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待ち伏せ~スタンリー視点~

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 山道で王太子一行を狙った刺客が、なぜ銃ではなく矢で射てきたのか。

 砦のある辺境伯領と違い、この辺りで手に入る銃は古い型のものが多く、射程は短いし砲身内に施条のない滑腔砲──照準が安定していないものなのだ。矢の方がまだ狙いが正確なくらいだとか……。

 とはいえ、やはり弓矢は弓矢だ。弓隊でなければ恐れるほどではないと、少し気を抜いていたのかもしれない。

 その矢じりに、毒が塗ってあると考えるべきだった。




 ハートフィールド伯爵の城へ向かう途中、峠を隔てた西側に、ローレンス王子寄りのアルドリッジ子爵領がある。

 警戒はしていたが、襲撃の危険性よりも足場の悪さの方が気になっていた。

 ──雪が降りだしていたのである。

 そんなとんでもない時と場所に、いきなりローレッタ嬢……いや、王太子妃殿下が現れたものだから、俺はそれに気を取られてしまった。

「待っていたわ」

 先頭で道案内をする伯爵領の兵士らには、相手が誰だか分からない。俺も、あやうく射撃の指示を出すところだった。

「やめろ、王太子妃殿下だ!」

 銃を構える兵士らに叫ぶと、ざわっとその場が大騒ぎになる。

 紫色の髪と瞳は、俺の真紅の瞳と同じくらいレアだ。見間違えようがない。

 殿下が馬車から飛び出してきた。

「ローレッタ、なぜこんなところに! なぜ僕の元から逃げ出したんだ!」
「バッドエンドだからよ、子供ができない悪役令嬢ローレッタは、陛下に暗殺されるエンドなのよ!」
「何を言っているローレッタ!」

 戸惑う殿下の隣で、俺も呆れてしまった。被害妄想か。

 いや……でも、確かにニーナにした国王陛下の仕打ちを思えば、頷けるかもしれない。もし二人が離婚を承諾しなければ……。

 少なくとも粘着質の王太子殿下が、陛下の命令通りに離婚を承諾するとは思えなかった。だからローレッタ様は、次は自分の番だと──。

 ローレッタ様は、辺りにキョロキョロ目を配った後、皆に向かって言う。

「私、怖くなって逃げたの。逃げて北方の砦で、伝説の傭兵と年の差恋愛ルートに入ろうと思ったの! だけど私、寒いの苦手だし、オッサンってあまり好きじゃないのよ! だから伯爵領で侍女となって、スローライフするルートにしようと思ったの。でもそれだと、探しに来たクリフォード殿下が暗殺されてしまうことを思い出したの。ちょうどこの峠で!」

 本当に何を言っているのか分からない。誰もが狂人を見るような目で、王太子妃殿下を見つめていた。

「信じて! クリフォード様を早く安全なところへ。彼はこの山道で、矢で射られて死ぬのよ!」

 俺はその時、山肌の上の方に生えた木の枝に、人がいるのを見つけてしまった。

 咄嗟だった。

 ローレッタ様の話を信じる信じないではなくて、黒騎士として訓練された体が、傷のほとんど癒えたこの体が、王太子殿下を庇うように突き飛ばしていた。

 射手の位置が遠かったため、矢は微かに腕をかすっただけだった。パンッと音がして身構えるも、ルージュが暗殺者を仕留めたマスケット銃の音だったと知り、ほっとする。

 ところが、みるみる傷口から痺れが走ってきて、治癒してきたはずの左腕が再び動かなくなった。

「毒よ、カニカブトとかいう猛毒が塗ってあるの!」

 ローレッタ様がわめく。

「ああ、なんてことかしら。このルートは分からないわ。黒騎士が射られるルートなんてプレイしたことないもの。黒騎士は脇役だし、隠しルートよこれ」

 殿下がローレッタ様をガクガク揺さぶる。

「おい、どういうことだ。ノワー──スタンは助かるのか!?」

 意識が遠ざかっていくのを自覚しながら、俺はゆっくり膝を突いた。

 死ぬのか。この甘ったれクソ王太子を庇って? 騎士の忠誠契約を切って祖父の元に来たのに、これでは──。

 ふと、ニーナの顔を思い出した。

 俺が死んだら、悲しんでくれるかな。……別れ際、プイッと顔をそむけた彼女のことだ。

 微笑が浮かぶ。むしろ、彼女を痛めつけた男の死を、喜ぶんじゃないかな。

 俺が死んでも大丈夫だよ、ニーナ。

 エイベルがいてくれるから。

 君が生んでくれたから。

 ウィンドカスター北方辺境伯領は安泰だ。

「脈が弱い!」
「体温もです、どんどん冷たくなっていく! すぐ伯爵の館に運びましょう!」

 真っ暗になっていく目の前。でも最後に俺の耳は、ローレッタ様の叫ぶ声を聞いた。

「だめよ!」

 いや、なんで!?

「北方辺境伯領にすぐ引き返して! そこにしか、この毒に効く薬は無いのよ!」
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