伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人

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第二章:ジュディスの恋

7.策略の晩餐会

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 内々での訪問だと言われていたにも関わらず、リリアーヌとの婚姻を確定だと触れ周り晩餐会を王妃は極秘に準備していたらしい。

 道理で城内が慌ただしい訳だと、ジュディスは額を押さえた。
 今回は内々の晩餐会とだけ伝えられていたので、ジュディスの派手にならないように選んだドレスは周囲から浮きまくっている。
 パリュールまで着けているリリアーヌの横に立つと、まるで高齢の遠縁女性が付添人シャペロンをしているようだ。
 せめてもう少し華やかな恰好をして来ればよかったと後悔しても遅い。

 そうして、やはり内々の歓迎会とでもいって会場へ連れて来られたのだろう。
 入口まできて動こうとしなくなったエルドレッドが、強引に絡みついて一緒に入場しようとしたリリアーヌの腕をさらりと外した。

「あんっ」
「失礼。に求婚中の身として、その妹姫とはいえ気安く触るのは止めて頂きたい」

 大して大きい声ではなかったにも関わらず、エルドレッドのその涼やかな言葉は良く通り、大広間に着席した全ての人の耳へと届いた。

 場内のざわめきが一瞬で静まり返った。
 エルドレッドは別の女性と暈かしているものの、リリアーヌがその女性の妹姫であると明言してしまった。

 あれだけジュディスをこき下ろし自らの美貌を自慢してきたリリアーヌにとってこれほどの屈辱はない。


「そんな、エルドレッド様ったら、ひどいです」
「そうですわ。照れているからといって、そのような冗談で女性に恥をかかせるものではありませんよ」

 真っ赤になって震えている愛娘を庇って、横にいたラヴィニアが声を上げた。

 ラヴィニアは、多少強引であってもリリアーヌとの婚約のお披露目さえしてしまえば、なし崩しに婚約を成立させてしまえると踏んでいたのだろう。

 聡い王子であるという噂であったのに、この容赦のなさと空気の読まなささは一体どういうことだろうかとラヴィニアは、貼り付けた笑顔の下の、心の中で盛大に罵声を浴びせる。

 ラヴィニアとリリアーヌどちらが計画したのは分からないが、噂に聞くコベット国の第一王子の手腕が事実であるならば、完全な悪手だとジュディスは額に手の甲を当て嘆いた。

 そんなジュディスの推測は間違っていなかったようだ。

 近寄った分だけ後ろへ下がって距離を取りながら、エルドレットが更なる拒絶を表した。

「申し訳ありません。名前で呼ぶのもお止め頂いても? 正式な見合いすらまだお受けして戴いていないのです。成婚の可能性を少しでも高める為に、他の女性と誤解されたくありません」
「!!」

 表情こそ困っている風ではあるが、選んだ言葉が表しているのはハッキリとした拒絶だ。付け入る余地などまったくない完璧な否定と拒絶。

 しかもエルドレットは今回もリリアーヌの名前を口にしていない。
 ジュディスは知らなかったが、リリアーヌは昼の対面時に自己紹介を済ませているが、エルドレットはリリアーヌに対して名乗り返すことすらしていないまま退席してしまっていた。


「お姉さまの仕業ね! この場で、こんな風に嘘を広めさせるなんて、陰湿すぎだわっ」
 リリアーヌが、顔を伏せて喚く。
 意味不明すぎるその主張に、ジュディスは頭が真っ白になってすぐに反論することができなかった。

「ほら! 図星だから反論もできないのでしょう。お姉さまに魅力がなかったから婚約者に振られてしまっただけなのに、いつまでも私を恨んで。そんなに私に恥を掻かせたいの? どこまで嫌な女なの、お姉さま!!」

 昔のことを知っている貴族たちが、何のことか知らない貴族たちへ知らせていく。
 ざわざわとさざめく声は聞き取れないが、冷たい視線が向けられていることだけは分かって、ジュディスは顔を蒼褪めさせた。
 ドレスの下の足が震える。今すぐ走って逃げていきたいのに、床に足が縫い留められてしまったようで、悪意ある噂がジュディスの耳に届く。

『妹姫に懸想した婚約者に捨てられた不細工な姉』
『いいや元々妹姫に焦がれ過ぎた騎士が妹姫と縁続きになるために結んだ婚約だったけれど、その違いに耐え切れなかったのだそうだ』
『ずっと婚約していたのに。情すら結べなかったのか』
『美しい妹姫が悪いのではないのに』
『むしろ傍にいたにもかかわらず繋ぎ止められなかった自分を責めるべきだろうに』

 それらは本当にこの場にいる貴族たちの声なのかは微妙なところだ。
 ジュディスが自分で頭の中で作り上げた、ジュディスが自身を詰る声なのかもわからない。
 ただひとつの、声以外は。

『やはり、無理です。リリアーヌ様と縁戚になれるなら愛のない結婚もできると思った俺が愚かだったのです』

 ぐるぐると何度もジュディスの頭の中で渦巻くように聞こえるそれは、元婚約者の声だった。

 もう何年も顔さえ見ていないのに。
 どんな顔だったかすら思い出せないその人の声が、忘れられないでいる。

 淡い恋を抱いていた相手。その人と婚約できたと知った時はこの世で一番幸せだと信じた。二心ある言葉を信じてしまった、かつてのジュディス。その愚かしさが招いた悪夢。

 過去の悪夢に囚われて、今にも王女としての矜持すら忘れて頽れてしまいそうになるジュディスを、温かな手が支えてくれた。

「えるど、れっと、様?」

 冷たくなったジュディスの肩を、エルドレットはそのまま抱え支えてくれた。

「大丈夫ですか?」

 見つめる深い青の瞳が、ジュディスへ「大丈夫」だと言ってくれているようだった。
 触れているエルドレットの手や身体から伝わってくる温かさに、緊張が解けていく。

 そうしてようやく、ジュディスが自分で息を止めていたことに気が付いた。
 ほうっと長く息をつけば、こわばっていた身体から力が抜けた。

「嘘とはどういうことでしょう。自分で婚約を申し込んだ女性に恥をかかせるような嘘を、私がつく理由などある訳がない」

 きっぱりはっきりと。ジュディスの策略などある訳がないと主張するエルドレットを、その腕の中から見上げる。

 ジュディスの視線を感じたのか、エルドレットは、ふわっと笑って視線を合わせてくれた。

 美形の笑顔の破壊力の凄さに目が眩んだ。
 チカチカと視界がきらめいて、ジュディスは再び息ができなくなった。

「だから! お姉さまが自分の過去を哀れっぽく自分に都合よく伝えたのでしょう? 同情を引いて、味方になるような策略を」
「そのような嘘で、簡単に騙されるような私だと思われていると?」
「いえ、それはその……でも、お姉さまにはそれができるような小賢しさがあるんですわ。お姉さまに騙されないでください! 賢しらな策を練るのが得意で、言葉巧みに言い包めてしまうのですわ」

 策を練るのが得意で言い包めるのが得意なのは、ジュディスよりリリアーヌの方だとジュディスは悔しさでいっぱいになった。

 ただし言葉巧みとは言い難い。言葉はなくともその愛らしい顔に憂いを浮かべて意味ありげに視線を向けるだけで、自分の思い通りに相手を動かす術に長けている。

 それはまさに母ラヴィニアから受け継いだ美貌があってこその技であり、その視線の動かし方もラヴィニア直伝というべきものだった。

「だって、だってエルドレット様がコベット国の王となった暁に、その横で並び立つのは美しいわたくしの方が相応しいではないですか!」

 リリアーヌが叫んだ言葉は、奇しくもかつてのジュディスがエルドレッドから切り捨てられたものとよく似ていた。ジュディスの頬があの時と同じ羞恥に赤く染まる。

 言い切ったリリアーヌの顔は溢れ出る自信に爛々と輝いている。
 分不相応で不遜なその自信をリリアーヌに与えてしまったのはジュデスだ。

「“だって”という言葉を選ぶ理由が見つかりませんね。私は私が嘘をついていないことを知っています。真実しか口にしていない私の言葉を嘘であると判断した理由を、私はあなたにお聞きしています」

 エルドレッドの冷めた視線が怖い。
 多分きっと間違いなく、あの時のジュディスに対するもの以上の切れ味で、妹が傷付けられる様子をジュディス自身が見たくなかった。

「リリアーヌ、諦めなさい」

 しかし、姉の言葉に大人しく従うような妹ではない。
 リリアーヌがジュディスの意見を聞き入れた事などないのだ。むしろ羨みからの言葉だと思われて、鼻で笑われるのが常の事だ。
 そうして今もまた、リリアーヌはジュディスの言葉を受け入れる事はなかった。

「美しさの欠片も持ち合わせていないお姉さまは黙っていて。婚約者だって私のおこぼれでしか得られなかった癖に!」

 蔑みの視線と言葉。事実でしかない過去を突き付けられただけで、あの時に心が引き戻される。

『リリアーヌ様が視界に入るだけでいいのです。いいえリリアーヌ様がお傍に居なくとも、心にリリアーヌ様の美しい笑顔が思い浮かぶだけで、俺は幸せになれるのです。美しい貴女の婚約者になれずとも、貴女の義理の兄になれるだけでも幸せだと思ってしまった愚かな俺を哀れんで下さるなら、今ひと時の夢だけでもお与えて下さい』

 あの運命の夜。
 元婚約者が婚約者であったジュディスへではなく、その妹へ捧げる賛美の言葉。
 白く細いリリアーヌの指先を取り、口づけを捧げていた
 情熱の炎を灯した瞳で見上げた先にいるのは婚約者であるジュディスではなく、その妹リリアーヌだ。

 陰でジュディスが見ていることに気がついていたリリアーヌは、その桃色の瞳に涙を浮かべて拒否を口にするのを呆然と見ていた。

『ありがとう。でも貴方はお姉さまの婚約者ですもの。その想いを、受け取る訳にはいかないわ』

 拒否を口にした妹を、元、その時はまだジュディスの婚約者であったその人が強引に掻き抱く。

『駄目よ、駄目なの。貴方は、お姉さまの婚約者なのに』
『あぁ、あぁ! 何故俺の婚約者はジュディス王女なのか!!』

 縺れ合う男女の姿をそれ以上見ていられなくて、ジュディスは黙って部屋まで走り戻った。
 王女として躾けられた所作など放り出し、溢れ出ていく涙をどうにもできぬまま。

 泣き濡れて迎えた次の日の朝、ジュディスが出した答えは、なにも見なかったことにする、だった。

『心に区切りをつける為に必要な告白だったのだろう』
『リリアーヌは断っていたのだから』

 婚約者の心が自分には無かったことは、ジュディスを大いに傷つけた。
 しかし元々、ジュディスは王の命令に従って誰の下へでも嫁するつもりでいたのだ。

 王族の定めとして、異国への貢ぎ物としてでも、褒章として家臣へと降嫁することも。その婚姻に愛はなくて当然だと考えていた。

(だから、平気)

 リリアーヌが拒否していたのだから、諦めてジュディスとの婚姻に前向きになって貰えるかもしれないとも思えたのだ。

 けれど結局、更なる言葉の刃がジュディスへ突き立てられることになった。

『やはり、無理です。リリアーヌ様と縁戚になれるなら愛のない結婚もできると思った俺が愚かだったのです。王命とはいえ陛下からは断ってもいいと言って頂いていたというのに。申し訳ありません。この婚約はやはり、無かった事にしてください』

 愛されてはいなくとも敬意は抱かれていると信じていた自分の滑稽さをジュディスは嗤うしかなかった。
 欠片ほどの情すら抱かれていなかったと思い知らされる。
 婚約者からの裏切りをジュディスは憤っていたが、始まった時点からずっと表面のみを取り繕った紛い物でしかなく、心変わりでも何でもない。気が付かなかったジュディスが馬鹿なだけだった。

 リリアーヌの近くへいる為ならば、踏みにじってもいい存在。それがジュディスという者なのだと。

 美しくもなく可愛げもないジュディスとの結婚など、たとえ王命であろうとも無理だと突き付けられた、あの時に。

 ジュディスは自分の価値を、無価値であると思い知らされた。

 思い知っていた、はずなのに。


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