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悪役令嬢は悪徳商人に拐われる
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席に戻って公演の続きを鑑賞する。
メイヴィスはヴィンセントの肩にくたんと半身を預けて劇を目で追うが、先程のラウンジでの噂話が頭を巡る。
―――レアード辺境伯は求心力が落ちている?
だったらわたくしがバーネット侯爵令嬢のままの方が……。
舞台から、第一王子から、どんどん意識が離れていく。
時折、軽食を摘まんだ指がメイヴィスの口元に運ばれる。ぱく、と食らいつけば、ヴィンセントが楽しそうに目を細めた。
はしたないとわかっているのに甘やかされる空気が心地よくてやめられない。
「メイヴィス」
階下のステージに目を向けたままヴィンセントが静かに訊いた。
「メイヴェルは、実際の政策にも関わったりした?」
「いいえ、それはないわ。実際に施行された策を例に政治を学んだことはあったけれど…」
「そのときの指南役は?当然いたんだろう?」
「もちろん」
メイヴィスはそして何人かの宮廷貴族の名を上げた。「なるほど」とヴィンセントは頷く。
「ありがとう。参考になる」
第二部では貴族たちを裏で誘導していた令嬢の悪事を暴き、王と王妃の応諾を得て、王子と姫は見事大団円で結ばれていた。
これが悪役令嬢か、とメイヴィスは心得て、メイヴェルもこんな風に思われていたのかな――と他人事のように思った。
***
ヴィンセントは今回、美しい妻を飾り立てるため商会の力を十二分に使った。
「楽しそうですね」
「当然だろう。何のために商人なんてしてると思う?」
副会頭のラニーに冷やかされてもヴィンセントは動じない。逆に開き直られてしまう。
ラニーは肩を竦めて「ご自身にもご令嬢の色を纏ったらいかがですか?」と言う。黒に白金はさぞ映えるだろう。ラニーも先般の結婚式に参列していた。二人が並んだときの華やかさは目に焼きついている。
「…ふむ」
ヴィンセントも思案げだ。
そうしてあのウェストコートが用意された。
「ああそうだ、ラニー」
「はい?」
立ち去ろうとしたラニーをヴィンセントが呼び止める。
「近々ジャレットに報せを送る。お前も準備を頼む」
ラニーはひゅうと息を飲み、それから「畏まりました」と深々一礼した。
***
クリーム色のふわふわと柔らかそうな髪をした令嬢が、むうとかわいらしく唇を尖らせる。
「王都中の素晴らしいものを集めてくれると仰ったじゃないですか」
「もちろんだ。サラのために特別な品を揃えているよ」
「でも、御式衣装のデザインだってちょっと古めかしいです。わたしは隣国の最先端のものがよかったのに…」
ジュリアスは愛しい恋人に眦を下げながら、ちょっと厳しい声で言う。
「サラは将来この国の王妃になる女性だ。婚姻は伝統に則って行わないといけない」
「確かにそうですね…。では、王宮の私室は好きなものを揃えてもいいですか?」
「ああ、いいよ。なんでも言ってくれ。すぐに手配しよう」
ぱあっと令嬢の表情が輝く。
「うれしいです!それから婚約パーティーはいつ頃開かれますか?」
「そうだね、いつかな。早く行いたいよね。すぐに確認しよう」
第一王子とその恋人は手を取り合って、自分たちの幸せな未来へ意気揚々と思いを馳せる。
ところが――。
「え…。どういうことですか?」
サラの顔が強張る。
「申し訳ございません。このところ王都の物価が不安定で、予定していた商品の買付けが追いついていないのです」
「なぜだ?先立って依頼はしていただろう?」
「ええ。ですが価格がずいぶん高騰しているのです。しかも、どうやら品切も多いようで」
「買い占めろ!値段は言い値でいい!祝い事だぞ!?」
ジュリアスがすぐさま指示を飛ばす。
「承知致しました。ですが納入については少しお時間をください」
「…仕方ないな、わかった」
「ジュリアス様!?」
―――必要な物資は揃わず。
「御披露目式ですか、もうしばらくお待ちください」
「なぜだ?」
「このところ王宮内の派閥争いがまた顕著になってきています。落ち着くまでは様子を見た方がいいかと」
「それじゃあいつになるかわからないじゃない!」
サラが悲鳴を上げても。
「お言葉ですが、サラ嬢。殿下は以前の婚約がようやく解消と相成り、その他の手続きが済んで、やっとお二人の婚約の下準備が整ったまで。言うなればあなた方はまだ『婚約者候補』の段階です」
「…そうだ。婚約の締結は婚約パーティーで皆の前で行うからな」
渋い顔だが納得したようなジュリアス。
「殿下はさすがご存知でしたね。ですから、いまの段階であまり事を急がれるのはおすすめしません。足元を掬われることだってありますよ」
「でも……!」
「それでなくても、『国王の忠実なる臣下』たるバーネット侯爵がずっと王宮にいらっしゃっていません。宮中貴族たちの動向が不安視されるのもご理解いただけるかと」
「…ああそうだな、わかった」
「ジュリアス様!?」
―――貴族たちの動きは怪しく。
そもそも婚約までにこれだけ時間がかかるのなら、実際に婚姻が成立するのは一体いつになるのか。
すぐにでも王子と結婚できると思ったのに!
ジュリアスの恋人であり婚約者候補のサラは、ちっとも進展のない現状に気が狂いそうだった。
「サラ・シーアン令嬢。そろそろお時間です」
なのに、王妃教育というものは際限なく二人の時間を奪っていく。
メイヴィスはヴィンセントの肩にくたんと半身を預けて劇を目で追うが、先程のラウンジでの噂話が頭を巡る。
―――レアード辺境伯は求心力が落ちている?
だったらわたくしがバーネット侯爵令嬢のままの方が……。
舞台から、第一王子から、どんどん意識が離れていく。
時折、軽食を摘まんだ指がメイヴィスの口元に運ばれる。ぱく、と食らいつけば、ヴィンセントが楽しそうに目を細めた。
はしたないとわかっているのに甘やかされる空気が心地よくてやめられない。
「メイヴィス」
階下のステージに目を向けたままヴィンセントが静かに訊いた。
「メイヴェルは、実際の政策にも関わったりした?」
「いいえ、それはないわ。実際に施行された策を例に政治を学んだことはあったけれど…」
「そのときの指南役は?当然いたんだろう?」
「もちろん」
メイヴィスはそして何人かの宮廷貴族の名を上げた。「なるほど」とヴィンセントは頷く。
「ありがとう。参考になる」
第二部では貴族たちを裏で誘導していた令嬢の悪事を暴き、王と王妃の応諾を得て、王子と姫は見事大団円で結ばれていた。
これが悪役令嬢か、とメイヴィスは心得て、メイヴェルもこんな風に思われていたのかな――と他人事のように思った。
***
ヴィンセントは今回、美しい妻を飾り立てるため商会の力を十二分に使った。
「楽しそうですね」
「当然だろう。何のために商人なんてしてると思う?」
副会頭のラニーに冷やかされてもヴィンセントは動じない。逆に開き直られてしまう。
ラニーは肩を竦めて「ご自身にもご令嬢の色を纏ったらいかがですか?」と言う。黒に白金はさぞ映えるだろう。ラニーも先般の結婚式に参列していた。二人が並んだときの華やかさは目に焼きついている。
「…ふむ」
ヴィンセントも思案げだ。
そうしてあのウェストコートが用意された。
「ああそうだ、ラニー」
「はい?」
立ち去ろうとしたラニーをヴィンセントが呼び止める。
「近々ジャレットに報せを送る。お前も準備を頼む」
ラニーはひゅうと息を飲み、それから「畏まりました」と深々一礼した。
***
クリーム色のふわふわと柔らかそうな髪をした令嬢が、むうとかわいらしく唇を尖らせる。
「王都中の素晴らしいものを集めてくれると仰ったじゃないですか」
「もちろんだ。サラのために特別な品を揃えているよ」
「でも、御式衣装のデザインだってちょっと古めかしいです。わたしは隣国の最先端のものがよかったのに…」
ジュリアスは愛しい恋人に眦を下げながら、ちょっと厳しい声で言う。
「サラは将来この国の王妃になる女性だ。婚姻は伝統に則って行わないといけない」
「確かにそうですね…。では、王宮の私室は好きなものを揃えてもいいですか?」
「ああ、いいよ。なんでも言ってくれ。すぐに手配しよう」
ぱあっと令嬢の表情が輝く。
「うれしいです!それから婚約パーティーはいつ頃開かれますか?」
「そうだね、いつかな。早く行いたいよね。すぐに確認しよう」
第一王子とその恋人は手を取り合って、自分たちの幸せな未来へ意気揚々と思いを馳せる。
ところが――。
「え…。どういうことですか?」
サラの顔が強張る。
「申し訳ございません。このところ王都の物価が不安定で、予定していた商品の買付けが追いついていないのです」
「なぜだ?先立って依頼はしていただろう?」
「ええ。ですが価格がずいぶん高騰しているのです。しかも、どうやら品切も多いようで」
「買い占めろ!値段は言い値でいい!祝い事だぞ!?」
ジュリアスがすぐさま指示を飛ばす。
「承知致しました。ですが納入については少しお時間をください」
「…仕方ないな、わかった」
「ジュリアス様!?」
―――必要な物資は揃わず。
「御披露目式ですか、もうしばらくお待ちください」
「なぜだ?」
「このところ王宮内の派閥争いがまた顕著になってきています。落ち着くまでは様子を見た方がいいかと」
「それじゃあいつになるかわからないじゃない!」
サラが悲鳴を上げても。
「お言葉ですが、サラ嬢。殿下は以前の婚約がようやく解消と相成り、その他の手続きが済んで、やっとお二人の婚約の下準備が整ったまで。言うなればあなた方はまだ『婚約者候補』の段階です」
「…そうだ。婚約の締結は婚約パーティーで皆の前で行うからな」
渋い顔だが納得したようなジュリアス。
「殿下はさすがご存知でしたね。ですから、いまの段階であまり事を急がれるのはおすすめしません。足元を掬われることだってありますよ」
「でも……!」
「それでなくても、『国王の忠実なる臣下』たるバーネット侯爵がずっと王宮にいらっしゃっていません。宮中貴族たちの動向が不安視されるのもご理解いただけるかと」
「…ああそうだな、わかった」
「ジュリアス様!?」
―――貴族たちの動きは怪しく。
そもそも婚約までにこれだけ時間がかかるのなら、実際に婚姻が成立するのは一体いつになるのか。
すぐにでも王子と結婚できると思ったのに!
ジュリアスの恋人であり婚約者候補のサラは、ちっとも進展のない現状に気が狂いそうだった。
「サラ・シーアン令嬢。そろそろお時間です」
なのに、王妃教育というものは際限なく二人の時間を奪っていく。
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