不死身のボッカ

暁丸

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番外編

(番外編)迷宮と徘徊者と探索者ギルド

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注:番外編は本筋とあまり関係ない設定集みたいなものです。

 この世界に迷宮ほど不思議な存在は無い。
 それは、希少な財宝を発掘可能な一攫千金の鉱山であり、一瞬の油断で命を奪う死の罠の穴であり、放置すれば魔物が湧き出して人を襲う恐怖の発生源であった。
 発生を防ぐ事もできず、壊す事もできず、かと言って無視する事もできない。
 いや、そもそも無視する人間など居ないのだ、その中には時に一つで数年は遊んで暮らせる財宝が、涸れる事無く湧き出すのだから。だが財宝を目指して迷宮に踏み入った者の多くは、その中で命を落とす事になる。

 とある賢者は言った「迷宮とは<具現化した悪意>である」と。

 迷宮は人里近くに突如として発生する。ある日気が付くと迷宮の入り口が口を開けているのである。迷宮を外から崩したり、壊したり、埋めてしまおうという試みは全て徒労に終わった。魔法も攻城兵器も通用しないのだ。
 かと言って、何もせずに放置していると、中から延々と怪物が湧き出して来て人を襲う。それを防ぐためには、迷宮の中に入って魔物の<間引き>をするしかない。それならいっそ、軍を送り込んで中から一気に崩してしまう…こともできなかった。迷宮にはそれぞれに一度に入れる人数の上限があり、その人数以内でしか踏み込むことができないのだ。

 迷宮に生息し時折湧き出す怪物は<徘徊者>と呼ばれる。迷宮内に一定の縄張りを持ち、基本的にはその縄張り内をうろついている。これまた、人為的に縄張りが決められたかのように、迷宮の奥深くに向かう程手強くなるのである。
 徘徊者には、他の魔物と違う大きな特徴がある。殺されると消えてしまうのだ。しかも何かしらの報酬を残して。そして徘徊者は、確認されている限り全て人食いの魔物である。迷宮の外に溢れた徘徊者も人間を食い、時には拉致して迷宮に連れ帰る。人間ならだれでも-年齢性別問わず-さらって行くのだ。さらわれた人間が迷宮で見つかったり、遺体が発見された事は一度として無い。
 そう、……消えてしまうのは徘徊者の死体だけではない。迷宮内で死んだ人間の死体も、迷宮に吸収されるがことく消えてしまうのだ。もし迷宮で死んだ場合、幸運にも徘徊者に食われる事を免れてもその遺体を弔うことすらできない。だから、迷宮に入る前には遺書と一房の髪を残して行くことが、習慣のように行われている。

 ※ちなみに、死体だけでなく残飯や排泄物も消えるため、迷宮は意外に乾いていて清潔だったりする。これを利用して、近くの集落のゴミや屎尿処理に迷宮を利用することが試みられたが、匂いまでは吸収されないため探索者の猛反対で中止にされたそうだ。

 迷宮は、一度入った人間が全員外に出ると、中身が再構築される。解除され、あるいは発動した罠も、倒された徘徊者も、分捕った財宝も、また配置される(罠も財宝も前と同じとは限らないが)。何度も、何度でも。無限に沸く徘徊者を間引くため、無限に沸く財宝を持ち帰るため、人は迷宮に入り続ける。
 ……逆に言えば、入れ替わりながら誰かが残り続ける限り、迷宮の状態は維持される。…そう考えて、一層目の徘徊者を駆逐して、交代で兵を詰めさせる領主が居た。だが…いつの間にか在番の兵は全滅して、迷宮は再構築されていた。

 突然出現する巨大な閉鎖空間。倒しても現れる怪物、潰しても再起動する罠、分捕ってもまた現れる財宝。迷宮に管理されるが如く動く徘徊者。そこには、人為的な作為がこれでもかと盛り込まれている。<具現化した悪意>と評される所以である。
 そんな一攫千金と死が隣り合わせの迷宮の正体は何か?古来より多くの知識層が研究してきた。だが、岩人の迷宮研究者が生涯をかけて研究しても、確とした結論は得られなかった。誰がどう見ても人為的構造物なのに、どこをどう探してもその構築者の痕跡すら見つける事ができないのである。
 そんな中で、最も突拍子もなく、それでいて最も有力とされている説がある。

 『迷宮は巨大な食人植物』…というものである。

 すなわち、匂いを餌に虫を引き寄せて捕獲し自らの養分とする食虫植物から、獣を捕獲する食獣植物へと大型化、それが食人植物へと進化した…というのである。
 だが、獣と違い、知恵を持ち魔法と武器を使う人間を捕食するのは一筋縄ではいかない。どうすれば効率よく人間を捕食できるか?。
 正体を知られないように、身体が信じられないほど巨大化する。巨体を支え、武器や魔法で破壊されないよう、強力な魔法を身に着ける。人間を多数招き寄せるため、地底から宝石や鉱物や古代の遺物を魔法で探しだして餌とする。得物を狩るのは粘つく体液でも、棘の生えた葉でもなく、召喚された魔物。そんな常識外れの巨大魔法植物ではないか…と言うのだ。
 怪物であろうと探索者であろうと消えてしまう死体、探索者が入るたびに一新される怪物や財宝、人里近くに出現する特性、それらの謎を説明付けようとする結論ありきの暴論……と批判される巨大食人植物説だが、それ以外には『魔族が遊び半分で作ったアトラクション』などという、トンデモさでは似たり寄ったりの説ばかりなのも事実であり、だからこそ有力説として支持されているのだ。


 迷宮の正体がなんであるにしろ徘徊者は倒さねばならず、徘徊者を倒しながら生活するためには、財宝を持ち帰えって糧を得ねばならない。外界と全く異なる迷宮を攻略し、財宝を持ち帰るのには特別なスキルが必要だった。場数を踏み、そんな地獄のような迷宮を攻略して生き残るに足る力を身に着けた者たちが探索者と呼ばれる。

 今でこそ、一攫千金を狙う職業の一つとして認識されているが、当初の探索者は単なる無法者であり、無宿人であった。
 迷宮が現れたと聞けばどこからともなく集まり、迷宮への侵入順位を争って殺し合いを始め、食糧や性欲の捌け口を近隣の住民から『現地調達』し、しかも無宿人だから税は払わない。そんな山賊まがいが大集合するのである。ぶっちゃけ野盗と大同小異。探索者が集まると、近辺は老若問わず女性の(一部では少年も)一人歩きはできない危険地帯になる程だった。
 しかも、連中は自分たちが迷宮で徘徊者を倒すから迷宮は枯れるのだと信じて疑わないから、罪悪感も一切持たない。ただでさえ迷宮からあふれる怪物を狩るための兵を置かなければならないのに、無法者を取り締まるためにも兵を置かなければならなくなっていたのだ。
 言うなれば探索者とは飴に群がる道すがら、何でも食い荒らす蟻である。『迷宮に染みついた財宝の臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる』…てなもんである。騙す裏切るが当たり前、コーヒーがすこぶる苦くなりそうなそんな状態では、経済効果もへったくれも無い(この世界にまだコーヒーは普及して無かったが)。


 ※なお、古代遺跡を探索して出土品を持ち帰る職も<探索者>と呼ばれるが、こちらは迷宮の<探索者>とは似て非なるものである。彼らは国家に管理される<遺跡の研究者>であって、<トレジャーハンター>では無いからだ。したがって、よほどの信用が無いと<迷宮探索者>が遺跡に入れてもらえる事は無い。


 無法ぶりに領主がブチ切れ、国単位で探索者排除が行われそうになった所で、現状に危機感を抱いた探索者上がりが、組織を立ち上げて探索者の管理を始めようとした。探索者達は十人十色、当然だと思う奴も、仕方ないと思う奴も、そんなものクソくらえの連中も居た。
 だが、探索者達の立場が如何に危ういものかを説き続け、手立てを取らなければ迷宮に近づく事すら許されなくなる…と説得した結果、一部の強硬な反対派を除いて『総論賛成』を取り付け、自主管理の名のもとに探索者ギルドが探索者を統制するようになる。
 ギルドが探索者を管理をする権限は、地元領主からの『委託』を受ける事が根拠となっているから、もちろん自主管理とは名ばかりである。それでも多くの探索者達は「国に直に首輪を着けられるよりは、事情を知ってるギルドの方がまだマシだ」と思ったらしい。ギルドも、「自主管理」というタテマエはできる限り守ろうとした。領主からのあまりに無茶な命令は拒んだし、ギルドの頭ごなしに探索者への干渉をしないよう説得した。領主としても、探索者が行儀よくしてくれれば迷宮が希少品の湧きだす鉱山になり得るのである。両社の利害関係の摺合わせが何度も行われた結果、探索者ギルドは領主から迷宮攻略に係る独占権を得る事となった。事実上、ギルド所属の探索者でなければ、迷宮攻略ができなくなったのである。



 夜更けの迷宮。マスター権限を使って迷宮に入った男は、担いでいた大きな包みを放り投げた。
 包みの口を開くと、猿ぐつわをされた人の顔が見えた。男は縛られた口からぼろきれを引っ張りだす。

 「カ、カイタルさん…」
 「……なぁ、俺はそんなに難しい事言ったか?『多少のルール違反の目こぼしはしてやるが、ギルドの言う事には逆らうな』それしか言ってないつもりだったんだがな」

 袋に押し込まれた男はカクカクと頷く。

 「に、二度と逆らわない、だから…」

 カイタル支部長は片手で男の口を押えると、短剣で袋ごと胸を刺し貫いた。
 くぐもったうめき声をあげ、やがて男は動かなくなった。このまま放っておけば、死体は跡形もなく消えるだろう。

 「お前今回で三度目だろ、この馬鹿…」

 ギルドへの服従を要求する代わりに、多少の『ヤンチャ』は大目に見るのがカイタル支部長のやり方だ。『ギルドの規則』と『ギルドの命令』は別物なのだ。だが、時々それを勘違いしてギルドを甘く見る馬鹿が出てくる。
 迷宮が増えたというのに、アニとトリスの小隊は再編できるかすら怪しい。その上更に使える手駒が減るのは正直痛手だ。だが、ギルドにとっての優秀な探索者の要件は、腕っぷしの強さではなくギルドに忠実である事のほうなのだ。

 カイタル支部長は、そのまま死体が確実に消えるのを確認すると迷宮を去った。



 探索者ギルドは、無法者と同義だった探索者を管理する事で、領主から迷宮に対する独占権を得ている。
 <管理>。それは、探索者達が近隣住民に無法を働いたりしないように指導する…というだけではない。迷宮に入る探索者の順番をスケジューリングし、徘徊者を恒常的に間引きする、万が一湧き出した徘徊者も倒す、財宝を横流しなどせず持ち帰えらせる…<管理>とは迷宮から利益を引き出させる…という事である。探索者の命を使って。
 不思議な事に、口うるさいギルドに真向から反対する探索者は。ギルドが、自分達の事しか考えない無法者達をどうやって統制したのか、……知る者は少ない。
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