神に愛された子

鈴木 カタル

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4巻

4-2

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 そんなこんなでクレイモル王国行きが決まった。
 お爺様の入国の際には、クレイモル王国側が出迎えパレードまで行うという。ロダンさんによると、国王同士の仲が良い事を、クレイモル王国の国民にアピールするのだそうだ。
 僕は先に、クレイモル王国の王城に入って待つ手はずになっているので、お爺様とまた会えるのは、そのパレードの後って事になる。
 探し物を見つけたお爺様から変装の魔道具を渡された。首飾りの形をしたそれを、僕はじっくり眺める。

「ええかリーン、これをつけて魔力を流すんじゃ」
「はい……」

 このネックレスに変装の魔法が付与されているらしいんだけど、どんな変装なのかが問題だ。
 女装とかだったら勘弁して欲しいです!
 ドキドキハラハラしながら、僕はネックレスを握りしめる。魔力を流した途端に、お爺様がニヤリと笑ったのが見えた。

「ほほう……こりゃあええわ」
「えっえっ? もう変わったんですか?」

 慌てて自分の体を見るが、特に変わった様子は無い。

〈これはまた 誰の姿をのか 分かるものだな〉
〈いいよ主 どう見てもビースト族だよ〉
〈このお姿も良いですね〉

 僕には分からないんだけど、どうやら皆からはビースト族に見えているらしい。
 改めて両手を見ても、どこにも変わったところが無い。体のあちこちを確認したけれど、普段のまんまだった。どうなったのさ?

「ほれ。鏡を持って来たぞ~」

 お爺様が持って来てくれた鏡は姿見すがたみだった。
 鏡の前に立とうとして、違和感を覚える。
 なんかがくっついてるのかな?
 そして姿見に映る自分の姿に驚いた。

「狐?」

 頭についたフワフワな耳と、お尻の方にあるモフモフな尻尾。
 鏡には、狐人きつねびとの姿になった僕がいた。

「ゼノンに許可をもろてな。狐人の姿をんじゃ」
「格好いい……」
「リーンならええと言ってくれての。あやつにとって、今のリーンは差し詰め仮の孫といったところか。本物の孫もおらんというのに」

 お爺様がなんか言ってるけど、僕の耳を素通りしていく。今はそれどころじゃない!
 良い! いつもこの姿でいたいって思うくらいに良いです!
 でも、自分の目で確認すると何の変化も無い。鏡に写っているのはビースト族になった僕なのに。

「お爺様、これって、僕は自分の耳も尻尾も触れないんですか?」
「そうじゃ。魔力に反応して耳も尻尾も勝手に動くんじゃが、リーンには触れんし、見た目が変わっておるのも見えんのぅ」
「なんてこった……」

 僕は自分のモフモフが触れないのか! ここにあるのにぃ……

「一つ言っておこうかの」
「はい?」

 真剣なお顔になったお爺様の、言葉の続きを待つ。

「リーンは先の戦争で、クレイモル王国の人々に姿を見られておる。それはのぅ……ええ事も悪い事もあるんじゃ。この変装は、自分の身を守るための一つだと思うとええ」

 そうか……僕はあの時、あの戦争に参加していた人達に、姿を見られているんだ。
 魂を消滅させたあの時の……戦場に居た人達の中には、生き残っている人も居る。多分、かなりの人が、生きているはず。
 でも、確かに消してしまった人も居るんだ。あの時はどちらの国に所属しているかは問わず、黒く染まった魂を消していった。その中には、クレイモル王国の兵も居たと思う。
 僕は消した人達の友人や家族に、恨まれているのかもしれない。もちろん、戦争を止めた事を喜んでくれた人も居るだろうけど……
 とにかく、獣人ばかりの街中に、一人だけ人族の者が居れば当然目立つ。僕の容姿だって伝わっているだろうから、すぐに結び付けられてしまうに違いない。
 その相手が僕に好意的な人物ならいいけど、もしそうでなかったら大変な事になる。
 だから、「良い事と悪い事」なんだね。
 無意識にやってしまった事とはいえ、自分の行いの至らなさを突きつけられるようで耳が痛い。

〈そんな面倒な事をしなくても 我がついているのだ 問題は無い〉
〈耳が下がってるよ 主〉
〈尻尾も下がってますね これは面白いです〉

 聖獣達は、慰めるようにそう言った。でも、僕の気分はあまり晴れない。

「だってさ、僕はあの時に……」
「犠牲者を減らせたのはリーンのおかげじゃよ。あのまま事が進んでおったら、ビースト族はかなり減っていたんじゃ。、ワシの出番はその状態になってからだったしのぅ」

『犠牲者』という単語に、心臓が跳ねる。
 この話題が出ると、いつも僕はなんともいえない気持ちになる。終わった事にこだわっても時間は戻せないが、せめて心にだけはいつまでも留めておこう。
 あの時に、魂を消す事しか出来なかった僕の未熟さをね。

「はぁ……」
「なんじゃ? あ、ゼノンの仮孫になるのが嫌なんじゃろ~」
「それは光栄です! でもモフれないのが残念でした」
「モフ?」

 お爺様が首を傾げると、アクリスが補足してくれる。

〈主はこうモフモフするのが好きなのだ〉

 アクリスはそう言って、自分の尻尾を撫でている。
 実演しないでよアクリス。冷静になって見てみると、なんだか恥ずかしいんだ。でも……触りたいんだから仕方無い。

「モフモフか……ワシもゼノンでやってみようかのぅ」
「お爺様、ずるい……」

 ゼノン様をモフモフ出来るなんて、贅沢ぜいたくじゃないか!
 羨まし過ぎるうううう。

「ワシは今、リーンをモフモフしたいんじゃが」
「残念でしたね。させませんよ」

 ワキワキと動くお爺様の手をかわす。
 聖獣達を前にした僕も、こんな感じなんだろうか……っていうか他の人からは触れるんですね。

「とにかく、変装は成功じゃな。これは試作品だったんじゃが、このまま量産させようかのぅ」

 うわー。実験台にされてたのか。お爺様は抜け目のないお方ですね。

「さて、お互いクレイモル王国に向かうとするかの。ワシは召喚獣で行くが、リーンは聖獣様に連れて行ってもらうんじゃろ?」
「はい! イピリアにお願いします」
「あっちの王城に着くまでしばらく会えんのじゃ。別れを惜しんでも……」
「お爺様! 先に行ってきまーす」

 また僕に抱きつこうとするお爺様から手を振って離れると、僕は開けたバルコニーへと出た。
 背中のリュックにはカルキノスが居る。
 アクリスは大きな姿になって横に並んだ。
 そして僕は狐人の姿のまま、大きくなったイピリアの背中に乗せてもらう。イピリアは、僕が乗りやすいようにと屈んでくれた。僕はそこに乗って体勢を整える。

「ありがとう。さあ、行こう!」
〈障壁を張ります アクリスも離れないように〉
〈分かっている 我に構わんでいい〉
〈美味しいもの探しに レッツゴー〉

 空高く飛んだイピリアは、クレイモル王国へと進む。
 この速度なら、きっとすぐに着くよね。
 以前クレイモル王国に行った時にも使った道なのか、なんだかこの光景が懐かしい気がする。
 横を飛ぶアクリスが時折、僕にじゃれつく。
 この高さで揺さぶられても、僕は全く怖くない。以前と違って、今はすっかり空の上にも慣れてしまった。すると、背中のカルキノスが言った。

〈主の耳がピーンとなってるよ〉
「だってさ、嬉しいんだ。皆と一緒なのもそうだし、他の国にまた会える人が居るって事も嬉しいんだよー」

 休みがこんなにも楽しいのは、一人じゃないからだよね。
 お爺様よりも三日は先に着くだろうけど、向こうで会えるのが今から楽しみだ。国王として振る舞っている姿は格好いいからね! まあ、きっと調子に乗るから、直接言ってはあげないんだけど。
 空高くから下を見ると、山々が続いていて、その中を魔物なのか動物なのか、何かが動いているのが見えた。
 早く着かないかなぁ。
 そうだ、前に僕のお供をしてくれた、狼族のフェーリエさんは元気だろうか。お城で会えると良いんだけど。
 他のクレイモル王国の人達にも、もっと会ってみたい。
 向こうに着いたら、ゼノン様に「城下町に行ってみたい」と相談してみよう。手先が器用な種族だから、きっと職人さんがたくさん居るんだろうな。その人達にも話を聞いてみたい。

〈ぼさっとしてると 落ちるぞ〉
〈ほっほっほ〉
「はーい!」

 アクリスに注意されてしまったが、イピリアの背中は割と広いから大丈夫。落ちるとか怖い事を言わないでよ。
 イピリアに乗ってから一時間くらい経ったところで、クレイモル王国の上空に差し掛かった。
 遠くに見える大きなお城を目指して進むイピリア。
 風の障壁があるから肌では感じられないけど、結構なスピードで飛んでいるのが分かる。眼下に見える景色があっという間に過ぎていくんだ。
 少しスピードが落ちたと思ったら、城はもう目の前だった。
 お城にある大きなバルコニーが、ここだよと言っているかのように開いている。

「イピリア、あそこ!」
〈迎えですかね〉

 そこに見えた人影はこちらへ手を振っていて、その人を目指して僕らは降りていった。


「本当にリーンオルゴットなのか?」
「フェーリエさん、それもう三回目ですよ」
「だってな……国王様と同じ……」
「ふっふっふ。いいでしょこれ!」

 手を振って迎え入れてくれたのはフェーリエさんだった。僕の姿を見てから、繰り返し聞いてきてます。前に会った時はいつもの人族姿だったから、狐人族姿の僕にびっくりしているんだろう。
 さてさて、フェーリエさんの尻尾と見比べてみようか……って、自分の尻尾は見えないんだった! しかも触れないんだっけ。
 フェーリエさんの尻尾はいいなぁ。触りたいです。
 すると、アクリスがボソリと言った。

〈フェーリエよ 気を付けた方がいい 主が尻尾を狙っておるぞ〉
「はい……?」
「んん、何でもないですよー。ささ、行きましょう」

 尻尾を見ていたのがアクリスにばれたか。
 アクリスもイピリアも小さな姿に変わって、いつものように僕の側に居る。
 僕らは今、フェーリエさんの案内でゼノン様の所に向かっていた。どうやらゼノン様は、以前訪ねた時と同じ部屋に居るようだ。先を歩くフェーリエさんが、そっちの方へ向かっているからね。確か、そこの角を曲がった先の部屋だったかな。
 ここに来たのはもう結構前の事なのに、部屋の場所は案外覚えているもんだね。
 フェーリエさんが角を曲がったので、僕達も後に続く。

「あ、アクィナスさんだ」

 角を曲がった先の部屋の前に、宰相のアクィナスさんが立っていた。
 フェーリエさんがアクィナスさんの前で立ち止まる。

「お連れ致しました!」
「ご苦労でした。あなたは下がって良いです」

 ここからはアクィナスさんだけになっちゃうのか。
 フェーリエさんと、もう少し話したかったよ。残念だ……

「国王様にお会いした後に、時間があればまた会える」

 まるでこちらの心を読んだかのようにフェーリエさんが話すので、僕は驚いた。
 尻尾を揺らしながらニヤリと笑うフェーリエさん。

「その耳と尾があれば、感情が丸分かりだ」
「ええええ?」
「そうですね。実に見事な変装です」
「はっ!」

 そうだったー! 僕の魔力で出来たこの変装は、感情に反応して動くんだった! 今もその機能をしっかり果たしているらしい。今は残念だと思っているから、耳や尻尾が下がっているんだろう。
 慣れない変装で、コントロール出来ないよ。感情がバレバレなんてなんだか恥ずかしい。

「うう、楽しみにしてます」
「では、失礼しますアクィナス様。リーンオルゴットもな」

 そう言ってフェーリエさんは去っていった。
 まだ時間は沢山あるんだから、また会えるはずだ。僕はフェーリエさんに手を振って、彼が角を曲がるまで見送った。
 アクィナスさんが話を変えるように声を出す。

「では、ゼノン様がお待ちですから。中に入りましょうか」
「はい!」

 僕が元気良く返事すると、聖獣達が笑う。

〈耳が立ったよ〉
〈懲りないな〉
〈可愛らしいですね〉

 もう! 仕方無いじゃないか!
 そうやって言われないと、気付けないんだよ。アクィナスさんまで、なんだか温かい眼差しで見てくる……困ったなあ。
 アクィナスさんが部屋の扉を開けてくれ、どうぞと促された。僕はドキドキしながら足を踏み入れた。
 以前と同じ落ち着いた雰囲気に、見覚えのある装飾品。
 部屋の中心にあるソファーに座っている人は……

「ゼノン様!」
「なかなか入って来なかったが、其方そなたに会いたくなかったのか?」

 くつろいでいる様子のゼノン様は、僕を見てニヤリと笑った。大きな耳をピンッと立てて、尻尾の先をユラユラと揺らしている。その身に纏う上質な服がキラキラと光を反射した。
 僕はゼノン様が座っているソファーに近寄った。

「なんって事を言うんですか!」
「ククク。其方のその姿は余と同じだな」

 僕は話しながら背中のリュックを下ろし、カルキノスをソファーに座らせた。アクリスはゼノン様の隣に行き、じっと観察するように見ている。イピリアは僕の肩に乗ったままだ。

「この姿、ゼノン様の種族を基にしたって聞きました」

 僕はゼノン様の向かいに座った。
 テーブルには紅茶セットが並んでいる。アクィナスさんがポットを持って来てカップにお茶を注ぎ始めた。

「ジールフィアが我儘を言うんでな。仕方無くだ」
「お爺様が我儘を?」
「ワシ、孫をビースト族にしたいんじゃが、お前の種族がええのぅ。それ以外は嫌なんじゃが、どう思う? ……って、決めてから余に聞きおってもな」

 お爺様の口調を真似しながら話すゼノン様。
 その物真似がお爺様によく似ていて僕は笑った。確かに、それじゃあ我儘全開だと思う。
 きっとお爺様は、僕がゼノン様の事を格好いいと話したから、気を利かせてくれたのだろう。僕を思っての我儘だったんだ。お爺様から大切にされている事に、心がジワリと温かくなった。
 そう伝えると、ゼノン様は笑った。

「分かっている。余も其方ならば良いと言ったのだ」
「僕、ずっとこの姿でいたいです」
「ほう……だが、其方が好きなこれには触れんのだろう?」
「うぅ」

 ゼノン様が尻尾をファサーッと揺らし、僕の視線は尻尾に釘付けになる。
 フワッフワな毛が柔らかそうで、撫でたくてソワソワしてしまう。

「紅茶と、これはジールフィア様が送ってくださいました、スイーツです」

 良いタイミングでアクィナスさんが紅茶をれ終えた。おかげで、毛の誘惑から逃れられたよ。ありがとうアクィナスさん!

〈スイーツ!〉

 テーブルの上には、見慣れたスイーツが並んでいた。
 スイーツという単語に反応したカルキノスは、ワタワタと立ち上がって、テーブルに並んだ品々からお気に入りのものを選び始めている。

〈カルキノスは 食べ物の事ばかりですね〉
「聖獣様が、食べ物を?」
「食べるんですよ。この子は特に」

 信じられないものを見たって感じのお顔で、カルキノスを目で追うゼノン様。
 すると、アクリスが突然口を開いた。

〈ここが こう なかなか難しいな あのパズルは〉

 ゼノン様をじっと見ていたアクリスは、ゼノン様の柄のパズルの事を思い出したようだ。手の動きが、ピースをめる時のそれによく似ている。
 本物を見てパズルの研究をしようとは、なんて子だろうか。失礼というかなんというか……そこまでハマったのか、あのパズルに。
 でも今は大事なお話の時間。パズルの事はスルーしよう。
 ゼノン様はアクリスの呟きを特に気にする様子も無く、僕に話を切り出した。

「其方達は、この国でどう過ごしたいのだ?」
「そうですね、出来れば城下にも行ってみたいんですが」

 僕はそう答えながら紅茶を飲んだ。チャイティーに似た味が口の中に広がる。
 前飲んだ時も思ったけど美味しいな、この紅茶。

「……良いだろう。その姿ならばな」
「はい。お爺様からもそう言われています」

 そのための変装だもんね。
 ゼノン様は頷いた。

「この国はまだ変わる途中なのだ。ジールフィアのおかげで、色々な物が入って来るようになったのはありがたい。だが、先の件で人族を嫌ってしまった者も居る。ジールフィア程の強者ならば何とかなるだろう。しかし其方は……」
「僕は平気ですよ? アクリスも居るしね!」
〈それなんだが 実は 我は爺さんの護衛に呼ばれている〉
「へっ?」

 僕は聞いてないんだけど……いつの間にそんな話になっていたのさ。
 首を傾げるゼノン様。

「ジールフィアから聞いていないのか?」
「なーんにも……」

 聞いてません、と僕は首を横に振った。
 すると今度はアクィナスさんが驚きの発言をする。

「パレードには、聖獣様方の参加を条件にしたんですが」
「えっと……三匹ともですか、アクィナスさん」

 初耳なんだけど!

「ええ、本来のお姿で、パレードへの参加をお願いしたのですよ」

 アクィナスさんはそう言うが、聖獣達の中でも意見が分かれている様子。

〈我だけじゃないのか〉
〈そう言えば そんな話を聞きましたね〉
〈知らないよ〉

 ん? ん? どうなんだー! 三匹ともじゃないの? アクリスだけなの? その返事じゃ分かんないよー。

「あぁ、すみません。しっかり伝わっていなかったようですね。お三方全員の参加です」
「余はお一方でも有難いと思うが、アクィナスは欲張りなのだ」
「せっかくお三方がおられるのですよ。良い機会じゃありませんか」
「だがな、聖獣様方のお心次第だと思う」

 何やら話し合いが始まってしまった。
 いつもこんな感じなのかな? 国王様も宰相さんも大変なんだなぁ。

〈我は目立ちたいのだ 出るぞ〉
〈どちらでも構いませんよ〉
〈んー 主居ないのは嫌だな〉

 三匹も話し合いに参加しちゃった。
 僕は何をしようか……
 手に持った紅茶を味わいながら飲む。機会があったら、この紅茶の作り方も聞いてみよう。
 長くなりそうな話し合いに、僕は遠くを眺める事にしました。
 誰か、来ないかな……


 少し経って、アクィナスさんが言った。

「どうでしょうか?」
〈我は構わない〉
〈仕方無いですね〉
〈終わったよ主〉

 カルキノスが僕の膝の上に乗ってきた。
 放っておかれて寂しかった僕は、カルキノスをぎゅうっと抱きしめる。蚊帳かやの外は寂しいもんなんだなぁ。僕だけ話に参加する意味が無かったからさぁ。
 そんな僕を見て、ゼノン様はニヤニヤと笑う。

「其方は本当に愛らしいな」
〈耳も尻尾も下がったままだわ〉

 だってさ、いつの間にか皆はパレードの参加話を始めちゃうし。誰も僕に話しかけてくれないしさ。紅茶を勝手に飲んでも、誰も気が付いてくれなかったし。紅茶ね、五杯は飲んだんだよ……

「本当に普通の子なのだな。聖獣様が仕えているというのに、威厳も威圧感もない」
〈主様にそれを求めても 無駄でしょうね〉
〈普通じゃないけど 普通なんだよ〉

 チロリと視線を僕に向けたゼノン様は、イピリア達を見てから、また僕を見た。
 不思議な生き物を観察するような視線が、僕をじっくりと捉える。なんだか落ち着かない。

「威厳って必要ですか? 威圧感はお爺様から貰ってください……」
〈必要でも主には無理だわ 生きた年数が足りない〉

 アクリスの言葉に、僕はうんうんと頷いた。
 いくら前世で長生きをしていようが、この世界ではまだ子供だからね。今の僕の精神も、だいぶ体に引っ張られて幼くなっているみたいだし。

「其方はそのままで良い。むしろ、ジールフィアのようにはなるなよ」
「たまーに言われますけどね。お爺様に似てるって」

 そう話しながら、僕は膝の上に居るカルキノスを撫でる。
 魔法のめちゃくちゃな使い方とかが似ているらしい。
 ゼノン様は大袈裟に眉を顰める。

「それはいかんな。ならば、余の孫になってみないか?」
「魅力的なお話ですね。でもお爺様以外にも泣いちゃう人がいますから、遠慮しておきます」

 父様や兄様、それに母様や姉様もそうだ。
 家族が悲しむような事は、出来るだけしたくないから。

「そうだな。残念だが、致し方ない」

 やはり冗談だったようで、あっさり引き下がるゼノン様。アクィナスさんはそんなゼノン様に渋い顔だ。

「ゼノン様はこの国の王なのですから、そのようなお話をされるのは慎んでいただきたいのですが」
「ふふふ。アクィナスさんが悲しんでますよ、ゼノン様」
「お孫様よりも先に、お妃様を決めて欲しいのですよ……」
「アクィナス、その話は困る。今は特に」

 今までに見た事が無い程慌てるゼノン様。尻尾がバッサバッサと動いて、耳もピクピクと激しく動いている。動揺すると、外からはこんな風に見えちゃうんだね。
 感情が分かるって面白い……けど、困りものでもあるね!
 アクリス達が、僕の耳や尻尾の事をいちいち指摘する理由が、何となく分かったよ。こうも分かりやすいと、からかいたくなっちゃうや。
 それにしても、ゼノン様は独り身だったのか。意外だなぁ。


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