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19 記憶の向こうにいる君へ
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放課後の図書室は、いつもより静かだった。 棚と棚の間、誰にも聞かれない隅の席で、俺たちは向かい合って座っていた。
「……で、何?」
俺が口を開くと、ノエルは眉をひそめて、少しふくれたように言った。
「いや、別に。ちょっと心配になっただけだよ。今日のユリスの顔が……なんていうか、余裕なくてさぁ」
「……そんな顔してたか?」
「うん、してた。少なくとも、僕にはそう見えた」
ノエルはカップに口をつけ、少し冷めた紅茶をすすった。 その視線はどこか柔らかくて、だけど鋭かった。
「昨日の名簿の名前、やっぱ気になってる?」
俺は黙ってうなずいた。
「思い出したいんだ。でも、何も出てこない。頭の中が……白くて、怖いくらいだ」
「事故以前の記憶が、ほぼないの?」
「……全部は無理でも、せめて、自分が誰だったのかくらいは知りたい」
ノエルは、少し俯いてから、ぽつりと言った。
「ねえ。ユリスの養父――マルディ医師のことなんだけどさ。前にも言ったけど、あの人、オメガの中ではすごく有名な医師なんだよ」
「……知ってる。ノエル、製薬会社の息子だったよな」
「うん。だから、小さいころからよく名前は聞いてた。講演会、論文、親父のオフィスの会話とかでも。厳しいけど誠実で、オメガのために本気で医療と向き合ってるって」
ノエルの声は、どこか敬意を含んでいた。
「そういう人が、なんでベータの俺を……?」
「そこなんだよ」
ノエルは、俺の目をまっすぐ見た。
「ユリスの事故のこと、詳しく聞いたことないの、マルディ医師に?」
俺は何も言えず、ただ視線を落とした。
ノエルが、優しく笑った。
「ねえ、怒らないで聞いて。……僕、今朝ちょっと、医療協会のデータベースにアクセスしてみたんだ」
「は?」
「親の会社のID使って、ちょこっとだけ。違法じゃないよ、閲覧だけだし。医師の保護記録とか、公開されてる一部のやつ」
「……で?」
ノエルは、静かに息を吐いて言った。
「マルディ医師が十年前に関わったとされる“未登録オメガ保護事案”って記録があった。詳細は伏せられてたけど、年齢的に……一致するんだよ、僕たちの年齢と」
胸の奥が、ぎゅっと冷めつけられる。
ノエルは、そっと俺の肩に触れた。
「ユリス、僕は……無理に全部知ろうとしなくてもいいと思う。でも、ユリスか知りたいのなら力になるよ」
「ノエル……」
彼の言葉が、どこまでもあたたかくて。 泣きたくなるほど、やさしかった。
「あとさ……気づいてたけど、最近レオンのこと、特別に見てるでしょ?レオンも……」
「えっ……!」
「ふふ、隠しても無駄。俺、そっち方面も敏感だから…なにキスとかした?」
「う、うるさい……!」
ノエルは笑った。いつもの、少しからかうよう。張り詰めた空気が少し緩む。ノエルのこういうところはほんと天才だな。
それだけ言って、彼はそっと立ち上がった。
「また、あとでね。」
ノエルが去ったあとの図書室には、静けさだけが残っていた。 俺はしばらく、そのまま動けずにいた
(……俺は、誰だったんだろう)
マルディ医師。未登録のオメガ保護。十年前。 すべてが、霧の向こうにぼんやりと見えた
「……で、何?」
俺が口を開くと、ノエルは眉をひそめて、少しふくれたように言った。
「いや、別に。ちょっと心配になっただけだよ。今日のユリスの顔が……なんていうか、余裕なくてさぁ」
「……そんな顔してたか?」
「うん、してた。少なくとも、僕にはそう見えた」
ノエルはカップに口をつけ、少し冷めた紅茶をすすった。 その視線はどこか柔らかくて、だけど鋭かった。
「昨日の名簿の名前、やっぱ気になってる?」
俺は黙ってうなずいた。
「思い出したいんだ。でも、何も出てこない。頭の中が……白くて、怖いくらいだ」
「事故以前の記憶が、ほぼないの?」
「……全部は無理でも、せめて、自分が誰だったのかくらいは知りたい」
ノエルは、少し俯いてから、ぽつりと言った。
「ねえ。ユリスの養父――マルディ医師のことなんだけどさ。前にも言ったけど、あの人、オメガの中ではすごく有名な医師なんだよ」
「……知ってる。ノエル、製薬会社の息子だったよな」
「うん。だから、小さいころからよく名前は聞いてた。講演会、論文、親父のオフィスの会話とかでも。厳しいけど誠実で、オメガのために本気で医療と向き合ってるって」
ノエルの声は、どこか敬意を含んでいた。
「そういう人が、なんでベータの俺を……?」
「そこなんだよ」
ノエルは、俺の目をまっすぐ見た。
「ユリスの事故のこと、詳しく聞いたことないの、マルディ医師に?」
俺は何も言えず、ただ視線を落とした。
ノエルが、優しく笑った。
「ねえ、怒らないで聞いて。……僕、今朝ちょっと、医療協会のデータベースにアクセスしてみたんだ」
「は?」
「親の会社のID使って、ちょこっとだけ。違法じゃないよ、閲覧だけだし。医師の保護記録とか、公開されてる一部のやつ」
「……で?」
ノエルは、静かに息を吐いて言った。
「マルディ医師が十年前に関わったとされる“未登録オメガ保護事案”って記録があった。詳細は伏せられてたけど、年齢的に……一致するんだよ、僕たちの年齢と」
胸の奥が、ぎゅっと冷めつけられる。
ノエルは、そっと俺の肩に触れた。
「ユリス、僕は……無理に全部知ろうとしなくてもいいと思う。でも、ユリスか知りたいのなら力になるよ」
「ノエル……」
彼の言葉が、どこまでもあたたかくて。 泣きたくなるほど、やさしかった。
「あとさ……気づいてたけど、最近レオンのこと、特別に見てるでしょ?レオンも……」
「えっ……!」
「ふふ、隠しても無駄。俺、そっち方面も敏感だから…なにキスとかした?」
「う、うるさい……!」
ノエルは笑った。いつもの、少しからかうよう。張り詰めた空気が少し緩む。ノエルのこういうところはほんと天才だな。
それだけ言って、彼はそっと立ち上がった。
「また、あとでね。」
ノエルが去ったあとの図書室には、静けさだけが残っていた。 俺はしばらく、そのまま動けずにいた
(……俺は、誰だったんだろう)
マルディ医師。未登録のオメガ保護。十年前。 すべてが、霧の向こうにぼんやりと見えた
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