タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~

ルッぱらかなえ

文字の大きさ
55 / 170
第五章 | 樽廻船の女船長、商人の町へ行く

樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ拾参

しおりを挟む

覚悟が決まると、腹は据わるものだ。全身の血がすうっと足元に落ちていくような感覚と共に、頭がどんどんと冴えていく。

「お見苦しいところを見せてしまい、失礼いたしました。どうぞご覧ください」

つるはザルを村岡に差し出した。

急に態度が変わったつるを、村岡は忌々しいものでも見るようにねめつけると、ザルの中を覗き込む。

「なんだこれは?」

村岡は芽が絡まった麦を、気持ち悪そうにつまみ上げる。

「麦でございます」

「麦だと?ではなぜこんなにおかしな姿をしておる」

つるたちの周りには、先ほどよりも多くの人々が集まり、皆何ごとかと黙って聞き耳をたてていた。その中には柳やの常連の顔も多くある。開店時間だから店に来たのだろう。荒くれものと呼ばれる、歌舞伎な彼らの姿が今日は本当に心強かった。

「大麦は水に浸して発芽させることで、このような姿になります。友人である夏が麦湯をさらに美味しくする方法を考えたいとのことで、我が家の裏で一緒に試行錯誤していたところでございました」

「……ではこれはびいるに使うものではないと?そう申すのか?」

村岡の声は低くなり、目つきが険しくなる。つるに向けられた刀に力が込められるのがわかる。

「この麦は屋台『麦湯』のもの。今年購入した最後の麦ゆえ、誤解されたら困ると思い咄嗟におかしな行動をとってしまったこと、お許しください」

「誰がそんなことを信じられるか!その麦がびいるに使用するものでないと、どうして言い切れる!」

後ろにいた男の一人が声を上げ、周りの男たちも「そうだそうだ!」と叫ぶ。

「大麦は麦湯をつくるものでございます。わたしは伊丹に長年続く酒蔵の娘。実際に酒を造ることはできませんが、もちろん酒造りの方法は存じております。酒に必要な材料は、米、麹、水。それらを杜氏たちが酒にしていきます」

つるの言葉に、町の人々がひそひそと話し始める。

「酒をつくるためには米だよな」
「俺だって酒の材料くらいわかるぞ」
「逆に米以外の酒なんて存在するのか?」
「あれ、麦だろ……?」

始めはひそひそだった話し声は、次第にざわざわへと変わっていく。

「つるちゃん、一体全体どうしたってんだ?」
「あんないい子が悪さをするわけがないでしょ?え、あの麦が問題で問い詰められてるの?嘘でしょ!どうしてまた」
「なんだかよくわかんねえけど、麦に芽生やすことの何が悪いんだ」
「おい、誰か呼んできた方がいいか?」

気づけば裏路地には人だかりができ、皆がつると村岡達の会話に耳をそばだてていた。

「……っ」

村岡はつるを刺すような目で見ると、地面に唾を吐き捨て、刀を鞘に戻した。

「おい娘、いま発した言葉がもしも嘘だったとしたら……どうなるかわかってるだろうな」

つるは真っすぐに前を向いたまま頷いた。

「なにも間違ったことは申しておりません」

村岡は再びつるを睨みつけると、麦の入ったザルを蹴り飛ばした。麦が宙を舞い、四方八方に散らばる。

「……いくぞ。こんなくだらないことにかまけている暇はない」


村岡達が去ると、つるはふにゃふにゃとその場に崩れ落ちた。全身から力が抜け、急に涙が溢れてくるのがわかる。

「つるちゃん!!!」

夏が泣きながら走り寄ってくる。

「ごめん……ごめん!わたしが変なことを言っちゃったからこんなことになっちゃって……本当にごめん」

泣きじゃくる夏を抱きかかえるようにして、つるは笑う。

「夏のせいじゃないよ。泣かないで。それにほら、わたし嘘はひとつもついてないし」

夏とつるの周りに人が集まってくる。皆「大丈夫か?」と心配しながら、散らばった麦を集めてくれていた。

「わたしは事実をただ述べただけ。あ、でもこの麦を麦湯のためにつくってる、っていっちゃったから……これちょっと使って麦湯にすれば全然大丈夫でしょ。一緒につくってくれるよね?」

泣きながら、うんうんと頷く夏を、つるはぎゅうっと夏を抱きしめた。

「大丈夫。きっともう大丈夫。麦は守れた」

つるは手元に戻ってきた麦にそっと触れると、空を見上げた。いつの間にか日は傾き、真っ赤な夕陽があたりを照らしている。開店の時間だ。常連客たちもきっと待っていることだろう。

「大丈夫。これからも絶対わたしが守るから」

つるは麦の入ったザルを引き寄せると、にっこり笑って夏の背中を叩いた。

「さ、いつまで泣いてるのさ。これしきのこと、屁でもないよ。びいるを造るって決めた時に異端児になることも決めたんだ。これしきのことでへこたれちゃいられないよ!」

喜兵寿となおが帰ってくるまで、あと1月程。また村岡達がここにやってくるかもしれない。それでも。それでもわたしはこの麦を死守する。

つるはそう固く心に決めると、夏を連れて店へと戻った
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...