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第34話

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――結論から言うと、とりあえずイメージソングは決まった。

……いや、でも本当にいいのだろうか? これって、未来の『TRICK STAR』の曲を、おれたち『TRICK STAR』が横取りしたということになるのでは……? いや、違うか。平行世界の『TRICK STAR』の曲をおれ達が横取り……? いや、アニメの世界の曲をおれ達が横取りしたのか……? いや、でもおれ達は同じ存在だからかまわないのか?

ああ、もう。頭がこんがらがりそうだ。ちょっと状況を整理しよう。

今日――おれたち『TRICK STAR』のメンバーは星一の部屋に集まった。
無論、先日受けた永林製菓からの仕事である、新商品のチョコレートに対するイメージソングを作成するためだ。そして、おれは三人分のコーヒーを淹れるために、部屋のキッチンへと向かった。
コーヒーを淹れている間、そういえばアニメの劇中歌で『TRICK STAR』がコーヒーのCMのイメージソングを作って歌っていたなぁということを思い出し、おれはなんとなしにその歌を小さく口ずさみながらコーヒーを注いだ。
そして、良い匂いが立ち昇るコーヒーを持って、武流と星一の待つソファへと戻ったところ、二人が思いもよらない食いつきを見せてきたのである。

「――湊。今の歌、お前が作ったのか?」
「えっ。いや、作ったというか……えっと、頭の中に思い浮かんだだけだが……」
「めっちゃいいじゃん、今の歌! 歌ってたのはサビの部分だよね? 他は他は?」
「い、いや待ってくれ。この歌、『TRICK STAR』の曲だろ?」

思いもよらない食いつきっぷりに困惑しながら告げると、二人はおかしな顔をした。
具体的に言うと、何言ってんだこいつ、という感じである。

「違うぞ? 俺達の曲にそういった歌はない」
「……もしかして湊ちゃん、記憶が混濁してるとか? 記憶喪失の影響なんじゃ……」
「っ、いや、そういうわけじゃない。おれの思い違いだ。ただ、なんとなく頭の中に自然と思い浮かんだから、てっきり『TRICK STAR』の楽曲なのかと思ったんだ」

慌てておれは星一の言葉を否定する。
否定しておかないと、また病院に検査に行かされたり入院させられたりしそうな気配を感じ取ったからだ。
おれがすぐさま否定をしても、しかし、武流と星一はまだ心配そうだった。そこでおれは「それよりも、おれが口ずさんだ歌。おれがどこかで聞いたのが頭に残ってるだけかもしれないから、調べてみたいんだが」と強引に話題を変えた。

「聞いた限りじゃ、今まで聞いたことない曲だったけどな。ま、一応調べた方がいいか。広瀬さんに聞いて調べてみるよ」
「あ、ああ。そうしてもらえると助かる」

まぁ、『TRICK STAR』の曲なんだから、おれ達が歌ってなければどこの誰も歌ってはいないだろうが……。
でもおれが作ったわけではないから「頭の中に思い浮かんだ」としか言えないし。そうなると、「じゃあ誰かの曲なのかどうか調べてみよう」という話になってしまうよな……。

「それが本当に湊の思いついた曲だって確証がとれたら、俺らが今回、歌ってもいいんだろ?」
「湊ちゃんの作った曲で歌えるなんて、最高じゃん!」
「い、いや。おれが作ったわけでも、おれが思いついたわけでもないんだ。どこの誰かが歌ってなかったとしても、きっと恐らく、どこかで聞いた曲や歌詞が混ざってリミックスされて出てきただけじゃないか?」

しどろもどろに意味不明なことを、冷や汗ダラダラで説明するおれ。
しかし、武流はそんなおれの様子をどう解釈したのか、「そんなに心配しなくても大丈夫だ」と頼もしい笑顔を向けてくれた。いや、あの、違うんだ武流……。
しかし、おれが訂正するヒマもなく、武流はさっそく手持ちのスマートフォンで広瀬さんに連絡を取ってから、「これから事務所に行く。湊、さっきのヤツ録音するからもう一回歌ってくれ」と言って、おれにスマートフォンを向けてきた。
もはや逃げられないと悟ったおれは、震えそうになる声をどうにか鎮めて覚えているサビとサビの周辺部分だけを歌い、武流のスマートフォンに歌声を録音した。……こんな状況でも、『遠見湊』の歌声が素晴らしいものだったことだけが救いだ。

「……サビ周辺の部分が頭に浮かんだだけなんだ。だから他の方はあんまりなんだが……」
「ん? ああ、大丈夫だ。サビがあるんだから、あとのメロディーライン俺が形にする。そこら辺は俺に任せてくれていいぜ」
「そ、そうか……」
「……湊の歌った部分が一番の歌詞になるとして、二番以降のサビはなんか思いついてるのか?」
「いや、そこは全然だが……」

アニメの劇中歌では一番しか歌っていなかったので、二番以降のサビや歌詞なんて全然わからない。
と思っていたら、星一が勢いよく手をはいはいと上げてきた。

「そこはオレと湊ちゃんで考えるよ! あっ、でもそんなに難しくなさそう。さっき調べたんだけど、ローズマリーの花言葉って『追憶』らしいし。曲の歌詞的にもチョコレートのフレーバーにぴったりじゃん?」
「おお、ならますますいいな」

……もはや手遅れに近い勢いで、着々と外堀が埋められていく……!

……そして、おれはもはやどうすることも出来ず、事務所の広瀬さんと打ち合わせをすべく出ていく武流の背中を見送った、というわけである。
その後、部屋を出て二時間ぐらいした後に、武流から連絡が来た。
武流からの返事は、やはりというか何と言うか「決まったぜ」というものだった。広瀬さんに話をして、事務所で色々と調べてみたものの、おれの口ずさんだ曲や歌詞に類似するものは見つからなかったそうだ。そして、おれが歌ったサビ部分の録音を聞いた藤枝社長が「いいじゃねェか! 曲や歌詞もいいが、何より作詞作曲がお前らの名前の表記にできる。作詞家作曲家任せにしたんじゃねェってのが分かれば、永林製菓さんやファンの心証もいいぞ」と大喜びで太鼓判を押し……あれよあれよという間に、路線が決定してしまったのである。
あとはこのサビに肉付けをしていくように、武流が曲を、星一が残りの歌詞を考えるだけだ。そのため、武流は事務所から帰ってきた後、一人で曲作りに没頭したいと言って部屋に早々に戻ってしまった。
そのため、おれと星一の二人だけがこの部屋に残っている状態だ。

「さすが湊ちゃん! こんな短期間であっという間に課題が片付いちゃうなんて、すごいよ!」
「いや……でも、本当に良かったんだろうか」
「良いに決まってるじゃん! それに、オレらだけで作詞作曲できる曲ってこれが初めてに出来そうだし、それもオレ嬉しいんだよね。きっと良いものになるよ!」
「……そうだな。きっとそうだ」

星一の言葉と明るい笑顔に、ほんのちょっと気持ちが浮上した。
そうだな。幸い、おれがこの曲を曖昧にしか覚えていなかったため、あやふやな部分は武流が曲を、星一が歌詞を考えていくということになった。なら、出来上がる曲はおれが平行世界から持ち込んだものではなく、この世界の、この『TRICK STAR』が作り上げた曲だと言っていいのかもしれない。

……しかし、今回はおれの油断だったな。
まさか、あのアニメで見た曲が、この世界ではまだ世に出ていない曲だとは……。
あれ? とするとだ。おれ見たアニメの「アイドルライジング!」のアニメは……この世界の未来、ということなんだろうか?

「……それにしても、今の湊ちゃんと逆の歌だね」
「え?」

ふと、星一が今まで浮かべていた笑顔を引っ込めて、どことなく寂しげな微笑を浮かべた。
いつもの彼らしからぬ表情と、その言葉にどきりとする。

「記憶の片隅に、私のことを留めおいてほしい――っていうの。今の湊ちゃんは、過去のことは誰のことも思い出せてないんでしょ?」
「あ、ああ……」

ソファの隣に座る星一は、いつになく真剣な表情でじっとおれを見つめてきた。明るい栗色の瞳が、猫科の肉食獣のようにすうっと細められる。

「……湊ちゃんって、記憶喪失を境に本当にずいぶんと性格が変わったよね。オレも武流も今は慣れたけど、でも、やっぱり時々ビックリする。さっきの、『近島くん』なんて呼び方の件とかさ」
「……そんなに変わったか?」
「うん、だいぶね。でもさ、オレ、今の湊ちゃんのこと嫌いじゃないよ。むしろ、ずっと思ってたんだ。今の湊ちゃんが元の性格なんだとしたらさ――こんなに性格が変わった原因って、記憶喪失によって嫌な記憶を忘れることができたからなんじゃないかと思って」

そう言って、星一がおれの頬にそっと手の平を伸ばしてきた。そして、指先でなぞるようにおれの頬を撫でてきた。
いつの間にか、隣に座っていた星一の身体はおれにほとんど密着している。というか、めちゃくちゃ近い。思わずずりと尻で後ずさりするも、すぐにソファの端っこにぶつかってしまった。
なのに、星一はますます密着して、身体がますますぴったりくっついている。シャツ越しに、星一の子供みたいな熱い体温が感じ取れるぐらいだ。

……あれ?
えっと、なんだろう、この空気。

その……おれの思い違いでなければ、この前、武流から告白された時の空気に、とっても近いものがあるんだが。

「オレ――湊ちゃんに憧れててさ。ずっと手が届かない遠い人だと思ってた」
「星一……」
「けれど今は、湊ちゃんのこと、オレが守って、支えてあげたいって思ってるんだ」

綺羅星のような栗色の瞳が、まっすぐにおれを見つめてくる。
その瞳の力強さに呑まれ、おれは星一を制止する言葉すら思いつかなかった。本当は止めるべきで、今ならまだ間に合うと心の中で警報が鳴っているのだが――。

「不思議だよね? 昔はそんな分不相応なこと思いもしなかったのに……今の湊ちゃんにはなんでか、守りたいとか、見てるだけでそういう気持ちが湧いてくんの」
「おれは……」
「今の湊ちゃんが好きなんだ。ねぇ、オレじゃダメかな?」
「っ、おれが駄目なんだ……『今のおれ』に、そんなこと言ってもらえる資格は……」

星一の顔が見ていられなくて、思わず顔を背ける。
だって、駄目だこんなの。こんな――こんな風に言われて、嬉しいと思ってしまっている自分がいることが駄目だ。おれはいつか、きっとこの世界から出ていく人間で。本物の『遠見湊』ではないのに。

しかし、おれのそんな否定は文字通り呑み込まれた。
顔を背けたおれを星一が引き戻し、唇を重ねてきたからである。

「……っ、ん、ぅ……」
「ふ……湊ちゃん、可愛い」

星一は愛おしそうにおれを見つめると、今度は顔中にキスの雨を降らせてきた。唇の端、鼻先、頬、目尻と、色んな場所にちゅっちゅっと音を立てて口付けられる。
止めようと思うものの、おれが星一を止めようと唇を開く度、それを察してかまた星一が唇に口づけてくるのだ。終いには口内にぬるりと舌が割り入ってくるほどだった。


…………二回もこの台詞を言うのは大変に遺憾だが。

うん。おれは確かに、武流や星一と仲良くなりたいと、好かれたいとは思ってはいたよ。
そして、どうやらその目標は達成できたようだ。


だが、これもまたおれの想定の範疇を超えた『好き』なんだがーー!?
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