身体がこわばった。

 ウロウロしていたセントバーナードが、私たちを不思議そうに見あげている。

 あ……私、なんてことをしたのだろう。辺境伯になる人を叩いてしまった。

 ところが青ざめ震える私を見て、ノワール様はパッと手首を放した。

「すまない」

 謝られて、私はやっと呼吸できるようになった。

 その時だ。

 ガシャンと音がして、私とノワール様が同時に屋敷を振り返った。

 部屋の中で、ハドリー様が車椅子から崩れ落ちたところだった。

 私は悲鳴をあげて、恩人である辺境伯の元に走った。

「ちゃんとベッドに横になっていないから!」

 使用人らが数人がかりで抱え上げようとしたとき、力強い腕がハドリー様を担ぎ上げる。

「重っ」

 とっさに呟いたのはノワール様だ。ハドリー様は老人にしては大きい。でも彼は、言葉に反して軽々と支えている。

 そのままぐったりしているハドリー様を車椅子に戻し、寝室はどこ? と私に聞いた。案内する私の後に続き、車椅子を押して運んでくれる。

「医者は?」
「私でございます」

 年配すぎる主治医のマクニールさんを見て、一瞬怯んだ黒騎士様。

「診てやってくれ」

 三匹の猫が占領していたベッドにハドリー様を移し、掛布をかける。猫たちが場所を取られてニャーニャー怒っていた。

 ベッドから離れようとした瞬間、ハドリー様にガッと腕を掴まれたノワール様。意表を突かれてビクッとなっていた。

「待ちなさい」

 あ……ハドリー様、意識あったんだ。

「スタンリー、わしの最後の願いだ。ニーナと結婚してくれ」

 私はその弱々しい声に、胸が詰まってしまった。

 相手が黒騎士じゃなければ、結婚しますと言っていたかもしれない。それくらい、ひび割れた生気の感じられない声だった。

 涙がこぼれる。

 ごめんなさい、この人と結婚なんてできない。それに、たとえ私が我慢して承諾しても、彼が拒否するもの。

 無理よ。成立しないのよ。ごめんね、ハドリー様。一家を救ってもらったのに、何もできないなんて……。

「お爺様、申し訳ありませんがそれは──」

 ノワール様も渋い顔で拒否しようとする。

 私たちには、因縁があるのだ。

 最期の力を振り絞るかのように、カッと見開いた目で、ハドリー様が孫を睨みつけた。

「命令だ。インポテンツなのは知っているが、だからこそ、この娘と結婚するのだ」

 い……いんぽてんつ? 振り仰ぐと、スカしたキザな顔が、みるみる赤く染っていくではないか。

 微妙な空気になったその時、廊下から叫ぶ声がした。乱暴にバンッと扉が開け放たれる。

「エイベル、勝手に入ったらだめよ」

 後ろから追いかけてきた家政婦長に、首根っこを掴まれ止められた幼児は、ハドリー様の方に行こうと必死に身をよじっている。

「こら、暴れないっ。ハドリー様は具合が悪いのよ!」

 家政婦長が叱咤するも、具合が悪いはずの当の本人は、

「おおっ、エイベル来たのか!」

 とムクッと起き上がったではないか。

 あれ……今にも召されそうだったのに、元気だぞ?

「大丈夫だ、ちょっと横になったら治った! さ、じーじと遊ぶぞエイベル」

 ノワール様はいぶかしげに、自分の祖父と幼児が戯れているのを眺めている。

「おじーじ、おひげ、遊ぶーの」

 そうキャッキャ笑いながら、辺境伯の白い髭をひっつかみ、ブチブチッという音と共に引っこ抜いた。

「こら!」

 私は思わずエイベルに駆け寄って抱き寄せた。

 だめでしょ、そんなことしたら死んじゃうから!

 困惑して立ち尽くしているノワール様に、ハドリー様は満足そうな笑顔で告げた。

「このニーナたんはな、シングルマザーなんだ。だからお前と籍を入れたら、もれなく後継者がついてくる」













※予約投稿ができている分はここまでです。次から余裕のある時間に更新していきます。
(›´ω`‹ )がんばる。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

死なぬ身体は甘く残酷にいたぶられる

BL / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:11

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,088pt お気に入り:7,831

恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:35,997pt お気に入り:1,582

冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

BL / 連載中 24h.ポイント:12,951pt お気に入り:2,354

もう一度、あなたと

BL / 完結 24h.ポイント:789pt お気に入り:207

幸介による短編恋愛小説集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:2

吸血少女ののんびり気ままなゲームライフ

SF / 連載中 24h.ポイント:1,222pt お気に入り:107

ねぇ、神様?どうして死なせてくれないの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:667pt お気に入り:6

鬼上司と秘密の同居

BL / 連載中 24h.ポイント:3,856pt お気に入り:597

処理中です...