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絡んでくる王太子殿下

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「都ではね、格差恋愛が『ロマンチック』だとかで流行っている」

 相手は王族。挨拶だけで済むわけもない。私は大人しく彼の話を聞いていた。

「若い貴族の間で、平民のかわいこちゃんとの疑似恋愛が、一種の嗜みみたいになっているんだ」
「はぁ……」

 どういうつもりで、絡んできたんだろう。元黒騎士の妻に興味があるのは分かるけど……。

 クリフォード様は私の目を覗き込み、フッと笑った。

「まあ、平民とは言っても、限度があるけどね」

 地主や経営者、投資家なんかの裕福な家柄の娘のことかしら。私は胸を押さえて俯いた。

 どこの馬の骨とも知れぬ使用人が、元専属騎士の妻になることが、気に入らないの? 蔑んでいるのかしら?

 いちいち棘があるように思えるのは、私が劣等感を持っているから? だけど私だって、元は裕福な平民だったもん。

「結婚相手が貧民だなんて、それこそ真実の愛。僕はノワールを尊敬しているよ」

 貧民!

 貧民にしたのはあなたです!

 ……ええ? なに? どっちなの? 反対なの? 祝福してくれているの? 何が言いたいの!?

「僕は……間違えたのかもしれないからね」

 ワイングラスを口に運び、アンニュイなため息を吐く殿下。

 ……うーん。見てくれは、やっぱりすごく絵になるな。

 彼一人いるだけで辺境伯の古い元要塞が、都の宮廷のように見える。

 これが王族オーラってやつかしら。

 ……昔の私は、これにやられたんだわ。

「僕も昔、君のようなクリームブロンドの巨乳と恋に落ちたことがある。親が決めた婚約者に反発して、僕はその娘と結婚しようとしていた。若かったが、あの頃が人生で一番輝いていた気がする」

 いい話にしてるけど、その娘に濡れ衣着せて、側近に強姦させたことは忘れていないわよねっ!?

「父の策謀により引き裂かれたが、彼女と駆け落ちするくらいすればよかったのかな……」

 包帯の中の愛想笑いが引き攣る。

 違うでしょ、あなたは陛下の作り話に敢えて乗っかったのよ。ローレッタ様を好きになったから、私のことが邪魔になっただけ。

 それに、もしあなたと駆け落ちしていたら、捕まった時は私だけ投獄されて、あなたはお叱りを受けるだけなんじゃないかしら。

 色々モヤるけど、ぐっと我慢した。

「まだお若いじゃないですか。素敵な王太子妃もいらっしゃいますわよね」
「ローレッタなどもう知らぬ」
「へ?」

 ギラッと睨まれた。

「あの女は、頭がおかしい。まるで未来を予言しているかのように奇妙なことを言うし、いつも何かに怯えていた。離婚してください、離婚しなければ私は殺される、とかなんとか喚きちらしていた」

 クリフォード様と離婚したがっている?

「たしかにローレッタの予言はよく当たった。だが、僕と別れたいだなんて、許しがたい。許せるわけがないではないか」

 ギリギリ歯を食いしばっているクリフォード様。その様子は、ひどく苦しそうに見えた。

「彼女は僕を捨てた。僕にはやはりニーナしかいなかったんだ。草の根分けてでも探し出してやる。あと、ついでにノワールを復職させてやる」
「はわわわわわ!?」

 え? なに、結局ローレッタ様と離婚したの!? あとなんでスタンリー様を連れ戻そうとしているの!?

「失礼、殿下」

 来賓客に取り囲まれていたスタンリー様が、こちらにやってきた。

「俺の妻は、口下手でして──」

 殿下はスタンリー様にかまわず私に話しかける。

「君は、ノワールが王都時代に遊んでやり捨てした娘だったって、本当かい?」

 だから言い方! ちょっと無神経なんじゃない? 私はイライラしてクリフォード様を睨んだ。

 王都時代に、私の心をもて遊んで捨てたのはあなたでしょ。

 グイッと、私の腕を引き寄せるスタンリー様。

「本気でしたよ」

 彼はそのまま、三角巾で吊ってない方の腕を、私の腰に回す。

「あなたも、本気だったでしょう?」

 ゾクッとするような冷気を帯びた声で、切り込むようにスタンリー様は言った。

「愛していたでしょう?」

 それを受けて、クリフォード様の意地悪そうに歪んだ顔が凍り付いた。

 青い目に傷ついたような色が浮かび、彼の今までの態度が虚勢であったことを知る。

「そうだ。だが……僕は……彼女に酷いことをした」

 私は驚いて、まじまじとクリフォード様の綺麗な顔に見入った。理性の色が、今までの憎悪に満ちた表情を打ち消す。

「ローレッタが去ったのは、ガイアス神の罰だ」

 投げやりな言い方だけど、その目は常軌を逸してはいなかった。

「跳ね返って来たんだよ、自分のしたことがね」

 跳ね返るって……。だったらさらにクリフォード様は、私の目の前で強姦されなきゃダメだわよ? スタンリー様に。

 でも次の言葉に、私はすっかり度肝を抜かれてしまった。

「もう一度、もしニーナに会ったら、僕は……僕は謝罪したかった。取り返しのつかない、酷いことをしたと」

 固まっている私の横で、スタンリー様はやっと微笑んだ。そしてチラッと私に目をくれてから、クリフォード様にこう言った。

「良かった、その言葉を聞かせ──聞きたかったんです」


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