16 / 38
メイベル・ネルソン
しおりを挟む
マイクとフレッドと別れたフィルは自室には戻らずに、先日マイクと話した温室脇へ行った。
そこにはメリーが待っていた。
「メル、待ったか?」
もともと“メル”と愛称呼びしていたフィルは、メリーなら今まで通りに呼んでもいいだろうと、呼び方を変えていなかった。
「そうでもない。新しい親方の話は何だったの?」
「そんなことよりプレゼント男の話だろ?メイたちから聞いたか?」
「大体ね。屋敷に行商に来ていたかもしれない中年の男って。本当に行商人だった?」
「いや、騎士爵を持っている。かなり昔に隣国との諍いで武功を上げてる。屋敷に偵察に入っていたんだろうな」
「かなり…って?どのくらい?」
「20数年前ぐらいだな。大きな戦いがあって長引いた時だ。それがどうかしたのか?」
「……フィルとかあの子たちとか…新参者や年少者は知らないことだけど、私の父親はマイラー・ネルソンじゃないの。敢えて誰もそれを口にはしない。ネルソン家の恩恵で保たれている領地だから。
私の母は隣国近くの食事処の娘で、当時駐屯していた兵士に暴行されて私を身籠もったのよ。身重になる前に休戦して兵士たちは引き上げたから父親は分からない。身重になってどうしようもなかった母を母の両親と共に、マイラーが引き受けてくれたの。祖父母は屋敷の厨房で働かせてもらっていたわ。私がそれを知ったのは、私の能力が発動した時よ。本当は私には何も知らせずに、どこか良いところに嫁入りさせるつもりだったらしいわ」
「襲われたんだったな。未遂だったけど、奥様は心底震えただろう…そんな過去があったんなら」
「ええ。私はまだ幼かったけれどもう体は大きくなっていて…だけど自分が男の目を引く容姿だっていう自覚は無かったのよ。
道案内を頼んできた男に襲われて、『絶対嫌!許さない!やめて!』って相手を睨み付けていたら突然糸が切れた操り人形みたいになったの。すぐに助けが来て、その男を連れて屋敷に戻って調べたら、その男は私に魅了されていたのよ。その時にマイラーに言われたの。どうしたいのか、って。このまま何も無かったことにして嫁に行くか、それとも違う道を行くのか、って。違う道が何なのかは教えてくれなかったけど、即答したわ。大人になっても男の人と添い遂げるなんて無理、触れられたくもない、違う道を教えて、って」
「そうだったのか。確かに初めて会った時は大人びてて年下だとは思わなかったな……なあ、あのプレゼント男がメルの父親ってことは…」
「違うと思う。母は額に傷跡があるの。その時の傷よ。そんなことするやつに愛情なんかあった訳が無い。それきり音沙汰無かったらしいから、私の存在も知らないと思うわ。別ルートだと思うんだけど、私は襲われてからずっと屋敷に引き籠もって“表”の訓練や仕事をしていたから接点が分からないわね」
「サラは行商人と奥様の会話とか行商人どうしの会話から“メイベル”のことを知ったのかも、って言ってたな。見付けたノートにも個人名は無かった。Mってのと日付みたいなのはあったけど」
「私のことを知ったからってどうしてプレゼントになるの?何を狙ってるの?差出人も不明なままよ?ただの勝手な自己満足?」
「落ち着けよ。気持ち悪いのは分かるけど。人物の特定はしたし、騎士爵持ちならフレッドの次兄のギルバードにも調べてもらえるし」
「ギルバードもオスカーも父親のノーマンのことで大変なんだから、そんなこと頼まないで」
「相変わらず疎遠にしてるのか?」
「突然転がり込んできた後妻の娘よ?弁えてるわ」
「あっちは抵抗感無いみたいだけどな。いいやつらだぞ?メルだってこの前フレッドの前で本名とか素性を名乗っただろう?フレッドはこっそりホッとしてたぞ」
「あの場でごまかしたらおかしいでしょう。ネルソン家のために集まっていたんだから」
「まあな。メル、まだ男が嫌いか?俺はもう傷だらけでボロボロじゃない。傷付けられたことへの同情じゃなくて、男として俺を見てほしい」
「フィル…そうね。傷だらけのあなたを見た時に嫌悪感は無かったわ。“男”だって理不尽な目に遭うのか、って同情したわ。今は…仲間意識が強くて男としては見ていないし、今後も…分からないわ」
「無理してほしいんじゃなくて、俺の気持ちを分かってほしかったんだ。意識してもらえたら万々歳だよ。もう遅いし、女子部屋の角まで送るよ」
「ええ、ありがとう」
フィルに送られて部屋に戻ったメリーは、フィルに「男として」と言われた時に脳裏に浮かんだ顔を振り払うように小さく首を振り、肩を抱いて唇を噛んだ。
そこにはメリーが待っていた。
「メル、待ったか?」
もともと“メル”と愛称呼びしていたフィルは、メリーなら今まで通りに呼んでもいいだろうと、呼び方を変えていなかった。
「そうでもない。新しい親方の話は何だったの?」
「そんなことよりプレゼント男の話だろ?メイたちから聞いたか?」
「大体ね。屋敷に行商に来ていたかもしれない中年の男って。本当に行商人だった?」
「いや、騎士爵を持っている。かなり昔に隣国との諍いで武功を上げてる。屋敷に偵察に入っていたんだろうな」
「かなり…って?どのくらい?」
「20数年前ぐらいだな。大きな戦いがあって長引いた時だ。それがどうかしたのか?」
「……フィルとかあの子たちとか…新参者や年少者は知らないことだけど、私の父親はマイラー・ネルソンじゃないの。敢えて誰もそれを口にはしない。ネルソン家の恩恵で保たれている領地だから。
私の母は隣国近くの食事処の娘で、当時駐屯していた兵士に暴行されて私を身籠もったのよ。身重になる前に休戦して兵士たちは引き上げたから父親は分からない。身重になってどうしようもなかった母を母の両親と共に、マイラーが引き受けてくれたの。祖父母は屋敷の厨房で働かせてもらっていたわ。私がそれを知ったのは、私の能力が発動した時よ。本当は私には何も知らせずに、どこか良いところに嫁入りさせるつもりだったらしいわ」
「襲われたんだったな。未遂だったけど、奥様は心底震えただろう…そんな過去があったんなら」
「ええ。私はまだ幼かったけれどもう体は大きくなっていて…だけど自分が男の目を引く容姿だっていう自覚は無かったのよ。
道案内を頼んできた男に襲われて、『絶対嫌!許さない!やめて!』って相手を睨み付けていたら突然糸が切れた操り人形みたいになったの。すぐに助けが来て、その男を連れて屋敷に戻って調べたら、その男は私に魅了されていたのよ。その時にマイラーに言われたの。どうしたいのか、って。このまま何も無かったことにして嫁に行くか、それとも違う道を行くのか、って。違う道が何なのかは教えてくれなかったけど、即答したわ。大人になっても男の人と添い遂げるなんて無理、触れられたくもない、違う道を教えて、って」
「そうだったのか。確かに初めて会った時は大人びてて年下だとは思わなかったな……なあ、あのプレゼント男がメルの父親ってことは…」
「違うと思う。母は額に傷跡があるの。その時の傷よ。そんなことするやつに愛情なんかあった訳が無い。それきり音沙汰無かったらしいから、私の存在も知らないと思うわ。別ルートだと思うんだけど、私は襲われてからずっと屋敷に引き籠もって“表”の訓練や仕事をしていたから接点が分からないわね」
「サラは行商人と奥様の会話とか行商人どうしの会話から“メイベル”のことを知ったのかも、って言ってたな。見付けたノートにも個人名は無かった。Mってのと日付みたいなのはあったけど」
「私のことを知ったからってどうしてプレゼントになるの?何を狙ってるの?差出人も不明なままよ?ただの勝手な自己満足?」
「落ち着けよ。気持ち悪いのは分かるけど。人物の特定はしたし、騎士爵持ちならフレッドの次兄のギルバードにも調べてもらえるし」
「ギルバードもオスカーも父親のノーマンのことで大変なんだから、そんなこと頼まないで」
「相変わらず疎遠にしてるのか?」
「突然転がり込んできた後妻の娘よ?弁えてるわ」
「あっちは抵抗感無いみたいだけどな。いいやつらだぞ?メルだってこの前フレッドの前で本名とか素性を名乗っただろう?フレッドはこっそりホッとしてたぞ」
「あの場でごまかしたらおかしいでしょう。ネルソン家のために集まっていたんだから」
「まあな。メル、まだ男が嫌いか?俺はもう傷だらけでボロボロじゃない。傷付けられたことへの同情じゃなくて、男として俺を見てほしい」
「フィル…そうね。傷だらけのあなたを見た時に嫌悪感は無かったわ。“男”だって理不尽な目に遭うのか、って同情したわ。今は…仲間意識が強くて男としては見ていないし、今後も…分からないわ」
「無理してほしいんじゃなくて、俺の気持ちを分かってほしかったんだ。意識してもらえたら万々歳だよ。もう遅いし、女子部屋の角まで送るよ」
「ええ、ありがとう」
フィルに送られて部屋に戻ったメリーは、フィルに「男として」と言われた時に脳裏に浮かんだ顔を振り払うように小さく首を振り、肩を抱いて唇を噛んだ。
0
あなたにおすすめの小説
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる