6 / 26
第一章:アーリーンの恋 【第二部】貴族学園で二度目の恋を
3.食堂にて
しおりを挟む「やっとお昼休みの時間になったわ。この休憩だけ長いからようやく一息つけるわね」
授業の合間にも休み時間はあるが、実際には次の移動など授業の準備でほぼ終わってしまう。
これほど長く椅子に座って居続けたことも無かったので、アーリーンにとって午前中最後の授業はかなりしんどかった。
最もそう感じていたのはアーリーンだけではないようで、クラスメイトたちも同じように疲れが見えていた。
よろけたりしないよう慎重に席を立つ。
昼食は、学内に設けられた学生専用食堂、通称学食で取るらしい。
自分の好みの食事が選べるようになっていて、ひとり分ずつトレイに乗せられたものが配られるのだと、事前にアンナから図解を用いてレクチャーを受けているので、アーリーンは自分でも簡単にできると思った。
「アーリーン嬢、昼食をご一緒して貰えるだろうか」
立ち上がった所で、手を差し出された。
「ヤミソンで……さま」
「“でさま”って」
くくくと楽しそうに笑う顔が憎らしい。
けれど自分のせいなので、ここで文句を言ってはいけないのだわとアーリーンは自らを窘め口を噤んだ。
そのまま視線すら合わせず差し伸べられた手を取らないでいると、強引に手を取られた。
そのまま廊下へ向かって歩き出され、逆らいきれなかったアーリーンは顔をそっぽへと向けながらもついていくことにする。
「わたくし、まだご一緒するなど言ってませんわ」
「学食の戦争を知らないね? 早く行かなくちゃ座るところも見つからないし、食べたくない物を食べることになるんだって。兄上からそう教えて貰ったんだ」
「……エルドレッド殿下が」
『アーリーンは、……無理だよ』
あの日の声が、今もアーリーンの胸の奥に突き刺さったままでいる。
最後に聞いた声だからかもしれない。けれど、アーリーンはエルドレッドにお会いして、声を聴くのも怖かった。
「そういえば、学園にはエルドレッド殿下も、いらっしゃるのよ、ね」
「当たり前だろう? 大丈夫、すぐに会えるよ」
「え? ……あ。きゃっ」
「きゃー! ヤミソン様ぁ」
「殿下が廊下に出ていらっしゃったわ!」
廊下を出たところで令嬢たちに囲まれた。
「なによ、この地味女」
「地味でもA組から一緒に出て来られたってことは侯爵家以上なのね」
「でも何も宝飾品を着けられていらっしゃらないわ。よほどの窮状なのね」
「爵位だけの貧乏家ってことね。なのに殿下に手を取らせるなんて」
勝手な想像から、どんどんと勝手に興奮して妄想を膨らませていく様に、アーリーンは恐怖した。
ただ、名指しはしていなくともアーリーンを指しているのだと分かる目の前で交わされる罵りの言葉が、ようやく朝のアンナがあれほど髪飾りを着けて行かせたがっていたことと、頭の中で繋がった。
アンナの言う通りに豪奢な髪飾りを着けてくるだけで、朝のナディーン嬢との諍いも起こらなかったのかもしれないと理解する。
──私が、勘違いさせてしまったのね。髪飾りひとつで避けられる諍いがあるなら、絶対にその方がいいのに。
制服は一緒でも、そこに家格を示す何かがあるだけで、名前や顔を知らなくとも周囲に誤解を与えなくて済む。
自らの頑なさがこの罵倒に繋がっているのだと思うと、自業自得のような気がして、アーリーンは知らない令嬢たちの陰湿な言葉を黙って聞いていた。
「あの、やっぱりわたくし、食堂へはひとりで行きますわ」
ヤミソンに掴まれた手を取り戻そうと引き寄せる。
しかし、しっかりと握り込まれてしまった手はそう簡単に振りほどけなかった。
「駄目。このまま引き下がっても意味はないよ。明日も明後日も、その後も卒業までの5年間。ずーっとこうなんだ。最初が肝心なんだよ、アーリーン嬢」
ヤミソンが呼んだ名前に、令嬢たちが気付いた。
「アーリーン嬢って……まさかペイター侯爵家の?!」
「宰相様のお家ではありませんか」
「なぜあのような貧そ……質素、いいえ清楚な出で立ちでおいでなのは、宰相様の方針なのかも」
「ヤミソン、さま」
「なに?」
「情報の扱いが、お上手ですね」
こんな方だったろうかと、笑顔のヤミソンをぼんやりと見上げた。
けれどアーリーンが知っているヤミソンは、もう3年近くも前のヤミソンだけだ。
自分と背も変わらない頃の、幼いヤミソン。
アーリーンだって、あの頃のアーリーンから脱却する為に懸命に勉強してきたつもりだ。
「腐っても王族だからね」
爽やかに笑って「さぁ」と手を引かれる。
もしかしたらこの無邪気さも演技なのかもしれない。アーリーンの胸はつきんと痛んだ。
だから冗談で返した。
「まぁ! ヤミソン様は、腐っていらっしゃるのですか?」
「そりゃもう! 中身はぐっちゃぐちゃのドロッドロさ」
「それは大変ですね……あっ」
笑い合っていたから、横から出された足を避けきれず、アーリーンはその場でバランスを崩してしまった。
勿論、ヤミソンに手を取られていた状態でだったので、アーリーンは廊下に叩きつけられることもなく、ヤミソンの腕の中へと抱き寄せられることとなった。
周囲から悲鳴が上がる。
「破廉恥ですわ」
「わざと転んで見せたのでは? いやらしい」
悲鳴と共に吐き捨てられる暴言に、アーリーンの頬が染まった。
恥ずかしさと痛みと、陥れられる恐怖。それらを人前で感じているという屈辱で、頭の中が渦巻く。
「大丈夫? ……今、アーリーンの足を引っかけた者、出てこい」
「ヤミソン様、よろしいのです。わたくしはヤミソン様のお陰で転ぶこともなく済みましたから」
そういって取りなすアーリーンを抱き寄せるように庇って、ヤミソンは笑顔を貼り付けた令嬢たちを睨みつけた。
353
あなたにおすすめの小説
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
【完結】大好きなあなたのために…?
月樹《つき》
恋愛
私には子供の頃から仲の良い大好きな幼馴染がいた。
2人でよく読んだ冒険のお話の中では、最後に魔物を倒し立派な騎士となった男の子と、それを支えてきた聖女の女の子が結ばれる。
『俺もこの物語の主人公みたいに立派な騎士になるから』と言って、真っ赤な顔で花畑で摘んだ花束をくれた彼。あの時から彼を信じて支えてきたのに…
いつの間にか彼の隣には、お姫様のように可憐な女の子がいた…。
【完結】22皇太子妃として必要ありませんね。なら、もう、、。
華蓮
恋愛
皇太子妃として、3ヶ月が経ったある日、皇太子の部屋に呼ばれて行くと隣には、女の人が、座っていた。
嫌な予感がした、、、、
皇太子妃の運命は、どうなるのでしょう?
指導係、教育係編Part1
殿下の愛しのハズレ姫 ~婚約解消後も、王子は愛する人を諦めない~
はづも
恋愛
「すまない。アメリ。婚約を解消してほしい」
伯爵令嬢アメリ・フローレインにそう告げるのは、この国の第一王子テオバルトだ。
しかし、そう言った彼はひどく悲し気で、アメリに「ごめん」と繰り返し謝って……。
ハズレ能力が原因で婚約解消された伯爵令嬢と、別の婚約者を探すよう王に命じられても諦めることができなかった王子のお話。
全6話です。
このお話は小説家になろう、アルファポリスに掲載されています。
【完結】ありのままのわたしを愛して
彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。
そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。
私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?
自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる