異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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826 奇跡の理由

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「はーっ……! はーっ……!」

「少しは気が済みましたか、ヴァニィさん?」


 肩で息をして動きを止めたヴァニィに、シャロが優しく語り掛ける。

 2人の視線の先には、非力な少女に立った今砕かれたばかりのバルバロイの血塗れの顔。


 戦闘職も浸透させていない非力な少女の力でも、自身の骨が砕けることも厭わず全力で拳を振り下ろし続ければ人の顔面を破壊することくらいは可能なようだった。


「こんな下らない男に復讐を果たしたところで貴女の気は晴れないかと思いますが……。貴女は自分の手で確実にバルバロイを殺したんです。もうこの男に怯える必要はどこにも無いんですよ……」

「はぁ……。はぁ……」

「さぁ帰りましょうヴァニィさん……。お兄様もお父様もお待ちです。もう1度家族一緒に暮らしましょう?」

「はい……はいっ……! うああああああああああああああああああああっっ!!」


 血塗れの両手を拭いもせずシャロに抱き付き、感情を爆発させるように絶叫するヴァニィ。

 そんなヴァニィを優しく抱き締め頭を撫でるシャロは、ヴァニィが落ち着くまでの間に俺とマギーに後始末を願い出る。


「バルバロイの遺体の始末は、あの娘が居なくなってからお願いします。それとバルバロイの私室を徹底的に調べあげてください」


 ヴァニィの慟哭を聞きつけて集まってきた城の者たちに、テキパキと指示を出していくマギー。

 俺はそんなマギーとシャロを見守りながら、まだバルバロイの息のかかった者が残っていないか警戒し続けた。


 暫くの間叫び続け、叫び疲れて寝そうになったヴァニィに声をかけながら城を後にし、ヴァニィを連れてアルフェッカのシュパイン商会を訪ねる。

 深夜だというのにドタバタと走り回る従業員を捕まえキャリアさんに取り次いでもらい、やがてなんだか疲れ果てた様子のモルドラが姿を現した。


「ヴァニィ……! 本当にお前なのかい……!?」

「お、とうさま……。お父様ーーーっ!!」


 モルドラの胸に飛び込み再度絶叫するヴァニィと、そんな彼女を泣きながら力強く抱き締めるモルドラ。

 モルドラって60超えてそうな見た目で10代半ばの娘が居るって、奥さんとはかなり歳が離れていたのかなぁ。


 モルドラの胸で泣き疲れたヴァニィは今度こそ意識を落としてしまったので、彼女の事はそのままモルドラに任せて俺達はスクリームヴァレーに帰還する。

 どうやらまだリーチェたちの意識は戻っていないそうで、マギーもリーチェの顔が見たいと、自室には戻らず俺達の部屋についてきた。


「ねぇシャロ。マギー。ヴァニィって元カリュモード商会の会長の娘って事は、彼女があんな目に遭っていたのは……」

「バルバロイのせいですよ」


 俺の言葉を遮って、驚くほどの強さで言い切るシャロ。

 バルバロイとの決着がついた為か、シャロも普段より少し興奮気味のようだった。


「後は彼女の自己責任でもあります。なにせ彼女は先代国王シモンの死に直接関わった人物に違いはありませんから」

「バルバロイのしたことは許されないけど、ヴァニィのしたことだって許されないの。だからダンさんが気に病むようなことじゃないわ」

「……うん。ありがとう2人とも。俺も気にしすぎない事にするよ」


 フラッタやシーズと同じ年頃の少女を、俺の行動と選択で地獄に叩き落してしまった事を気にしないのは難しい。

 けれど確かにヴァニィは俺達と明確に敵対し、敵対行動を取り、最後まで改心しなかったと聞いている。


 その結果地獄に落ちても仕方ないとは流石に言いすぎだろうとは思うけど、彼女が地獄の日々を過ごした事を自分のせいだと考えるのは確かにお門違いだな……。


「ん、もう大丈夫。バルバロイが憎すぎて、ヴァニィも敵対してたってことを忘れかけてたよ。バルバロイの手からも救い出したし、これからはモルドラと一緒に過ごすことも出来るだろ。なら充分なはずだ」

「いやいや充分も何も、本来なら彼女は極刑になってないとおかしいんだからね?」


 俺の言葉に呆れながらツッコミを入れてくるマギー。

 コイツ、マギー呼びになった途端に一気に距離詰めてくるなぁ……。


「えっと、器巫女だっけ? 唆されただけで自分たちは大人しくしていたあっちの3人と違って、ヴァニィは積極的に行動を起こしてたし、命があるだけでも恩情があると思ってもらわないとっ」

「ヴァニィは先王シモン殺害の主犯でも実行犯でもあるんですよ。バルバロイに弄ばれて良かったわけではありませんが、国王殺害の主犯として扱われながらも極刑を免れたのもまた事実なんです」

「……そっか。考えなしの子供の我が侭で済ませるには、彼女の犯した罪は大きすぎたんだね」

「マギーの言う通り、今命があるだけでも大変な幸運なんです。バルバロイがそこに付け込んだのが悪質で最低なだけで、ご主人様に落ち度は無かったと思いますよ」


 2人の言う通り、俺が気にしすぎてるだけだな。


 と言うかバルバロイがヴァニィにしたことにまで俺が責任を感じる必要はマジでどこにもない。

 確かにヴァニィの受けた罰は不当に重いものだったとしても、それは俺の感知しないところで起きたことなのだから。


「元気出してよダンさん。ダンさんが浮かない顔をしてたら、折角目覚めてもリーチェがガッカリしちゃうでしょっ」

「あ、そうだ。リーチェが目覚める前にマギーにも情報を共有しておこうかな」


 今まではリーチェとリュートは同一人物だったけど、2人が別々に分かれてしまったのだから呼び方を統一しておかないと混乱しそうだ。

 幸か不幸かリュートにはそんなに親しい人は多くないので、マギーに言っておくくらいで後は大丈夫だろ。多分?


「マギーって偽りの英雄譚は知ってるんだよね? リーチェが実はリーチェじゃないって話まで知ってる?」

「ええ聞いてるわ。でもそんなの関係ないわっ。私にとってリーチェはリーチェなんだからっ」

「……ごめんマギー。実はそうも言ってられなくってさぁ」

「へ?」


 呼び方なんて関係ない。彼女が友人であることに変わりはないのだから。

 そう言ってくれるマギーには悪いんだけど、流石に本人が帰って来た以上リーチェの名前は返さなきゃいけないんだよ?


 白髪のリュートの隣りに眠る青髪の女性こそが、かつてガルクーザと相打ちとなってこの世界を救った英雄、リーチェ・トル・エルフェリア本人である事をマギーに告げ、今後リュートのことはリュートと呼んでもらうようお願いする。


「こ、この人が建国の英雄リーチェ様ご本人ってほんとなの……? 1度意識を取り戻されたりしたわけ……?」

「いや、俺達は人物鑑定ってスキルが使えてね。この女性がリーチェ・トル・エルフェリアである事はすでに確認済みなんだ」

「じ、人物鑑定……? ほ、本当に貴方は私の知らない事を当然のように話すんだからっ……」

「これからはマギーも、彼女の本当の名前を呼んでやってよ。今までリュートはずっと、自分の名前を友人に呼ばれることすら叶わなかったんだからさ」


 世界を終焉に導く終の神を滅ぼした報酬が、友人であるマギーに自分の本当の名前を呼んでもらうこと、なんてささやか過ぎると思うけどね。

 だけときっとリュートは、そんなささやかな望みこそに恋焦がれていたと思うんだ。


 俺のお願いを聞いたマギーはとても穏やかな笑顔を浮かべて、寝ているリュートの頭を優しげに撫でている。


「けど、取り込まれたばかりのリュートとガルが帰ってこれたのすら奇跡なのに、450年以上も前に亡くなったリーチェ様が戻ってこれたのはどうしてなのかしらね……」

「ん~……。それを聞かれると俺も困るけど。一応俺の推論で良ければ説明しようか?」

「「「えっ!? 説明できるのっ!!!?」」」

「どわぁっ!?」


 何の気無しにマギーにかけた言葉に部屋中から強い反応が帰ってきてびっくりしてしまった。


 アウラやティムルまで教えて教えてと懇願するような視線を送ってくるなぁ?

 一緒にリーチェとリュートをこの2人なら、俺と同じ事に思い当たっていてもおかしくないと思ったんだけど。


「っていうか今、ニーナやヴァルゴの声も混ざってなかった? アウラの精霊魔法って街の外まで届くんだ?」

「今までは出来なかったけど、多分パパのデウス・エクス・マキナに引っ張られて出来るようになったみたい……ってそんなことよりも、どうしてリーチェお姉ちゃんが取り戻せたか早く説明してっ!!」

「はいはい。落ち着いて落ち着いて。多分だけど今回の件は色々な要素が重なり合って偶発的に起こったことだと思うんだ」

「でしょうねーっ! だからさっさとその色々な要素を説明しなさいって言ってるのーっ!!」


 おお、俺に全力でツッコミを入れてくるアウラというのは珍しいな?

 いつもは意識無意識問わず俺の喜ぶ行動を最優先してくれるアウラだけど、今は俺よりもリーチェお姉ちゃんの方が優先度高いんだろうな。


「それじゃ説明するね。まず第1の要因に挙げられるのはやっぱりコイツだよね」


 そう言いながら、未だ俺が預かったままの2つの翠の腕輪を取り出す。

 出来れば寝ている間に返してあげたかったんだけど、俺にはどっちがどっちのか見分けがつかないんだよねコレ。鑑定でも表示されないしさぁ。

 
「エルフが産まれた時から肌身離さず身につけている、リュートが己の半身とさえ言った世界樹の護り。ライオネルさんから受け取った世界樹の護りが作用してリーチェさんの身体を復元してしまったんじゃないかな」

「え、パパ……。身体を復元って、目が覚めたら別人かもってこと……?」

「その可能性は限りなく低いけどゼロでは無い、くらいの感覚だね。俺はリーチェさんを知らないから、彼女を呼び戻せた自信が無いんだ」


 俺が今までリーチェとリュートを区別して扱ってきたからか、さっきもリーチェとリュートの2、と強く願っていたせいでこんなことが起きたのかもしれない。

 しかし俺のイメージにはリュートの姿しか思い描かれていなかったので、空白の1人分のイメージを別の場所から補った可能性がある。


 その1つが世界樹の護りであり、そしてもう1つ本来のリーチェさんの情報が残っている場所と言えば。


「更には恐らくここで、リーチェさんを知っているアウラの精霊魔法が作用したと思ってるんだよね」

「わ、私のっ!? で、でも私、リュートの名前しか呼んでなかったよっ!?」

「はは。アウラの分まで俺とお姉さんがリーチェの名前を呼んでたから安心してよ」


 リーチェさんを取り戻せたのが自分のおかげだと言われて、逆に恐縮しながらその可能性を否定するアウラ。


 でも先日、俺のもう1人の娘が精霊魔法を辿って俺の持っている情報に一方的にアクセスしてきちゃったからねぇ。

 荒唐無稽な話ではあるんだけど、結構信憑性はあると思うんだ。


「リーチェとリュートを取り戻すと言いながら1人分のイメージしか出来ていなかった俺の魔力制御に、アウラと世界樹の護りが上手く介入してくれたと思ってるよ」

「わ……私がリーチェお姉ちゃんを……?」


 或いは、リーチェさんのことを全く意識していなかったのが逆に良かったのかもしれないなぁ。

 実際に会ったことのない俺が変なイメージを持ってリーチェさんを意識していたら、そのイメージに邪魔されてリーチェさんの帰還を妨げてしまっていた気がする。


「そして忘れちゃいけないのが神器の存在。始界の王笏、識の水晶、呼び水の鏡。どれか1つでも欠けていたら、そしてあそこで神器を砕かなかったら、リーチェさんを取り戻すことは出来なかったと思うんだ」

「……どういうことかしらぁ? 情報っていう意味で識の水晶の関連は理解できるんだけど」

「そう。お姉さんの言う通り、まずは識の水晶が無くっちゃ始まらない。この世の全てに解を示すという識の水晶が、復元されるリーチェさんの情報を補強してくれたのはまず間違いないんじゃないかな」


 ……それに、識の水晶のあの態度には疑問が残る。

 この世界に生きる人たちの幸せを考え抜いてくれたとしか思えない優しい女神様たちが作ったアイテムにしては、識の水晶は禍々しすぎると思った。


 そう、本来の識の水晶なんて知らないのに、、と思ったんだよね。


 移魂の命石やドミネーターという魂を移し変えるマジックアイテムの存在が、1つの可能性を示唆している気がするんだよ。

 識の水晶の中に、悪意ある誰かの魂が移しこまれた可能性を……!


 なんて、識の水晶が消滅した今となってはどうでもいいかぁ。


「そして識の水晶だけじゃなく、始界の王笏も重要だったと思うんだよ。始界の王笏って過去に1度、本物のリーチェの魂を込めて使用された事があるわけだから」

「――――それって!! 始界の王笏の中に使用者の魂が取り込まれ、今に至るまで囚われていたってこと!?」

「そこまでは分からないけど、少なくともリーチェさんの魂の情報は残ってたんだと思うよ。だから神器を砕いた途端に、一気に肉体の復元が加速したんだと思ってる」


 説明しながらも、この考察って必要かなぁという想いも頭の片隅にあったりする。


 今回は奇跡を起こすために様々な屁理屈を並べ立てたわけだけどさ。

 もう起こってしまった最高の奇跡を暴く必要はなくないかなー?


「そして最後の要因は呼び水の鏡だね」

「う、う~ん……? ねぇパパ。ここまで聞いた感じだと、呼び水の鏡は関係無さそうに思えちゃうよ?」

「そんなことないよ。それこそアウラの事をイメージすれば分かりやすいけど、肉体と魂の練成には常軌を逸する膨大な魔力が必要だから」


 アウターの魔力を根こそぎ奪いながらも、完成までに500年近い時間をかけたホムンクルスのアウラ。

 扱いきれないほどの量の異界の魔力をそのままその身に宿してしまうと魔物化してしまう為、どれほど変換効率が悪くてもこちらの世界の魔力に変換しなきゃいけないのだ。


「この世界の魔力の反発力を押し退けて何処にでもアウターを生成してしまうほど、凄い勢いで魔力を生成する最期のレガリア。その膨大な異界の魔力がゴールドアポカリプスで直接浄化されて、一気にこっちの世界の魔力に変換されたんだと思う」

「……つまりダンは、2人を取り戻すにはガルフェリアが討伐された魔力だけじゃ足りなかったって言うのね?」

「そこはなんとも言えないけどねー」


 慎重な口調で問いかけてくるティムルに、正直に分からないと回答する。

 魔力視と触心の魔力解析能力借りることは出来ていたけど、それでも明確に数値化されてわけでもないので、漠然とした印象でしか説明出来ないんだよな。


「ただガルシアさんと比べてリーチェとリュートの体の復元は明らかに遅くってさ。2人を同時に復元していたせいもあると思うけど、恐らく呼び水の鏡が無かったらどっちか1人しか……リュートしか助けられなかったと思う」

「リュートしかってぇ……。その時点でありえない奇跡なのに、そこまでは余裕だったみたいに語らないでちょうだいっ、もうっ」

「……ガルは馬鹿だなぁ。ダンさんはガルのことなんか、ちっとも気にしてなかったんじゃないっ」


 小さく零れたマギーの言葉に、心の中で静かに同意する。

 地位も名声も俺なんかとは比べ物にならないくらいに上なんだから、下に居る俺のことなんか無視してくれれば良かったんだけどね……。


 でもマギー。お前も以前俺の事を殺そうとしたの、ひょっとしてもうお忘れなんです?


「あ……ティム、ル……?」

「アウ……ラ……。え、どうし、て……?」


 ちょうど話がひと区切りついたタイミングで、みんなが待ち望んでいた声が聞こえる。


 ようやく全員揃ってくれた。

 これでハッピーエンド。コレで大団円だ。


 だから奇跡の解説なんて野暮な行為はここまでにして、ここからは起こった奇跡を全力で喜ぶんだよーっ!
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