『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

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20 ほどけていく夕暮れ

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 図書室を出たあと、俺はふと足を止めた。
 窓から差し込む橙色の光が、廊下の床を静かに染めている。
 長く伸びる影の先──逆光の中に、レオンが立っていた。

 ゆっくりと歩いてくるその姿が、夕陽をまとって、どこか遠い夢のように見えた。

「……待ってたのか?」

「ああ。ひとりで帰る気がしなくてさ」

 飄々とした声。でもその瞳は、俺の心の奥をのぞき込むように、まっすぐだった。

 並んで歩き出した放課後の廊下。窓の外は茜色に染まり、影がふたりの足元で交わっていく。

「今日、ノエルと話してたろ。……何を聞いた?」

「……あぁ。いろいろ、ね」

「難しい顔してる。……無理すんなよ」

 その言葉に、胸の奥がじわりと熱を持った。
 レオンの手が、そっと俺の手を取る。驚くほどやさしくて、拒む理由が見つからない。

 俺たちは、誰もいない階段の踊り場へ向かった。
 窓越しの夕陽が差し込み、静かな光がふたりの輪郭を包み込む。

「……俺は、ユリスがどんな過去を持ってても、今のお前が好きだ」

「……なんで、そんな簡単に言えるんだよ」

「簡単じゃない。でも……好きになるのに、理由なんかいらないだろ?」

 どうしてそんなふうに言えるんだ。
 レオンの指先が、俺の頬に触れた。あたたかくて、やわらかくて、
 まるでこの夕陽みたいな手だった。

「……キス、して」

 気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
 自分でも驚くほど、声が震えていた。

 レオンは言葉を返さず、そっと額を寄せてくる。
 唇は触れない。けれど、鼓動と呼吸が、互いの距離を少しずつ埋めていく。

「こうしてるだけで、落ち着くんだ。……君も、そうだったらいい」

 制服の胸元をぎゅっと掴む。俺も、たぶん同じだ。
 こんなふうに、誰かのぬくもりが恋しいなんて思ったこと、今までなかったのに。

「……もう少し、このままでいたい」

 夕陽が傾き、窓枠の影がふたりの間をそっと溶かしていく。

 レオンの指がもう一度、俺の頬に触れる。

「……いい?」

「……うん」

 言葉の代わりに、唇がそっと重なった。
 前より深くて、でもやさしいキスだった。
 あたたかくて、まっすぐで、胸の奥まで染み込んでくる。

「ん……っ」

 唇が押し込まれ、舌がそっと入り込んでくると、
 全身の感覚が震えるように目覚めていく。
 拒むことも、もう考えられなかった。

「は……、ん……」

 舌先が触れるたび、じわじわと甘さが広がって、思考がとろけていく。
 気づけば、レオンの背中に腕をまわしていた。

 長い、長いキスだった。
 唇が離れたとき、レオンは肩で息をしていた。
 その目に、熱を宿したまま俺を見つめている。

「……レオン……?」

 自分の声が少し上ずってるのが、わかった。

「ごめん、俺……我慢できなかった……」

 そんなことを言うレオンが、なぜかいつもより可愛く見えた。

 だから俺は、静かに抱きしめ返した。
 レオンの指が、俺の髪を撫でる。その手つきが、心を撫でるみたいだった。

 ──この夕焼けの中に、ふたりだけが残されているみたいだ。

 唇が離れても、俺たちの距離はそのまま。
 視線が絡み、互いの息づかいだけが、静かに空間を満たしていた。

「レオン……俺のそばにいろよ」

 その言葉が、胸の奥にすっと染みていった。
 不安が、少しだけ溶けていくようだった。

「……お前、ほんとずるい」

 つぶやいて、俺のほうからそっとキスを返す。
 短くて、軽くて、でも、今度は一切の迷いがなかった。

 やがて夕暮れは夜の気配をまといはじめる。
 それでも、ふたりの時間だけが、そこにやわらかく残っていた。

「……帰ろうか」

 そう言うと、レオンは小さくうなずいて、隣に並ぶ。

 一緒に歩く帰り道。
 ふたりの影がゆっくりと夕闇に溶けていく。
 俺は言葉の代わりに、そっとレオンの手を握った。

 胸の奥の熱は、まだ静かに残っていた。
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