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まあ、籍を入れるだけなら……

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 こうして私は、愛のない結婚を承諾することにした。

 もちろん数日かけて、じっくり考えましたよ?

 ものすごく迷ったわよ。

 だって、相手はノワール様よ? 明らかに私をビッチだと決めつけてる嫌な男。

 生真面目だから責任を取りたがるのはよく分かる。謝罪もしてもらったけど……彼が私にとって嫌な奴なのは変わらない。愛なんて生まれるはずもない。

 まあこれは、相手が黒騎士のノワール様であることは、関係ないのだけど……。

 どうせ男女の愛なんて一過性のものだって、身をもって知ったから。

 むしろ、愛のない結婚の方が、今の私には抵抗がない。一昔前は、平民すら親が結婚相手を決めていたわけだしね。違うのは、私たちの間に嫌悪や罪悪感といった負の感情が既にあることだ。

 ──でも……。

 ……籍を入れるだけなら、いいじゃない?

 ウィンドカスター辺境伯には恩がある。彼の願いを叶えたい。それだけじゃない。損得を考えれば、エイベルのためになる。

 だって追放された罪人の息子が、将来領主になれるのよ?

 酷い目に遭わされたのだから、ノワール様のことを最大限利用していいと思うの。

 不謹慎だけど、ハドリー様が亡くなったら、エイベルを残して私は離婚したって問題ない。母であることは変わりないんだし。今だけ我慢すれば……。




 路地裏にある小さな店舗で、私はまだ言い出せずにいた。

 自分の両親に。

 ハドリー様には今日中に、屋敷に居を移すよう言われている。私とエイベルが市街地の店舗兼住まいから、なかなか越してこないのに痺れを切らしたのだ。

 だってさー、ノワール様がいるんだもん……。顔を合わせたくない。私はハドリー様の薬剤師みたいなものだから、行かない訳にはいかないのだけど。

 薬を精製するための機材──秤や石臼、圧搾機、蒸留装置等は全て、ハドリー様が揃えてくれた新品だ。

 昔とはほど遠いが、ハドリー様の援助のおかげでなんとか生活の基盤を築けた。

 それでもエイベルにとっては、店を継ぐよりは領主になる方が幸せに違いないと思うの。

「ごめんね、びっくりさせて」

 やっと覚悟ができて、結婚の報告をかいつまんですると、両親二人は顔を見合わせた。

「まさか、あなたの元彼が──エイベルの父親が元専属騎士様で、しかも辺境伯のお孫さんとはね」

 母は深く長い息をついた。父も合点がいったように頷く。

「おそらくお前は、追放される我々と彼が関わっていたら、職務的に彼にも悪影響があると思ったんだろう?」

 エイベルの髪を撫でてしみじみ呟く父。

「だからお前は、泣く泣く別れを選んだんじゃないかと、父さんは思うんだ」
「……それにしても、騎士様だなんて。なんだか恐れ多いわね」

 胸にチクッと罪悪感が走る。ほんとうは、王太子殿下が元彼だけど、一生言えないだろう。腰を抜かしそうだ。

「恐れ多い、よね。だから、ハドリー様がその……天に召されたら、離婚しようと思うの」

 え? と二人は眉を顰める。

「エイベルには権利があるけど、私はもう関わりたくない」
「そうか……」

 父母は納得したようだった。辺境伯に助けられたことはありがたいが、権力者に陥れられたことは覚えている。自分たちは流れ者の平民に過ぎないのだ。

「ご領主様の病状は芳しくないの?」

 エイベルにペロリン喉飴を渡しながら、母が聞いてきた。

「咳は、ずっと投薬していたおかげで、だいぶ良くなってきたわ。でも、なんていうか波が激しいの。急に死にそうになったり、突然元気になったり。ハドリー様のお屋敷に、また住み込みでお世話になることになったから、夜も付きそえるわ」

 今度は住み込みっていうのとは、ちょっと違うか……。

 両親は寂しげにエイベルを抱きしめた。

「夫婦になるのに、通いなのはおかしいからな」

 世間体もあるし、まだ小さいのにエイベルだけあっちに住ませる訳にはいかないもの。私のエイベルなんだから!

 母が私をよく見ようとするかのように、目を細めた。

「すぐそこだけど、なんだか寂しいわね」

 親の気持ちが分かるからこそ、私も寂しくなってしまった。

 店に充満する生薬の匂いを吸い込み、私は明るく笑ってみせた。

「ハドリー様の薬の材料を取りに、毎日だって通うわ」
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