『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

文字の大きさ
26 / 67

25 もうひとりの俺

しおりを挟む
 もう何年も使われていない、灰色の石造りの旧研究棟。
  学院の外れ、誰にも気づかれないように、静かにそこにあった。

 重たい扉を押し開けると、錆びた蝶番が軋む音とともに、鼻を突く焦げたにおいと化学薬品の残り香――

 長机に書類を広げたまま、クラウス医師は顔を上げた。

「来てくれて、ありがとう」

 俺は無言で頷く。何も知らないふりをしながら、何かを確かめに来た。
  でも、心のどこかでは、何かが変わってしまう予感がしていた。

 クラウスは一枚のファイルを差し出した。
  黄ばんだ紙の表紙に、黒インクで無機質に書かれた文字が目に入る。
 ――「被験体記録」。
 俺の指先がわずかに震えた。

 ファイルを開くと、数枚の記録用紙が現れる。データ、体質変化、薬物反応、解析経過。
 そこの記されたに聞き覚えのある名前ふたつ。

「……ジュリオ、フラン…… 彼らは、誰なのですか」

 クラウスの目が、深く静かに俺を見据えた。

「一人は “ジュリオ”。君と共に育った被験体。そしてもう一人が……」

 彼は言葉を一度切ってから、そっと続けた。

「“フラン”。君自身だよ、ユリス」

 その瞬間、頭の奥がきしむように痛んだ。

「……冗談、ですよね? こんなの、俺じゃない……」

 震える声で否定する。でも――最後のページに、はっきりとそれは記されていた。

 《被験体 No.07 フラン》
  《特異核保持:Ω種・核反応区分A-SS ※王家承認下》

 右下に、小さく押された王家の紋章。
 見覚えがあった。否応なく、記憶の奥が軋む。

「君は、“希少オメガ核”の保有者だ。
  特異な因子を持ち、管理対象として、その存在は王家直属の監視下にあった」

「俺がオメガ?嘘だ……!」

 言葉が喉を裂くように漏れ出す。
  思考よりも先に、身体が拒絶していた。

 その時だった。視界が、真っ白に染まった。焼けるような匂い。まぶしい光。薬品の刺激。
 押し寄せる――記憶。

 白い壁、冷たい床。無機質な声。
 身動きできない身体。

 そして――
 痛い。助けて。
 泣いている、小さな自分。 誰かが、その手を掴んで走っている。

「しっかりしろ……フラン、もう少しで出られる……!」

 あの声――マルディ医師。
 彼は俺を抱きかかえ、暗い通路を走っていた。
 出口を目指して、必死に。

「大丈夫だ、君は自由になるんだ……!」

 そのときの熱が、確かにまだ、胸の奥で脈打っていた。
 失われた過去。本当にあった出来事。

「なんで……今になって」

 膝に力が入らず、俺はその場に崩れ落ちた。
 クラウスは目を伏せ、静かに答えた。

「マルディ医師は、君をただの被験体としてではなく、一人の人間として救おうとしていた。でも私は、君に知ってほしかったんだ。
  “何者か”として生きる前に、“君自身”を。」
  

  そしてクラウス医師は、もう一枚の写真を俺に差し出す。
 そこには、二人の幼い少年が写っていた。

 活発そうな身なりの良い男の子は満面の笑みを浮かべている、その子の袖を掴んだ白い髪の男の子……
  かすかな笑い声が、耳の奥でこだまする。
 この白い髪の子は俺だ、しかし目を奪われたのは“もう一人”の方だった。
 この瞳……どこかで、何度も見た
 ――レオン……なぜ、レオンが?

 声は、絞り出すようにかすれた。
 震える手で、俺は写真を見つめる。
 目の奥に刺さったその疑問に、言葉はまだ出ない。

 やっぱり、俺たちすでに出会っていたんだな……レオン
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この恋が運命じゃなくても

星川過世
BL
自身の第二の性から逃れたいαと運命の番との出逢いを夢見るΩが運命に逆らおうともがく話。ちょっだけ暗めかも。 他サイト様にも掲載中

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

【完結】まずは結婚からで。〜出会って0日、夫夫はじめました〜

小門内田
BL
ドケチで貧乏な大学生の瀧本 純也は、冷徹御曹司の諏訪 冬悟に交際0日、いや、初対面で結婚を迫られる!? 契約から始まった奇妙な結婚生活は、次第に互いの心を少しずつ変えていく。 “契約から本物へ―” 愛を知らない御曹司×愛されたがりの大学生の、立場も性格も正反対な二人が、不器用に心を通わせていく、ドタバタあり、じんわり甘い、ゆるやかな日常BL。 ※最初は少し殺伐としていますが、ゆっくりと変化していく物語です。 ※男同士の結婚が、一般的な世界線となります。 ※関係性をわかりやすくするため、「嫁」や「妻」といった表現を使用しております。 ※同タイトルのpixiv版とは、加筆・修正しておりますので、若干内容が変わっております。 予めご了承ください。 ※更新日時等はXにてお知らせいたします

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

祝福を授かりましたが、まるで呪いです。

めっちゃ抹茶
BL
異世界に生まれ変わって出会った、一組の運命の番であるαとΩの話。 ※ご都合主義があります ※オメガバースの知識がある人向け/作中で説明は一切ありません ※主人公が可哀想、ハッピーエンドではありません 主人公目線、あまり悲壮感はありませんがタグをご確認のうえ以上の事を念頭に、大丈夫な方のみお進み下さい。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

処理中です...