悪役令嬢は、幼馴染の恋を応援する。

平樹美莉

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乙女ゲームの世界へようこそ

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 ―――ああ、これでやっと苦しみから解放される。

 遠のきつつある意識を感じながら、今まで愛してくれた、目の前の家族を見る。

 ―――お父さん、お母さん、お姉ちゃん、今まで、本当にありがとう……。

 これが前世での私の最期の記憶。
 わたしは18歳だった。苦労して受験勉強して、ようやく念願の志望大学の法学部に合格した。
 桜舞う春、胸を踊らせ、入学式を迎え、将来、弁護士になるという夢に向け、希望に満ちていたあの頃。
 その僅か入学後2ヶ月、わたしの夢は無残にも崩れ落ちる……。

 ある日、肺に圧迫感を感じるようになり、病院に行くと、肝臓癌と診断された。余命は半年。
 希望を捨てずに手術もしたが、結局、若かったため、進行が早く、それから1年後、わたしの短い人生はわった。
 入院中の唯一の楽しみが、携帯で楽しめる乙女ゲームだった。

 ―――だから、その世界のソフィアとして生を受けたと気が付いた時、これは神様からのご褒美だと思った。



 わたしの名前は、ソフィア・グランバル。
 グランバル男爵が美人だったメイドの母に手を付けて生まれたのが、わたしである。わたしが生まれると、母とわたしは夫人により男爵家を追い出され、10歳までは母と2人で市井で暮らしていた。10歳の頃、王都で病が流行り、母がその病に倒れ、同時期に男爵夫人も同じ病で亡くなったため、誰も文句を言う人がいなくなったからか、わたしは父の元に引き取られた。
 男爵家にはすでに成人した兄が2人いる。おそらく将来的に政略結婚のための駒に使えそうだから、父はわたしを引き取ったのかもしれない。

 わたしが記憶を思い出したのは、学園入学式の直前の12歳だった。
 男爵家の屋敷の自室で、新しく届いた学園の制服に袖を通した瞬間、パッとその制服を着た自分と、その自分を囲むイケメン達の絵が頭に浮かんだ。その瞬間、脳内で雷に打たれたような衝撃を受け、そのまま気を失ってしまった。
 その場にいたメイドのマルタ、御免なさい。長い庶民暮らしのお陰か、貴族の割には体力があり、体が丈夫なわたしである。男爵家に引き取られてから寝込むような風邪は一度も引いたことはなかった。だから、きっと随分と驚かせてしまったことだろう。
 そのままベッドに運ばれたわたしは、その晩、長い長い前世の夢を見た。

 ―――嘘っ!ここは夢の中でやってた、乙女ゲームの世界なの!?……まさかねぇ。

 目を覚ましてから、しばらく呆然としてしまったし、信じられなくて、何度も頰を抓ったりもした。

 それから入学式の日に、憧れのアレクサンドル王子に会うまでは、ずっと半信半疑であった。
 あの前世の夢は、単なる私の妄想ではないかと。

 でも入学式の日に教室の入り口で、ゲーム通りにアレクサンドル様にぶつかって、尻餅をついてしまった時、これがリアルであると実感した。

「きゃっ!」
「大丈夫か?」

 そっと手を差し伸べてくれたのは、まさしくアレクサンドル王子。
 漆黒の髪に、深い深い藍色の瞳。まだ12歳なので、子供であるが、おそらく将来、キリッとした精悍な顔立ちに育つであろうことが予測できる顔だ。
 出会いのスチルそのままの、乙女ゲームのアレクサンドル王子がそこにいた。

(うわっ! 本物! 眩しすぎる!)

 言っておく。決してわざとぶつかったのではない。
 仮にこれが妄想通りに、乙女ゲームの世界だとしても、私はアレクサンドル王子と結ばれるつもりは、全くなかった。
 他の攻略対象についても、然りである。
 市井育ちの男爵令嬢ごときで、王子の妃とか、上位貴族の妻とか、現実的に荷が重すぎる。観賞用は観賞用。別にリアルで恋愛するつもりは全くなかった。

(あのゲームと同じ世界で、生のみんなを近くで見られるだけで、十分幸せだよ)

 誰も選ばない友情エンドでも、特に悪い終わり方ではなかったはずだ。
 前世での考え方の影響か、父に捨てられて幸せとはいえなかった母を見て育った影響か、わたしはこの学園できちんと勉強して、いざという時に自分一人で生きていけるようになりたかった。あまり貴族らしい考えではないかもしれないが、誰かに依存して生きていくのは、嫌だった。

 差し伸べられた手に、恐る恐る手を差し出すと、ぐいっと引き上げられた。
 自分の顔が赤くなるのが分かる。前世においても、今世においても、現実の恋という経験をしたことがない私は、全く男性に免疫がない。手を握られるだけでも、十分ドキドキだ。

「あ、ありがとうございます」

 おずおずとアレクサンドル王子を見ると、彼も頰を染めて、私をじっと見つめていた。

 ―――ん?このシーンは……。

(まずい! これは初恋の出会いのスチル、そのままじゃん!)

 ふと教室の中を見ると、机に座った侯爵子息のイヴァンと目が合ったが、ふいっと目を逸らされた。彼も攻略対象のはずである。
 彼とのルートを開始させるには、確か図書館に行かないといけないのだけど、しばらく図書館には近づかないようにしよう。
 この分だと、このクラスにはいないけど、他の攻略対象や悪役令嬢ベルローズもきっとどこかにいるはずだ。

(さて、どうしようかな。王子と最初のイベント、しちゃったよ~)

   思わず頭を抱えてしまった。

(とりあえず、王子とはこれ以上、深入り厳禁!)

   わたしは王子と親しくならないよう距離を置き、様子を見て毎日を過ごすことにした。

 ところが、数日後、教室で机に座って読書をしていると、王子から声を掛けられた。

「お前、私を避けてないか?」

 ピキーンと、空気が凍る効果音がしたような気がした。
 物凄く不機嫌そうな、王子の表情。

(げっ、怒らせちゃった!? 友情エンドどころか、バッドエンド!?)
(いやいや、あのゲームには、バッドエンドはなかったよね、うんうん)

 わたしの頭の中で、忙しなく脳内会議が行われる。

 わたしの態度は、あからさますぎだっただろうか?
 わたしはちらりと王子を見る。

「他の女は呼ばなくても、あちらから寄ってくる。なのに、お前は何故私と親しくなろうとしない?」

(おお! なんて、上から目線の俺様発言。自分に自信がないとできない発言だわ!  さすが王子様! )

「私は、市井育ちのしがない男爵家の娘です。アレクサンドル様に近づくなんて、恐れ多いですから」

   顔に一生懸命作り笑いを浮かべながら、なんとか答えた。
 とりあえず、当たり障りのない回答をしたものの、その日から、なぜか王子の方からわたしに付き纏うようになってしまった。

 そんな頃だっただろうか、とても切ない表情で立ち尽くしているイヴァンを廊下で見かけたのは。
   視線の先には、ゲームでよく見た、真っ赤な薔薇の髪に美しいグリーンの瞳の悪役令嬢のベルローズがいた。

(ん?)

 彼の表情は、恋するソレに見えた。

(攻略対象が悪役令嬢に恋をする?)

 わたしはイヴァンのその表情に物凄く違和感を覚えた。

 ―――まさかね?
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