『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

文字の大きさ
22 / 67

21 君を救えなかった、あの夜(レオン視点)

しおりを挟む
 ――焦げた匂いが、夢の中から現実に滲んできた気がした。

 目を覚ますと、額には汗が滲んでいた。カーテンの隙間から夜の街灯がぼんやりと差し込んでいる。窓を少し開けると、肌寒い風がカーテンを揺らした。

 ……まただ。何度目だろう、あの夢を見るのは。

 

 十年前。祖父に手を引かれて、初めて“あの施設”を訪れた。

 無機質な白い廊下、鍵のかかった重い扉。そこにいた子どもたちは、みな怯えたような目をしていた。
 幼かった俺には、それがどういう場所なのか、正確には理解できていなかった。ただ、“ここは普通じゃない”ということだけは、肌で感じていた。

 

 あのとき出会った。白い髪の少年――フラン。

 表情が乏しく、何を考えているのか掴めない子だった。でも、俺のつまらない冗談に、時々ほんの少しだけ口元が緩んだ。
 それが妙に嬉しくて、祖父に付き添うたび、彼に会えるのを楽しみにしていた。

 施設の中で、俺たちはほんの短い時間だけど、“子ども”に戻れる瞬間を分け合っていた……そんな気がしていた。

 

 だが、あの夜。

 警報が鳴り響き、赤い警告灯が施設の壁を染めた。
 どこかで爆発音。叫び声。焦げた匂いが辺りを満たしていく。

 逃げる途中、背後から誰かが叫んだ。

「レオン! たすけて!」

 振り向いたその先、ガラスの向こうでフランが手を伸ばしていた。

 燃え上がる炎の中、彼は目を見開き、必死にこちらを見ていた。

 その目が、俺を呼んでいた。

 けれど……俺は、手を伸ばせなかった。

 祖父の強い腕に引かれて、その場を離れた。

 あのとき、立ち止まっていたら。
 あの手を掴んでいたら――。

 今でも、何度もその問いに答えを探している。

 
 フランは、それきり姿を消した。

 施設はすぐに閉鎖され、事件は“事故”として処理された。
 関係者は皆、口を閉ざし、真実は闇の中に沈んだ。

 
 祖父が亡くなったのは数年前。
 遺品の中に残されていた書類の束をめくるたび、徐々にわかってきた。

 オメガの子どもたちの遺伝特性を解析・抑制・操作する非倫理的な研究。
 彼らは“対象”として扱われ、“人間”ではなかった。
 俺が、無邪気に笑いかけていたあの子たちは、みな……。

 祖父は、晩年ぽつりと呟いていた。

「もし、あのときの子にまた会えたなら、謝りたい……。もし、皆が本当に平等である世界だったなら、あんなことをせずに済んだのかもしれない」

 でも、謝るべきは……俺の方だ。

 
 最近、ずっと気になっていることがある。

 ──ユリスのことだ。

 あの目の奥に宿る影。ふとした仕草。
 どこかで見たことがある、懐かしいような……胸の奥が痛む

 最初はただの錯覚だと思っていた。けれどある晩、彼が眠りながらつぶやいた言葉で、すべてが変わった。

 
「レオン……たすけて」

 
 その声に、時間が止まった。

 胸の奥が締めつけられるように苦しくて、息が詰まりそうだった。
 あの声は、夢なんかじゃない。幻聴でもない。

 あのとき、炎の中で呼ばれた、あの声と同じだった。

 ……まさか。

 そんなはずはない。そう思いたいのに。

 目の奥の光、声の震え、触れたときの体温。

 何もかもが、“あの少年”と重なっていく。

 もしも。
 もしユリスが、あの“フラン”だったとしたら――

 俺は、二度目のチャンスを与えられたのかもしれない。

 あの夜、救えなかった少年を。

 伸ばせなかった手を、今度こそ。

 ……でも、まだ言えない。

 彼に、それを告げる資格が、俺にあるのか分からない。

 けれど──
 今度こそ、俺は……君を見捨てたりしない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この恋が運命じゃなくても

星川過世
BL
自身の第二の性から逃れたいαと運命の番との出逢いを夢見るΩが運命に逆らおうともがく話。ちょっだけ暗めかも。 他サイト様にも掲載中

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

【完結】まずは結婚からで。〜出会って0日、夫夫はじめました〜

小門内田
BL
ドケチで貧乏な大学生の瀧本 純也は、冷徹御曹司の諏訪 冬悟に交際0日、いや、初対面で結婚を迫られる!? 契約から始まった奇妙な結婚生活は、次第に互いの心を少しずつ変えていく。 “契約から本物へ―” 愛を知らない御曹司×愛されたがりの大学生の、立場も性格も正反対な二人が、不器用に心を通わせていく、ドタバタあり、じんわり甘い、ゆるやかな日常BL。 ※最初は少し殺伐としていますが、ゆっくりと変化していく物語です。 ※男同士の結婚が、一般的な世界線となります。 ※関係性をわかりやすくするため、「嫁」や「妻」といった表現を使用しております。 ※同タイトルのpixiv版とは、加筆・修正しておりますので、若干内容が変わっております。 予めご了承ください。 ※更新日時等はXにてお知らせいたします

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

祝福を授かりましたが、まるで呪いです。

めっちゃ抹茶
BL
異世界に生まれ変わって出会った、一組の運命の番であるαとΩの話。 ※ご都合主義があります ※オメガバースの知識がある人向け/作中で説明は一切ありません ※主人公が可哀想、ハッピーエンドではありません 主人公目線、あまり悲壮感はありませんがタグをご確認のうえ以上の事を念頭に、大丈夫な方のみお進み下さい。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

処理中です...