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冒険者組合受付統括の独白

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セイカー氏は、肩を落として組合を去った。
今までもあった事だ。きちんと、誠意をもって対応していれば済む話なのに、なぜ冒険者は先の事を考えずに目先の利益に飛びつこうとするのだろうか…。

冒険者は理解しているのだろうか?依頼を達成しているのに補充魔法使いが役立たずだったと主張する事は、斡旋した組合に泥を塗る行為だという事に。
組合が彼を推薦したのは、それが最善だと判断したからだ。もちろん広範囲魔法が必須だったりなど、専門の魔法使いが必要な案件には彼を推薦したりしない。だがそれ以外、相手が単体だったり少数だった時は、彼の魔法と経験は十分に役に立つ。そもそも、フリーで動ける現場慣れした専門の魔法使いが都合よく居る訳がないのだ。専門の魔法使いを派遣するには、他の小隊所属で手空きの魔法使いを回してもらうしかない、斡旋料も高額になる。今回のように、魔法使い抜きで魔妖精を駆除するような依頼なら、彼は最適のはずなのだ。

それに、彼は自分の実力をよく知っている。小隊には自分のできること、できないことをきちんと伝え、それを最大に活かすための戦法を提案しているはずだ。だが、大概の小隊は彼に普通の魔法使いの働きを求め、いつもと勝手の違う戦いに苦労して、その責任を全て彼に押し付けている。
昨今はその情報を共有して、前金のみで彼を雇用できるという情報まで流しているというから度し難い。


彼が組合からの派遣依頼を始めた頃、小隊から出された報告書を見て目を疑った。魔法が無ければ対処の難しい依頼だから彼を推薦した。そしてきちんと依頼を達成している。けが人すら出ていない。しかしレント氏への評価は<不可>。明らかに不当な評価だった。調査をすべきだと提案したが、彼は自分に<不可>を出した小隊への調査や罰則を良しとしなかった。『自分の受けた派遣任務の評価について今後も異議を唱える事はない』そう言い切った。理由を聞くと『小隊に懲罰を課すことで不和を招き討伐が滞れば、魔獣に苦しむ依頼者が迷惑する』と言った。組合員でもこんな考え方をするのは幹部クラスだけだ、驚きの目で見つめると彼は『一番大きい理由は、まず間違いなく逆恨みされるからだけどな』と付け足してきたので、思わず笑ってしまった。

だが、(全く変わり者の冒険者だ…)そういう思いを新たにして、彼のそれまでの奇行を思い返していたら、恐ろしい事実に…彼の本質に気が付いた。


そもそも彼が組合の派遣依頼を受けるのは、通常の依頼を全く受けないからだ。彼は依頼を受けずに討伐した魔獣の戦利品を売却して稼いでいる、要するに魔獣専門の狩人と言える。そんな彼が組合に加入した理由はただ一つ、「組合で売ってる魔法薬の品質が、商店で買うよりは少しは信用できるから」だそうだ。
彼は冒険者のノルマと言える依頼受注はまったくしない。買取に持ち込んでいるものは、全て行きずりで倒した魔獣のものだ。偶然依頼と重なっても、「依頼は受けていない」と言い張って絶対に依頼料を受け取らなかった。だから表向きな評価は一切上がらない。彼は今でも最下級の<5級冒険者>のままだ。組合からしたら、依頼料丸儲けなうえ、放っておいてもそこそこの難易度の魔獣の素材を持ち込んでくれる、とってもありがたい、腕は立つが少し変わった冒険者…程度の認識だった。

ところが、しばらくして彼は組合に寄り付かなくなり、街の雑貨屋に素材を売却しはじめた。そもそも、組合で素材を買い取るのは、決して買い叩いたりせず常に正当な対価を払うという冒険者保護の面からだ。街の雑貨屋の買取査定は適当なところが多く、かなり買い叩かれていた。それでも彼は次々と店を回っては、やがてそれなりに良心的な査定を出す店を見つけて、そこに素材を持ち込むようになった。だが、その店でも買い取り額は組合の値段以下だ。別に損をするのは勝手だが、組合としてはメンツを潰された形だし、組合員は基本的に組合に売却するよう求めている。彼を呼び出して組合所属の冒険者の規則に反するから止めるよう勧告したら、彼は何も言わずに即座に認識票を返して出て行ってしまった。
偏屈な冒険者など放っておけば良い…という意見も多かった。しかし、買い取り額では明らかに損をしているのに、いったい組合の何が不満なのか、それだけでも確認しておくべきだろう…という意見が通り、呼び戻して理由を聞く事になった。不承不承やってきた彼が言ったのは、『組合に買取品の査定を不当に安くして小遣い稼ぎしている愚か者がいる』という衝撃の事実だった。低級の初心者や、気弱そうな冒険者に低い査定を見せ、抗議されれば『ミスだった』と修正、何も言わなければ以降も繰り返していた。彼はずっと低級のままなのに高額査定の素材を持ち込むのでカモ扱いされたらしい。『組合が不祥事で信頼を落とせば魔獣に苦しむ集落が困るだけだから公にする気は無い。だが、この程度の自浄もできない組合に素材を売る気は無い』そう言ってなんの未練も無く出て行こうとした。
冒険者が組合のメンツを潰したどころではない、それこそ組合の名誉と存在意義に関わる重大問題だった。組合長は内々に買取係を処罰するだけでは済まさなかった。彼には組合に残ってもらわなければ釣り合いが取れない。そう言って自ら謝罪して、どうにか脱会は取り消してもらった。彼は組合を必要としていなかったのに…だ。彼はいわば組合の自己満足のために在籍し続けてくれているのだ。

こういったそれまでの彼の奇行を総合してみれば、なんとなく彼の為人が判って来た。彼は確かに不正を嫌う、だがおそらく、それは彼の一面でしかない……
とはいえ、あくまで推測に過ぎない。誰にも言わず、自分の心の内にだけとどめておくつもりだった。



ある時、この街一のベテラン冒険者リシエン氏と飲む機会があった。レント氏の補充任務にきちんとした評価をしてきた小隊のリーダーだ。酔った勢いか彼の話題が出た。リシエン氏は破落戸扱いされる冒険者の地位向上に汲々としているから、冒険者に対する正しい評価を求め、また冒険者にもそれに相応しい振る舞いを求めていた。バカにされようが報酬を値切られようが全く気にせず、最下級のままのレント氏の態度が不満だったのだろう。

「あいつは実際腕はいい。なのに、なんで批判に反論しないんだ。もっと評価を上げて、地位を得て侮られないようにして、そうしてバカにした連中を見返せばいいじゃないか」

そう呟いた。
自分以外に彼を気にかけている冒険者が居ることに驚き、彼に自分の考えを明かしてみた。

「どうでもいいからでしょう」
「どうでもいい、とは?」
「おそらくですが…彼は冒険者も、依頼人も、組合も…他人を一切信用していませんよ。他者には初めから何も期待せず、悪意や不正を向けられればただ事実として受け止め、以降の関わりを避けるだけ。どうでも良い相手にどんな評価をされようが意味を感じない、それだけの事なんでしょう」

そういうと、リシエン氏は酒に口もつけず、しばらくじっと考えていた。

「なるほどな、腑に落ちた。…よほどの裏切りを受けたか。人間に絶望してしまうほどの」
「そこまでは判りませんが、彼は一人でも生きていける技術を身に着けています。周りに悪意と不正しかなくなれば、この街も平気で出て行くでしょうね」

彼ほど誠意をもって働く冒険者は居ない。辺境の民を魔獣から守るために、自分の利益も捨てて全力を尽くしている……ように見える。
大間違いだ。
彼が誠意を込めているのは、魔獣に怯える依頼者でも、組合でも、マイナの街でもない。『自分の仕事』に対してのみなのだ。彼が依頼を受けずに魔獣を狩るのは、組合との関係を深めたく無いのに加え、依頼人を信用していないからだと、今なら判る。彼を『依頼料無しで仕事を受けてくれるお人好し』と勘違いして利用しようとすれば…彼は躊躇なくこの街を去るだろう。そしてどこかでまた、誠意を込めて冒険者の仕事をするのだ。

「それは…どうにか避けたいな」
「えぇ…」

彼を失う事は組合にとっても、街にとっても大きな損失だと私には思えた。
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