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魔術の目。
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「これは中々酷い状況ですわね」
玄関から室内を眺めてリリーカさんはうめいた。室内は怖くなって逃げ出した時のまま散らかり、風によって入り込んだ木の葉までもが加わっている。
「盗られた物などはお分かりなのですか?」
「いいえ、すぐに出てしまったので」
「そうですか。では、お姉様。まずはお片付けですわね。箒はございますか?」
腕まくりをしてやる気満々のリリーカさんを筆頭に、散らかりっぱなしの部屋の片付けが始まった。散乱している衣服を拾い上げ、埃を落としてから畳む。誰が触れたのか分からない以上は気味が悪い物ではあるのだが、今は片付けを優先させている為にそのままタンスへと仕舞い込む。後で洗わないとね。
リリーカさんも私と同じく家事好きの様で、箒を巧みに操って木の葉を掃き出し、窓や床に手際良く雑巾をかけてゆく。服が汚れるからと貸したエプロン姿の彼女はまるで幼妻。他の女に現を抜かす事の無いレベルの可愛さだった。
そうして、散らかりっぱなしだった部屋は、お昼過ぎには元通りに……いや、元の部屋より綺麗になっていた。
「やっぱり、思った通り素敵なお部屋ですわ」
頬に手を添えウットリと室内を眺めるリリーカさん。窓や床がやたらと輝いて見えるのは気の所為か。
「お手伝いいただき有難うございます。おかげで思っていたより早く片付きました」
「困った時はお互い様ですもの、畏まったお礼は不要ですわお姉様。あと、敬語はお止めください。お姉様は私よりも五つも年上なのですから、普段通りで構いませんわ」
冒険者を目指しているだけに身分格差は気にしない、か。
「分かりまし──」
敬語を使おうとした私に、眉をひそめるリリーカさん。それを見てこほんと咳払いをして言い直す。
「分かったわ。その代わり、リリーカさんもお姉様っていうのを止めてほしいんだけど」
お姉様と呼ばれる度にお尻がムズムズするし、お姉様。という響きは百合を連想させる。
「それは無理ですわ」
無理なんかいっ!
「私はこの話し方で過ごしてきましたので、もう変えられないのです」
うーん。育った環境の違い。というヤツだろうな。タメ口のリリーカさんも見てみたかったが、そこは仕方がないか。
「ところでお姉様。こちらの品はどちらで買われたのですか?」
棚に置かれた小物の一つを指差すリリーカさん。その目が輝いている事から興味津々の様子だ。
「それは、市場で売っていたカラの瓶に、河原で拾った石を入れているの」
その形状から、恐らくは割れた瓶の欠片が削れて丸くなった代物だ。良く浜辺に打ち上げられているヤツだ。散歩がてらそういう石を探して見つけては持ち帰り、瓶に詰めている。光に当てると綺麗に輝くのだ。
「では、こちらの像は──つっ!」
その隣に置かれた小型の像に触れたリリーカさんの手が、バチリと音を立てて弾かれる。ま、まさか静電気?! 冬でも無いのに!?
「だ、大丈夫?」
「はい、何ともありません。……お姉様、こちらは何方で手に入れたのですか?」
リリーカさんの問いに改めてその像を見る。像は木製で出来ている様で、高さは約十センチほど。熊を模しているらしく、小学生が夏休みの工作で作った様なクオリティでしかない。価値の欠片も見当たらない代物だ。
「いいえ、こんな物を買った覚えは無いわ」
記憶に無い事を口にすると、リリーカさんは再び眉をひそめた。
「お姉様。魔法を使っても宜しいでしょうか?」
「え? ええ。散らかさなきゃ大丈夫だけど……」
では。と杖を構えて目を瞑るリリーカさん。直後に、リリーカさんを中心として緩やかな風が湧き起こる。
「光の精霊リュミエール。契約に基づき我の元へ来たれ」
リリーカさんがそう言葉を紡ぐと、構えた杖の先から白く光るボウリングの球程の大きさの何かが出現した。その球は白いマリモの様な形状で、中心には縦長の黒い線が二つ。しきりに瞬きをしている事から、ソコが目なのだろう。ヤダ、何コレ可愛いっ!
「天穹に満つるその力。邪を退ける閃光と成して、彼のモノの呪いを解き放て!」
白いマリモから光が照射されて木像を覆う。その光に照らされた木像の内部から黒いモヤの様なものが滲み出し始め、モヤが完全に出なくなると光の照射も終わる。
「な、何があったの?」
像から黒いモヤが立ち昇るなど、明らかに異常な現象だ。
「遠視の魔術ですわ」
「遠視の魔術……?」
「はい。像などにあらかじめ術を掛けておく事で、離れた場所でも視覚情報を得られる事が出来る魔術ですの」
「視覚情報……」
って事はつまり、私は覗かれていたって事?!
「お姉様はこの像を知らないのですわね?」
「ええ、知らないわ」
「だとしたら、空き巣を装ってコレを仕掛けた可能性がありますわね」
「な、何の為に?」
「決まっていますわ。お姉様を監視する為です」
監視って、私が美少女だから? そんな事をして何になると……
巡らせていた考えがある一つの事象に辿り着き、顔を強張らせる。
知っている。もし、リリーカさんの言う通り、空き巣を装って像を仕掛けたのだとしたら、ソイツは私が鉱物を売り捌いているのを知っている。
一体誰が……? 換金ギルド『ポーン』のギルドマスターさん? それとも、通商ギルド『アルカイック』のルレイルさん? ううん。ここから持ち出した時に誰かに見られていたかもしれない。
「大丈夫ですかお姉様。お顔が真っ青になってますが」
「え? ええ、大丈夫。大丈夫」
呪詛の様に同じ言葉を繰り返しながら、内心では汗を大量に掻いていた。
「他に見覚えのない物など御座いませんか?」
言われて再度室内を見渡す。見覚えのない代物は見当たらない。
「いいえ、ないみたい」
「そうですか。一応探査の魔法を掛けます」
そう言って呼び出している精霊に指示を出し、室内の物を丹念に調べてゆく。そうして、呼び出していた精霊が消えた。
「他にはない様ですわね」
「ねぇリリーカさん。その遠視の魔術ってどんな物にでも掛けられるの?」
「はい。遠視の魔術は、本人の身の一部。例えば髪や爪ですね。それと、それなりに時間を必要とします。それがあればどんな物にでも掛けられますが、その間は無防備になりますので流石に侵入先で術を掛けるのはリスクが高過ぎます」
「そうなんだ」
リリーカさんは他には無いと言ったが、誰かに見られていたのだと思うと気持ちの良いものじゃない。
「お姉様。もし宜しければ、暫くうちに来ませんか?」
「え……?」
「事情を知れば、お父様もお母様も喜んで迎えてくれるはずです。もちろん、私も尽力致します」
リリーカさんの表情は真剣そのもの。本気で私の事を心配してくれているのが窺える。オジサマの家で生活させてもらう。それが一番良いのかも知れない。けれど、週イチ月イチで産まれてくるアレを知られる訳にはいかない。今の私は童話で知られた『ガチョウと黄金の卵』と同じ。そしてそのガチョウは最後どうなったか……
オジサマ達ならそうならないと信じたい。だけど、過ぎた欲はいつの時代も常識を凌駕する。それは異世界であっても同様だ。あの受付嬢の例があるのだから……
「少し、考えさせてもらえないかな」
「そうですか……」
シュンとするリリーカさんに申し訳ない気持ちに駆られる。寂しそうなその表情に、ごめんねと心で呟いた。
──朝。カーテンを開けると、抜けるような青空が視界一杯に広がる。サンサンと輝く太陽は、お寝坊さんね。と言わんばかりに窓枠上部に消えようとしていた。一夜ぶりのマイベッドのおかげか、はたまた寝息を吹き掛けられずに済んだおかげか、それとも朝から重そうな食事がテーブル上に並んでいないおかげか。ともかく、昨日までの疲れは残っていない様だった。
「んー、ちょっと寝過ぎか……」
大きく伸びをしてボサボサの頭を掻き毟り、個室へと足を向ける。よく手入れをした白磁の器に腰掛けて、今日は予定日だったと思い出す。
ニュルリと顔を出すアレ。重力に引かれてゆっくりと落ちてゆく。そしてゴトリと音がして終了。そこまでを頭の中でイメージトレーニングをして、いざ実践に取り掛かった。
「……あれ?」
いつもなら直ぐに顔を出し始めるアレの感触が、今日に限って無い事に頭を傾げる。腰を上げて覗き見ても人肌で温められた白磁の器が輝いているだけだ。一旦離れて視線を低くしても、器の表面をチョロチョロと流れる水が天井の明かりできらめいているのが見えるだけ。再び腰を下ろして力を込めると、風の魔法が解き放たれただけだった。
玄関から室内を眺めてリリーカさんはうめいた。室内は怖くなって逃げ出した時のまま散らかり、風によって入り込んだ木の葉までもが加わっている。
「盗られた物などはお分かりなのですか?」
「いいえ、すぐに出てしまったので」
「そうですか。では、お姉様。まずはお片付けですわね。箒はございますか?」
腕まくりをしてやる気満々のリリーカさんを筆頭に、散らかりっぱなしの部屋の片付けが始まった。散乱している衣服を拾い上げ、埃を落としてから畳む。誰が触れたのか分からない以上は気味が悪い物ではあるのだが、今は片付けを優先させている為にそのままタンスへと仕舞い込む。後で洗わないとね。
リリーカさんも私と同じく家事好きの様で、箒を巧みに操って木の葉を掃き出し、窓や床に手際良く雑巾をかけてゆく。服が汚れるからと貸したエプロン姿の彼女はまるで幼妻。他の女に現を抜かす事の無いレベルの可愛さだった。
そうして、散らかりっぱなしだった部屋は、お昼過ぎには元通りに……いや、元の部屋より綺麗になっていた。
「やっぱり、思った通り素敵なお部屋ですわ」
頬に手を添えウットリと室内を眺めるリリーカさん。窓や床がやたらと輝いて見えるのは気の所為か。
「お手伝いいただき有難うございます。おかげで思っていたより早く片付きました」
「困った時はお互い様ですもの、畏まったお礼は不要ですわお姉様。あと、敬語はお止めください。お姉様は私よりも五つも年上なのですから、普段通りで構いませんわ」
冒険者を目指しているだけに身分格差は気にしない、か。
「分かりまし──」
敬語を使おうとした私に、眉をひそめるリリーカさん。それを見てこほんと咳払いをして言い直す。
「分かったわ。その代わり、リリーカさんもお姉様っていうのを止めてほしいんだけど」
お姉様と呼ばれる度にお尻がムズムズするし、お姉様。という響きは百合を連想させる。
「それは無理ですわ」
無理なんかいっ!
「私はこの話し方で過ごしてきましたので、もう変えられないのです」
うーん。育った環境の違い。というヤツだろうな。タメ口のリリーカさんも見てみたかったが、そこは仕方がないか。
「ところでお姉様。こちらの品はどちらで買われたのですか?」
棚に置かれた小物の一つを指差すリリーカさん。その目が輝いている事から興味津々の様子だ。
「それは、市場で売っていたカラの瓶に、河原で拾った石を入れているの」
その形状から、恐らくは割れた瓶の欠片が削れて丸くなった代物だ。良く浜辺に打ち上げられているヤツだ。散歩がてらそういう石を探して見つけては持ち帰り、瓶に詰めている。光に当てると綺麗に輝くのだ。
「では、こちらの像は──つっ!」
その隣に置かれた小型の像に触れたリリーカさんの手が、バチリと音を立てて弾かれる。ま、まさか静電気?! 冬でも無いのに!?
「だ、大丈夫?」
「はい、何ともありません。……お姉様、こちらは何方で手に入れたのですか?」
リリーカさんの問いに改めてその像を見る。像は木製で出来ている様で、高さは約十センチほど。熊を模しているらしく、小学生が夏休みの工作で作った様なクオリティでしかない。価値の欠片も見当たらない代物だ。
「いいえ、こんな物を買った覚えは無いわ」
記憶に無い事を口にすると、リリーカさんは再び眉をひそめた。
「お姉様。魔法を使っても宜しいでしょうか?」
「え? ええ。散らかさなきゃ大丈夫だけど……」
では。と杖を構えて目を瞑るリリーカさん。直後に、リリーカさんを中心として緩やかな風が湧き起こる。
「光の精霊リュミエール。契約に基づき我の元へ来たれ」
リリーカさんがそう言葉を紡ぐと、構えた杖の先から白く光るボウリングの球程の大きさの何かが出現した。その球は白いマリモの様な形状で、中心には縦長の黒い線が二つ。しきりに瞬きをしている事から、ソコが目なのだろう。ヤダ、何コレ可愛いっ!
「天穹に満つるその力。邪を退ける閃光と成して、彼のモノの呪いを解き放て!」
白いマリモから光が照射されて木像を覆う。その光に照らされた木像の内部から黒いモヤの様なものが滲み出し始め、モヤが完全に出なくなると光の照射も終わる。
「な、何があったの?」
像から黒いモヤが立ち昇るなど、明らかに異常な現象だ。
「遠視の魔術ですわ」
「遠視の魔術……?」
「はい。像などにあらかじめ術を掛けておく事で、離れた場所でも視覚情報を得られる事が出来る魔術ですの」
「視覚情報……」
って事はつまり、私は覗かれていたって事?!
「お姉様はこの像を知らないのですわね?」
「ええ、知らないわ」
「だとしたら、空き巣を装ってコレを仕掛けた可能性がありますわね」
「な、何の為に?」
「決まっていますわ。お姉様を監視する為です」
監視って、私が美少女だから? そんな事をして何になると……
巡らせていた考えがある一つの事象に辿り着き、顔を強張らせる。
知っている。もし、リリーカさんの言う通り、空き巣を装って像を仕掛けたのだとしたら、ソイツは私が鉱物を売り捌いているのを知っている。
一体誰が……? 換金ギルド『ポーン』のギルドマスターさん? それとも、通商ギルド『アルカイック』のルレイルさん? ううん。ここから持ち出した時に誰かに見られていたかもしれない。
「大丈夫ですかお姉様。お顔が真っ青になってますが」
「え? ええ、大丈夫。大丈夫」
呪詛の様に同じ言葉を繰り返しながら、内心では汗を大量に掻いていた。
「他に見覚えのない物など御座いませんか?」
言われて再度室内を見渡す。見覚えのない代物は見当たらない。
「いいえ、ないみたい」
「そうですか。一応探査の魔法を掛けます」
そう言って呼び出している精霊に指示を出し、室内の物を丹念に調べてゆく。そうして、呼び出していた精霊が消えた。
「他にはない様ですわね」
「ねぇリリーカさん。その遠視の魔術ってどんな物にでも掛けられるの?」
「はい。遠視の魔術は、本人の身の一部。例えば髪や爪ですね。それと、それなりに時間を必要とします。それがあればどんな物にでも掛けられますが、その間は無防備になりますので流石に侵入先で術を掛けるのはリスクが高過ぎます」
「そうなんだ」
リリーカさんは他には無いと言ったが、誰かに見られていたのだと思うと気持ちの良いものじゃない。
「お姉様。もし宜しければ、暫くうちに来ませんか?」
「え……?」
「事情を知れば、お父様もお母様も喜んで迎えてくれるはずです。もちろん、私も尽力致します」
リリーカさんの表情は真剣そのもの。本気で私の事を心配してくれているのが窺える。オジサマの家で生活させてもらう。それが一番良いのかも知れない。けれど、週イチ月イチで産まれてくるアレを知られる訳にはいかない。今の私は童話で知られた『ガチョウと黄金の卵』と同じ。そしてそのガチョウは最後どうなったか……
オジサマ達ならそうならないと信じたい。だけど、過ぎた欲はいつの時代も常識を凌駕する。それは異世界であっても同様だ。あの受付嬢の例があるのだから……
「少し、考えさせてもらえないかな」
「そうですか……」
シュンとするリリーカさんに申し訳ない気持ちに駆られる。寂しそうなその表情に、ごめんねと心で呟いた。
──朝。カーテンを開けると、抜けるような青空が視界一杯に広がる。サンサンと輝く太陽は、お寝坊さんね。と言わんばかりに窓枠上部に消えようとしていた。一夜ぶりのマイベッドのおかげか、はたまた寝息を吹き掛けられずに済んだおかげか、それとも朝から重そうな食事がテーブル上に並んでいないおかげか。ともかく、昨日までの疲れは残っていない様だった。
「んー、ちょっと寝過ぎか……」
大きく伸びをしてボサボサの頭を掻き毟り、個室へと足を向ける。よく手入れをした白磁の器に腰掛けて、今日は予定日だったと思い出す。
ニュルリと顔を出すアレ。重力に引かれてゆっくりと落ちてゆく。そしてゴトリと音がして終了。そこまでを頭の中でイメージトレーニングをして、いざ実践に取り掛かった。
「……あれ?」
いつもなら直ぐに顔を出し始めるアレの感触が、今日に限って無い事に頭を傾げる。腰を上げて覗き見ても人肌で温められた白磁の器が輝いているだけだ。一旦離れて視線を低くしても、器の表面をチョロチョロと流れる水が天井の明かりできらめいているのが見えるだけ。再び腰を下ろして力を込めると、風の魔法が解き放たれただけだった。
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