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第二章:ジュディスの恋
11.エピローグ
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■
「お似合いだ」と、ヴァルタルは眩しくふたりを見上げた。
優秀すぎて死角がないと留学から帰ってきた元友人たちが挙って褒めちぎるコベット国の第一王子。頭が良くて、会話はウィットに飛んでいて楽しいだけではなく、国内外どんな話題を振っても的確な答えや質問が返ってくる上に、剣にも馬術にも長け、しかも眉目秀麗の完璧王子。異口同音に褒めたたえる言葉を、聞かされれば聞かされるほど胡散臭い奴だとしかヴァルタルには思えなかった。
なのに、まさかヴァルタル自身まで、同じ評価を与えることになろうとは思わなかった。
そんな完璧王子の横に、勤勉で真面目すぎて融通の効かない上の妹ジュディスなど似合う訳がないと思っていた。
恥を掻かせる位ならば、恥を恥だとも感じない下の妹リリアーヌを立たせればいいと考えたのだが、余計なお世話でしかなかったようだ。
「何も見えていなかったのだな、俺は。いや、見たいとも思っていなかっただけか」
肩から力が抜けていく。
婚約者の兄である元友人と、今回のことについて語り合いたかった。
「長く連絡を絶っていたことを謝罪する手紙でも書くか」
あの完璧王子が頭のいい妹と夫婦で治める国に対して、ヴァルタルがひとりで対抗するなどできる気がしない。
なにより、ずっと婚姻を先延ばしにしてきた婚約者とも歩み寄らなくてはいけない。
恋や愛で結ばれているとは思えなかったが、それでも仲睦まじい様子で去っていったふたりが眩しく羨ましいと素直に思えた今ならば、謝罪して新しい関係を築いていける気がした。
***
馬車の中。
ジュディスはじぃっと自分を見つめる、婚約者になったばかりの男の視線に耐えていた。
(こんなにも狭い空間で、やめて欲しい!!)
これまで、男性と馬車の中のような狭い空間にふたり切りになったことなど王女であるジュディスには一切なかった。
これほど熱い視線を向けられたことも、無い。
「あの……」
「どうしました? まだ早いですが、休憩でもとりますか?」
「いえ、それは大丈夫なのですが」
「ですが?」
「……なぜ、それほど私を見つめるのでしょう」
「いえ。どう伝えたら、私が一途で浮気など一切しないのだと、ジュディに分かって貰えるのかな、と悩んでいた」
「じゅ、じゅでぃ」
「……あぁ、失礼。これからはジュディと呼んでも? それと、いつまでも他人行儀なのも寂しいので、ジュディからも口調を崩して貰えると、嬉しい」
まだジュディスから許可を出していないというのに。
甘く強請る声と笑顔で押し切られる。
「え、エルドレット様が、それでよろしいのなら」
ふにっ。唇を、指先で押された。
「私の事も、愛称で呼んで欲しいな、ジュディ?」
「……でもその、なんとお呼びすればよいでしょうか」
「うーん。近しい者たちは皆、私をエルドと呼ぶから、レットがいいな」
婚約者だけの愛称というのは、特別感があっていいよねと笑う顔が尊過ぎて、ジュディスの頭は真っ白になった。
期待を込めた表情でジュディスの返事を待つエルドレットへ、ジュディスは懸命に無理だと伝える。
「そんな。エルドレット様のことを、そのような気安げにお呼びするなど」
「レットだよ、ね?」
できません、という言葉は、再び伸びてきた指先に止められてしまった。
またしても顔が、近い。
「……レット、さま。これでお許しくださいっ」
だから、その綺麗な顔を近寄せてこないで! そう叫んでしまうことだけは、王女としての矜持でなんとか抑え込む。
それでも顔が真っ赤になってしまっているであろう自分が、ジュディスは恥ずかしくて堪らなかった。
「様は付いちゃうんだ」
上機嫌で上半身を元の位置へ戻したエルドレットは、にっこりとジュディスへ微笑みかけた。
「そもそも私は国内の令嬢たちからは怖がられているし、なにより浮気するほど暇じゃないよ。暇にするつもりもない。ジュディにもそんな暇を与えて上げられないと思うんだよね。コベット国をいろいろ知って貰う為に案内して回りたいしさ。申し訳ないけれど、恋をしたいなら私にしておくれ」
ぎゅんっとジュディスの胸に、甘い痛みが走る。
言葉の最初の方になにやら不穏な言葉が混ざっていた気もするが、それどころの騒ぎではないほど、心臓が激しくうるさいほど高鳴る。
ジュディスの人生はこれからもずっとエルドレットに翻弄されていくのだろう。
ずっと、ずっと。いつまでも、甘く。
「お似合いだ」と、ヴァルタルは眩しくふたりを見上げた。
優秀すぎて死角がないと留学から帰ってきた元友人たちが挙って褒めちぎるコベット国の第一王子。頭が良くて、会話はウィットに飛んでいて楽しいだけではなく、国内外どんな話題を振っても的確な答えや質問が返ってくる上に、剣にも馬術にも長け、しかも眉目秀麗の完璧王子。異口同音に褒めたたえる言葉を、聞かされれば聞かされるほど胡散臭い奴だとしかヴァルタルには思えなかった。
なのに、まさかヴァルタル自身まで、同じ評価を与えることになろうとは思わなかった。
そんな完璧王子の横に、勤勉で真面目すぎて融通の効かない上の妹ジュディスなど似合う訳がないと思っていた。
恥を掻かせる位ならば、恥を恥だとも感じない下の妹リリアーヌを立たせればいいと考えたのだが、余計なお世話でしかなかったようだ。
「何も見えていなかったのだな、俺は。いや、見たいとも思っていなかっただけか」
肩から力が抜けていく。
婚約者の兄である元友人と、今回のことについて語り合いたかった。
「長く連絡を絶っていたことを謝罪する手紙でも書くか」
あの完璧王子が頭のいい妹と夫婦で治める国に対して、ヴァルタルがひとりで対抗するなどできる気がしない。
なにより、ずっと婚姻を先延ばしにしてきた婚約者とも歩み寄らなくてはいけない。
恋や愛で結ばれているとは思えなかったが、それでも仲睦まじい様子で去っていったふたりが眩しく羨ましいと素直に思えた今ならば、謝罪して新しい関係を築いていける気がした。
***
馬車の中。
ジュディスはじぃっと自分を見つめる、婚約者になったばかりの男の視線に耐えていた。
(こんなにも狭い空間で、やめて欲しい!!)
これまで、男性と馬車の中のような狭い空間にふたり切りになったことなど王女であるジュディスには一切なかった。
これほど熱い視線を向けられたことも、無い。
「あの……」
「どうしました? まだ早いですが、休憩でもとりますか?」
「いえ、それは大丈夫なのですが」
「ですが?」
「……なぜ、それほど私を見つめるのでしょう」
「いえ。どう伝えたら、私が一途で浮気など一切しないのだと、ジュディに分かって貰えるのかな、と悩んでいた」
「じゅ、じゅでぃ」
「……あぁ、失礼。これからはジュディと呼んでも? それと、いつまでも他人行儀なのも寂しいので、ジュディからも口調を崩して貰えると、嬉しい」
まだジュディスから許可を出していないというのに。
甘く強請る声と笑顔で押し切られる。
「え、エルドレット様が、それでよろしいのなら」
ふにっ。唇を、指先で押された。
「私の事も、愛称で呼んで欲しいな、ジュディ?」
「……でもその、なんとお呼びすればよいでしょうか」
「うーん。近しい者たちは皆、私をエルドと呼ぶから、レットがいいな」
婚約者だけの愛称というのは、特別感があっていいよねと笑う顔が尊過ぎて、ジュディスの頭は真っ白になった。
期待を込めた表情でジュディスの返事を待つエルドレットへ、ジュディスは懸命に無理だと伝える。
「そんな。エルドレット様のことを、そのような気安げにお呼びするなど」
「レットだよ、ね?」
できません、という言葉は、再び伸びてきた指先に止められてしまった。
またしても顔が、近い。
「……レット、さま。これでお許しくださいっ」
だから、その綺麗な顔を近寄せてこないで! そう叫んでしまうことだけは、王女としての矜持でなんとか抑え込む。
それでも顔が真っ赤になってしまっているであろう自分が、ジュディスは恥ずかしくて堪らなかった。
「様は付いちゃうんだ」
上機嫌で上半身を元の位置へ戻したエルドレットは、にっこりとジュディスへ微笑みかけた。
「そもそも私は国内の令嬢たちからは怖がられているし、なにより浮気するほど暇じゃないよ。暇にするつもりもない。ジュディにもそんな暇を与えて上げられないと思うんだよね。コベット国をいろいろ知って貰う為に案内して回りたいしさ。申し訳ないけれど、恋をしたいなら私にしておくれ」
ぎゅんっとジュディスの胸に、甘い痛みが走る。
言葉の最初の方になにやら不穏な言葉が混ざっていた気もするが、それどころの騒ぎではないほど、心臓が激しくうるさいほど高鳴る。
ジュディスの人生はこれからもずっとエルドレットに翻弄されていくのだろう。
ずっと、ずっと。いつまでも、甘く。
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