『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

文字の大きさ
20 / 67

19 記憶の向こうにいる君へ

しおりを挟む
 放課後の図書室は、いつもより静かだった。 棚と棚の間、誰にも聞かれない隅の席で、俺たちは向かい合って座っていた。

「……で、何?」

 俺が口を開くと、ノエルは眉をひそめて、少しふくれたように言った。

「いや、別に。ちょっと心配になっただけだよ。今日のユリスの顔が……なんていうか、余裕なくてさぁ」

「……そんな顔してたか?」

「うん、してた。少なくとも、僕にはそう見えた」

 ノエルはカップに口をつけ、少し冷めた紅茶をすすった。 その視線はどこか柔らかくて、だけど鋭かった。

「昨日の名簿の名前、やっぱ気になってる?」

 俺は黙ってうなずいた。

「思い出したいんだ。でも、何も出てこない。頭の中が……白くて、怖いくらいだ」

「事故以前の記憶が、ほぼないの?」

「……全部は無理でも、せめて、自分が誰だったのかくらいは知りたい」

 ノエルは、少し俯いてから、ぽつりと言った。

「ねえ。ユリスの養父――マルディ医師のことなんだけどさ。前にも言ったけど、あの人、オメガの中ではすごく有名な医師なんだよ」

「……知ってる。ノエル、製薬会社の息子だったよな」

「うん。だから、小さいころからよく名前は聞いてた。講演会、論文、親父のオフィスの会話とかでも。厳しいけど誠実で、オメガのために本気で医療と向き合ってるって」

 ノエルの声は、どこか敬意を含んでいた。

「そういう人が、なんでベータの俺を……?」

「そこなんだよ」

 ノエルは、俺の目をまっすぐ見た。

「ユリスの事故のこと、詳しく聞いたことないの、マルディ医師に?」

 俺は何も言えず、ただ視線を落とした。

 ノエルが、優しく笑った。

「ねえ、怒らないで聞いて。……僕、今朝ちょっと、医療協会のデータベースにアクセスしてみたんだ」

「は?」

「親の会社のID使って、ちょこっとだけ。違法じゃないよ、閲覧だけだし。医師の保護記録とか、公開されてる一部のやつ」

「……で?」

 ノエルは、静かに息を吐いて言った。

「マルディ医師が十年前に関わったとされる“未登録オメガ保護事案”って記録があった。詳細は伏せられてたけど、年齢的に……一致するんだよ、僕たちの年齢と」

 胸の奥が、ぎゅっと冷めつけられる。 

 ノエルは、そっと俺の肩に触れた。

「ユリス、僕は……無理に全部知ろうとしなくてもいいと思う。でも、ユリスか知りたいのなら力になるよ」

「ノエル……」

 彼の言葉が、どこまでもあたたかくて。 泣きたくなるほど、やさしかった。

「あとさ……気づいてたけど、最近レオンのこと、特別に見てるでしょ?レオンも……」

「えっ……!」

「ふふ、隠しても無駄。俺、そっち方面も敏感だから…なにキスとかした?」

「う、うるさい……!」

 ノエルは笑った。いつもの、少しからかうよう。張り詰めた空気が少し緩む。ノエルのこういうところはほんと天才だな。

 それだけ言って、彼はそっと立ち上がった。

「また、あとでね。」

 ノエルが去ったあとの図書室には、静けさだけが残っていた。 俺はしばらく、そのまま動けずにいた

(……俺は、誰だったんだろう)

 マルディ医師。未登録のオメガ保護。十年前。 すべてが、霧の向こうにぼんやりと見えた
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この恋が運命じゃなくても

星川過世
BL
自身の第二の性から逃れたいαと運命の番との出逢いを夢見るΩが運命に逆らおうともがく話。ちょっだけ暗めかも。 他サイト様にも掲載中

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

【完結】まずは結婚からで。〜出会って0日、夫夫はじめました〜

小門内田
BL
ドケチで貧乏な大学生の瀧本 純也は、冷徹御曹司の諏訪 冬悟に交際0日、いや、初対面で結婚を迫られる!? 契約から始まった奇妙な結婚生活は、次第に互いの心を少しずつ変えていく。 “契約から本物へ―” 愛を知らない御曹司×愛されたがりの大学生の、立場も性格も正反対な二人が、不器用に心を通わせていく、ドタバタあり、じんわり甘い、ゆるやかな日常BL。 ※最初は少し殺伐としていますが、ゆっくりと変化していく物語です。 ※男同士の結婚が、一般的な世界線となります。 ※関係性をわかりやすくするため、「嫁」や「妻」といった表現を使用しております。 ※同タイトルのpixiv版とは、加筆・修正しておりますので、若干内容が変わっております。 予めご了承ください。 ※更新日時等はXにてお知らせいたします

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

祝福を授かりましたが、まるで呪いです。

めっちゃ抹茶
BL
異世界に生まれ変わって出会った、一組の運命の番であるαとΩの話。 ※ご都合主義があります ※オメガバースの知識がある人向け/作中で説明は一切ありません ※主人公が可哀想、ハッピーエンドではありません 主人公目線、あまり悲壮感はありませんがタグをご確認のうえ以上の事を念頭に、大丈夫な方のみお進み下さい。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

処理中です...