『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

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7 薄闇の残響

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 頭から、あの光景が離れない。
 ──薄暗い廊下。怯えるオメガの生徒。鋭く光る、剣術の講師の目。

 俺たちベータは、アルファにもオメガにも、何も言えない立場だ。
 見て見ぬふりをして、空気を読んで生きろ。
 それが“当たり前”。

 でも──



 気づけば、無意識に拳を握りしめていた。
 隣で寝転がっているレオンの横顔を、じっと見つめていた。
 彼もまた、遠いどこかを見つめている。
 ただ黙って、深く沈み込むように。

(……あいつも、さっきのことを気にしてるんだろうか)

 静かな部屋に、レオンの小さな舌打ちが響いた。

「フラン……。クソ、過去なんてどうでもいいのにな」

 苛立ち混じりの声。
 けれど、そこに滲んでいたのは怒りじゃない。
 どうしようもない、悲しみのようなものだった。

 思わず、名前を呼ぶ。

「……レオン?」

 レオンが顔を上げる。
 目が合った瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。

「えっ、ユリス、どうした?」

「いや……なんか難しい顔してたから」

 とっさにごまかした。
 本当は、「大丈夫か」って言いたかった。
 でも、そんなこと言ったら、きっとあいつはもっと苦しくなる。

「……そうか」

 レオンは短く答えて、また視線を逸らす。
 普段なら、「またムスッとしてんな」なんて冗談のひとつでも飛ばす場面だ。
 でも今日は、何も言えなかった。

(……こいつ、本当はめちゃくちゃ無理してんだな)

 ベータの俺にはわからない世界で、レオンはずっと戦ってきた。
 アルファとして、“完璧”を求められながら。

 少しの沈黙のあと、レオンがぽつりと呟く。

「なぁ、ユリス」

「ん?」

「……ベータのお前は、バース性の“当たり前”って、どう思う?」

 唐突すぎる問いに、思わず目を見開いた。

「え? なんだよ急に」

「いや……」

 レオンは、ほんの少しだけ首を振る。

「俺さ、ずっと“アルファらしく”って言われて育ってきたんだ」

 その声には、微かな震えがあった。
 あいつにとって、“らしさ”は鎖みたいなものだったのかもしれない。

 俺は黙って、レオンの言葉を待つ。

「アルファは完璧で、オメガはアルファに従う。それが“当たり前”だって教えられてきた」

「……そうか」

「でもさ、俺は……その“当たり前”が、よくわからない」

 レオンが、初めて素直に吐き出した本音。
(……こいつ、ずっと一人で戦ってたんだな)

 俺は、小さく笑った。

「当たり前ねぇ……俺は、ただ普通に生きたいだけだけどな」

「……普通に?」

「そう。誰かに決められた生き方じゃなくて、自分が決めた生き方をしたいってだけ」

 それが、どれだけ贅沢な願いかなんて、知ってる。
 でも、それでも。

(お前にも、そんな生き方をしてほしい)

 言葉にしなかった想いを、胸にしまい込む。
 俺はそっと目を閉じた。

 ──たとえ、バースに縛られていたとしても。
 誰かの“当たり前”に押し潰される人生なんて、絶対にいやだ。

 少なくとも、俺は、──

 そう、静かに心に誓った
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