伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人

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第二章:ジュディスの恋

6.エルドレッド =アンブローズ・コベット:その2

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「これは失礼した。婚姻の申し込みをしておきながら、あなたを選んだその理由をお伝えしていなかったとは。私の不手際です。訝しまれて当然でした」

 不自然なほど大仰な言葉と手振りだった。
 これは、間違いなく、最初の申し込みの際に理由が明記されていたということだろう。

「隣へ、座っても?」

 頷けば、開いていた隣の空間へエルドレッドが椅子を移動してくる。

 そうして、すぐ横に座られ顔を覗き込まれてしまって、ジュディスは息が止まりそうだった。

 深い青の瞳がまっすぐにジュディスだけを見つめている。

(顔が、いい)

 長い青銀の睫毛に縁どられた切れ長の瞳に灯っている熱は、恋を感じさせるものではない。
 そうして形の良い唇が奏で始めた言葉も切ない恋心ではなく、ジュディスの知性を褒めたたえるもの。

「君が書いた災害時の緊急協力体制に関する論文を読ませて貰いました。民が必要とするものが分かった上で、きちんと指導者として必要な視点も持って書かれていて興味を持ちました。これを書いた人が、欲しいと思った。それでは婚姻を申し込む理由に足りませんか」

「災害時の、あれを?」

 その論文は、まだ王女として希望に満ちていた頃に父王への提言として書いたものだった。地方領主ごとに主権を分け与えているこの国のやり方は、有事の際には初動に優れる。しかし、広域に被害をもたらすような大きな自然災害時には、お互いに責任を押し付け合ったり、また行政の救いの手が同じ地域に集中してしまうなど混乱が見られることもしばしばだった。
 だから私は、情報網を構築し、協力体制を取り易いような組織を立ち上げるべきだと資料を集め精査したたき台を作ったのだ。しかし──

「父上どころか兄上にも、この国の文官たちにすら取り合って貰えなかったアレを?」
「この国で認められないのは、女性の政治への関与は極めて限定的だから、でしょう?」

 そう。王妃の代理としてボランティアに参加したりイベントの名目上の主宰者として会議に参加することは許されても、女性王族でしかない私には、統治に関する会議に参加することは許されていない。

 このフリーゼグリーン王国では、王妃ですら、王位継承権者たる男子王族がいない状態で国王が崩御した時にのみ、臨時にその位へ就くことができるだけだ。そうしてその地位すらお題目であることが求められ、実際には宰相を中心に大臣たちが相談して政を進める。

「コベット国は違います。女性王族にも王位継承権はあるし、能力さえ示せば幾らでも仕事をすることができる。あなたの知識と、見識を役立てる場所が、活躍できる場を提供できます」

 それはジュディスにとって、何よりも魅力的な提案だった。

「私は努力する人が好きです。私の横に立ちコベット国を共に支えてくれる人は、見目の美しさより、民の為に努力ができる方こそを選びたい。私になにかあった時には代わりを務められる才覚のある方がいい。民への敬意を持ち、民から敬愛される女性がいい。王族としての義務を知り、背中を預けられる方。私は、ジュディス・フリーゼ王女殿下、あなたの手を取りたいと願っております。あなたは知的好奇心に富み貪欲に知識を蓄え、そうしてそれを民の幸せな生活の為に活かす術を常に探ることができる素晴らしい方だ。そんなあなだから、妻に迎えたいのです」

 ぎゅっと手を握られて、瞳を見つめられる。

 この美しい深い青の瞳にジュディスに対する恋の熱はない。
 けれど、国を背負って立つ者として国を善くしたいという情熱が見えた。

 今回、見合いの申し入れをされたと聞かされてからぼんやりと抱き始めた、素敵な王子様から熱烈に愛されて求婚されるという夢は、どうやら叶いそうになかった。
 乙女っぽい夢が破れたことについては、元々あり得ないと自分でも分かっていたのでそれほどのダメージは受けなかった。勿論、ゼロではない。だがショックというほどでもなかった。

 けれど、それでも良かった。

 エルドレットの持つ国への熱い想い。その想いは、ジュディス自身にも伝播してやりがいという熱を灯した。

 なによりもエルドレットは間違いなくジュディス本人を求めている。
 その事実だけで、握り締められた手が、胸が熱くなる。

「……すこし、考えさせてください」



「勿論です。私が滞在できる時間は長くありません。けれど、この滞在中にどうしても縁組を、とも思っていません。あなた以外の候補者もいない現状、あなたが私の手を取って下さることを願うことしかできませんから」

 にこやかに笑って手を離された。
 席を元の位置へと戻したエルドレットから、災害時の緊急協力体制に関する論文について、いくつか質問を受けた。

「領主主導で街を区画分けして、その中で避難の介助が必要な者がいるか定期的に調査しておいたり、救助に向かう為の人手を当番制で持ち回りにするのはとても面白いと思う。持ち回りにすることで避難経路を共有できる。倉庫街を避難先を決めておくのも、確かに有効だと感心したんだ」
「ありがとうございます。どの国であろうとも、備蓄庫や倉庫を設置している場所は比較的に災害の少ない場所がほとんどでしょう。大水に攫われたり崖崩れの危険がある場所に収穫物や商品の在庫を置いておくことはしませんもの」
 勿論、物流の拠点であることは間違いないが、その分、建物を頑丈にするなど対策は取られている。補助金を出して、そこに避難の為の空間を確保して貰うことは新たな拠点を作るよりずっと捗るに違いない。

「災害が広範囲に及んでしまって、救助の手が足りなくなった場合は」
「それだけ大規模災害になった場合、領地だけでなんとかしろと突き放してしまうのではなく国から騎士団を派遣し、中心になって救助や復旧に務めるべきだと思うのです。助けて貰えると思うからこそ税を納める気持ちも前向きになるのではありませんか」
 他国の侵略から自分達の財産や命を守るという形で興った国がほとんどだ。
 しかし、こうして友好国協定が次々に結ばれていく中、国として安寧ではあるが民の国への想いは弱まっていくことになる。その代わりに、災害や犯罪による被害を最小限に抑えることができれば、民の国への想いは弱まることもないだろう。

「お金を出し合って備蓄品を用意したとして、隣接した地で両方が災害にあった場合の優先順位についてはどういう対処法を想定しているのだろうか」
「出資金による割り当てを、そのまま当て嵌めるのが一番遺恨が残らないと思っております。ですが、被害の受け方にもよりますし難しいですよね」



 未婚の男女として礼儀正しい距離感を保ったまま交わされる会話は、始終見合い代わりのお茶の席のものとして相応しいとは思えない堅苦しいもので終わってしまった。

 それでも、侍女が「そろそろお時間ですので」と止めに入ることになるほど、会話は熱の籠ったものとなった。

「失礼しました。つい、ジュディス王女との会話があまりにも実のなる物であったので、時間を忘れてしまいました。滞在中に、是非またお会いしてくださいますか」
「……そうですね、お返事もしなくてはいけませんし」
「ありがとうございます。では、またすぐに招待状をお出しさせて頂きますね」

 手を取り椅子から立ち上がらせてくれただけでなく、庭から王城内へ入る入口までそのままエスコートしてくれる。

「本日はお時間を頂きありがとうございました」

 ちゅっ。

 手を引き寄せられ、その指先へキスを贈られる。

 侍女からの「次の予定が詰まっております。お早く」という声に急かされるまま、ジュディスは城内へ戻る。

 その背中に、エルドレットの視線を感じる。
 指先が熱くて堪らなかった。頬も、胸の奥も。

 この胸の高鳴りは、初めて勉強してきたことが認められたことによるものか。それとも、異性との接触をしてこなかった故なのか。ジュディスには判断つかない。

 どちらの理由にしろ、はしたない。
 そんなはしたない自分を見咎められないように顔を俯けた。

(なんてはしたないの。あぁでも……楽しかった)

 ほうっと身体の中に溜まった熱の籠った息をはく。

 ジュディス以外に候補者もいない現状──つまり、他の候補者がいつか現れる日までは、待ってくれるということだろう。

(有名なコベット国の第一王子様ですものね。結婚したいと手を挙げる人は、星の数ほどいるわよね)

 そもそも、リリアーヌとラヴィニアがいる限り、ジュディスにエルドレットの手を取ることを許す訳がない。

 それに気が付いて、熱くなりかけた頬の熱は風に吹かれたように冷たく戻った。


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