【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。

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21 君を救えなかった、あの夜(レオン視点)

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 ――焦げた匂いが、夢の中から現実に滲んできた気がした。

 目を覚ますと、額には汗が滲んでいた。カーテンの隙間から夜の街灯がぼんやりと差し込んでいる。窓を少し開けると、肌寒い風がカーテンを揺らした。

 ……まただ。何度目だろう、あの夢を見るのは。

 

 十年前。祖父に手を引かれて、初めて“あの施設”を訪れた。

 無機質な白い廊下、鍵のかかった重い扉。そこにいた子どもたちは、みな怯えたような目をしていた。
 幼かった俺には、それがどういう場所なのか、正確には理解できていなかった。ただ、“ここは普通じゃない”ということだけは、肌で感じていた。

 

 あのとき出会った。白い髪の少年――フラン。

 表情が乏しく、何を考えているのか掴めない子だった。でも、俺のつまらない冗談に、時々ほんの少しだけ口元が緩んだ。
 それが妙に嬉しくて、祖父に付き添うたび、彼に会えるのを楽しみにしていた。

 施設の中で、俺たちはほんの短い時間だけど、“子ども”に戻れる瞬間を分け合っていた……そんな気がしていた。

 

 だが、あの夜。

 警報が鳴り響き、赤い警告灯が施設の壁を染めた。
 どこかで爆発音。叫び声。焦げた匂いが辺りを満たしていく。

 逃げる途中、背後から誰かが叫んだ。

「レオン! たすけて!」

 振り向いたその先、ガラスの向こうでフランが手を伸ばしていた。

 燃え上がる炎の中、彼は目を見開き、必死にこちらを見ていた。

 その目が、俺を呼んでいた。

 けれど……俺は、手を伸ばせなかった。

 祖父の強い腕に引かれて、その場を離れた。

 あのとき、立ち止まっていたら。
 あの手を掴んでいたら――。

 今でも、何度もその問いに答えを探している。

 
 フランは、それきり姿を消した。

 施設はすぐに閉鎖され、事件は“事故”として処理された。
 関係者は皆、口を閉ざし、真実は闇の中に沈んだ。

 
 祖父が亡くなったのは数年前。
 遺品の中に残されていた書類の束をめくるたび、徐々にわかってきた。

 オメガの子どもたちの遺伝特性を解析・抑制・操作する非倫理的な研究。
 彼らは“対象”として扱われ、“人間”ではなかった。
 俺が、無邪気に笑いかけていたあの子たちは、みな……。

 祖父は、晩年ぽつりと呟いていた。

「もし、あのときの子にまた会えたなら、謝りたい……。もし、皆が本当に平等である世界だったなら、あんなことをせずに済んだのかもしれない」

 でも、謝るべきは……俺の方だ。

 
 最近、ずっと気になっていることがある。

 ──ユリスのことだ。

 あの目の奥に宿る影。ふとした仕草。
 どこかで見たことがある、懐かしいような……胸の奥が痛む

 最初はただの錯覚だと思っていた。けれどある晩、彼が眠りながらつぶやいた言葉で、すべてが変わった。

 
「レオン……たすけて」

 
 その声に、時間が止まった。

 胸の奥が締めつけられるように苦しくて、息が詰まりそうだった。
 あの声は、夢なんかじゃない。幻聴でもない。

 あのとき、炎の中で呼ばれた、あの声と同じだった。

 ……まさか。

 そんなはずはない。そう思いたいのに。

 目の奥の光、声の震え、触れたときの体温。

 何もかもが、“あの少年”と重なっていく。

 もしも。
 もしユリスが、あの“フラン”だったとしたら――

 俺は、二度目のチャンスを与えられたのかもしれない。

 あの夜、救えなかった少年を。

 伸ばせなかった手を、今度こそ。

 ……でも、まだ言えない。

 彼に、それを告げる資格が、俺にあるのか分からない。

 けれど──
 今度こそ、俺は……君を見捨てたりしない。
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