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はあ?
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「取り入るですって?」
何を言っているのかしら!? 謝罪したいと言った傍から侮辱してるじゃない!
「私はただ、恩を返したくて──」
「陛下を毒殺しようとしたことに関しては、君は陰謀の被害者だったと思う。だが、王太子妃になろうとしていたのは事実だろう。今度は俺の──領主となるかもしれない俺の──嫁の座を狙って、祖父を唆したんじゃないのか?」
私は怒りのあまり、怖いのも忘れてノワール様に近づき、彼をビンタしていた。身長が高いので背伸びして、思い切り叩いてやったのだ。
「痛いな」
手首を掴まれ見下ろされた瞬間、牢でのことを思い出し、身体がこわばった。
ウロウロしていたセントバーナードが、私たちを不思議そうに見あげている。
あ……私、なんてことをしたのだろう。辺境伯になる人を叩いてしまった。
ところが青ざめ震える私を見て、ノワール様はパッと手首を放した。
「すまない」
謝られて、私はやっと呼吸できるようになった。
その時だ。
ガシャンと音がして、私とノワール様が同時に屋敷を振り返った。
部屋の中で、ハドリー様が車椅子から崩れ落ちたところだった。
私は悲鳴をあげて、恩人である辺境伯の元に走った。
「ちゃんとベッドに横になっていないから!」
使用人らが数人がかりで抱え上げようとしたとき、力強い腕がハドリー様を担ぎ上げる。
「重っ」
とっさに呟いたのはノワール様だ。ハドリー様は老人にしては大きい。でも彼は、言葉に反して軽々と支えている。
そのままぐったりしているハドリー様を車椅子に戻し、寝室はどこ? と私に聞いた。案内する私の後に続き、車椅子を押して運んでくれる。
「医者は?」
「私でございます」
年配すぎる主治医のマクニールさんを見て、一瞬怯んだ黒騎士様。
「診てやってくれ」
三匹の猫が占領していたベッドにハドリー様を移し、掛布をかける。猫たちが場所を取られてニャーニャー怒っていた。
ベッドから離れようとした瞬間、ハドリー様にガッと腕を掴まれたノワール様。意表を突かれてビクッとなっていた。
「待ちなさい」
あ……ハドリー様、意識あったんだ。
「スタンリー、わしの最後の願いだ。ニーナと結婚してくれ」
私はその弱々しい声に、胸が詰まってしまった。
相手が黒騎士じゃなければ、結婚しますと言っていたかもしれない。それくらい、ひび割れた生気の感じられない声だった。
涙がこぼれる。
ごめんなさい、この人と結婚なんてできない。それに、たとえ私が我慢して承諾しても、彼が拒否するもの。
無理よ。成立しないのよ。ごめんね、ハドリー様。一家を救ってもらったのに、何もできないなんて……。
「お爺様、申し訳ありませんがそれは──」
ノワール様も渋い顔で拒否しようとする。
私たちには、因縁があるのだ。
最期の力を振り絞るかのように、カッと見開いた目で、ハドリー様が孫を睨みつけた。
「命令だ。インポテンツなのは知っているが、だからこそ、この娘と結婚するのだ」
い……いんぽてんつ? 振り仰ぐと、スカしたキザな顔が、みるみる赤く染っていくではないか。
微妙な空気になったその時、廊下から叫ぶ声がした。乱暴にバンッと扉が開け放たれる。
「エイベル、勝手に入ったらだめよ」
後ろから追いかけてきた家政婦長に、首根っこを掴まれ止められた幼児は、ハドリー様の方に行こうと必死に身をよじっている。
「こら、暴れないっ。ハドリー様は具合が悪いのよ!」
家政婦長が叱咤するも、具合が悪いはずの当の本人は、
「おおっ、エイベル来たのか!」
とムクッと起き上がったではないか。
あれ……今にも召されそうだったのに、元気だぞ?
「大丈夫だ、ちょっと横になったら治った! さ、じーじと遊ぶぞエイベル」
ノワール様はいぶかしげに、自分の祖父と幼児が戯れているのを眺めている。
「おじーじ、おひげ、遊ぶーの」
そうキャッキャ笑いながら、辺境伯の白い髭をひっつかみ、ブチブチッという音と共に引っこ抜いた。
「こら!」
私は思わずエイベルに駆け寄って抱き寄せた。
だめでしょ、そんなことしたら死んじゃうから!
困惑して立ち尽くしているノワール様に、ハドリー様は満足そうな笑顔で告げた。
「このニーナたんはな、シングルマザーなんだ。だからお前と籍を入れたら、もれなく後継者がついてくる」
※予約投稿ができている分はここまでです。次から余裕のある時間に更新していきます。
(›´ω`‹ )がんばる。
何を言っているのかしら!? 謝罪したいと言った傍から侮辱してるじゃない!
「私はただ、恩を返したくて──」
「陛下を毒殺しようとしたことに関しては、君は陰謀の被害者だったと思う。だが、王太子妃になろうとしていたのは事実だろう。今度は俺の──領主となるかもしれない俺の──嫁の座を狙って、祖父を唆したんじゃないのか?」
私は怒りのあまり、怖いのも忘れてノワール様に近づき、彼をビンタしていた。身長が高いので背伸びして、思い切り叩いてやったのだ。
「痛いな」
手首を掴まれ見下ろされた瞬間、牢でのことを思い出し、身体がこわばった。
ウロウロしていたセントバーナードが、私たちを不思議そうに見あげている。
あ……私、なんてことをしたのだろう。辺境伯になる人を叩いてしまった。
ところが青ざめ震える私を見て、ノワール様はパッと手首を放した。
「すまない」
謝られて、私はやっと呼吸できるようになった。
その時だ。
ガシャンと音がして、私とノワール様が同時に屋敷を振り返った。
部屋の中で、ハドリー様が車椅子から崩れ落ちたところだった。
私は悲鳴をあげて、恩人である辺境伯の元に走った。
「ちゃんとベッドに横になっていないから!」
使用人らが数人がかりで抱え上げようとしたとき、力強い腕がハドリー様を担ぎ上げる。
「重っ」
とっさに呟いたのはノワール様だ。ハドリー様は老人にしては大きい。でも彼は、言葉に反して軽々と支えている。
そのままぐったりしているハドリー様を車椅子に戻し、寝室はどこ? と私に聞いた。案内する私の後に続き、車椅子を押して運んでくれる。
「医者は?」
「私でございます」
年配すぎる主治医のマクニールさんを見て、一瞬怯んだ黒騎士様。
「診てやってくれ」
三匹の猫が占領していたベッドにハドリー様を移し、掛布をかける。猫たちが場所を取られてニャーニャー怒っていた。
ベッドから離れようとした瞬間、ハドリー様にガッと腕を掴まれたノワール様。意表を突かれてビクッとなっていた。
「待ちなさい」
あ……ハドリー様、意識あったんだ。
「スタンリー、わしの最後の願いだ。ニーナと結婚してくれ」
私はその弱々しい声に、胸が詰まってしまった。
相手が黒騎士じゃなければ、結婚しますと言っていたかもしれない。それくらい、ひび割れた生気の感じられない声だった。
涙がこぼれる。
ごめんなさい、この人と結婚なんてできない。それに、たとえ私が我慢して承諾しても、彼が拒否するもの。
無理よ。成立しないのよ。ごめんね、ハドリー様。一家を救ってもらったのに、何もできないなんて……。
「お爺様、申し訳ありませんがそれは──」
ノワール様も渋い顔で拒否しようとする。
私たちには、因縁があるのだ。
最期の力を振り絞るかのように、カッと見開いた目で、ハドリー様が孫を睨みつけた。
「命令だ。インポテンツなのは知っているが、だからこそ、この娘と結婚するのだ」
い……いんぽてんつ? 振り仰ぐと、スカしたキザな顔が、みるみる赤く染っていくではないか。
微妙な空気になったその時、廊下から叫ぶ声がした。乱暴にバンッと扉が開け放たれる。
「エイベル、勝手に入ったらだめよ」
後ろから追いかけてきた家政婦長に、首根っこを掴まれ止められた幼児は、ハドリー様の方に行こうと必死に身をよじっている。
「こら、暴れないっ。ハドリー様は具合が悪いのよ!」
家政婦長が叱咤するも、具合が悪いはずの当の本人は、
「おおっ、エイベル来たのか!」
とムクッと起き上がったではないか。
あれ……今にも召されそうだったのに、元気だぞ?
「大丈夫だ、ちょっと横になったら治った! さ、じーじと遊ぶぞエイベル」
ノワール様はいぶかしげに、自分の祖父と幼児が戯れているのを眺めている。
「おじーじ、おひげ、遊ぶーの」
そうキャッキャ笑いながら、辺境伯の白い髭をひっつかみ、ブチブチッという音と共に引っこ抜いた。
「こら!」
私は思わずエイベルに駆け寄って抱き寄せた。
だめでしょ、そんなことしたら死んじゃうから!
困惑して立ち尽くしているノワール様に、ハドリー様は満足そうな笑顔で告げた。
「このニーナたんはな、シングルマザーなんだ。だからお前と籍を入れたら、もれなく後継者がついてくる」
※予約投稿ができている分はここまでです。次から余裕のある時間に更新していきます。
(›´ω`‹ )がんばる。
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