【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。

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25 もうひとりの俺

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 もう何年も使われていない、灰色の石造りの旧研究棟。
  学院の外れ、誰にも気づかれないように、静かにそこにあった。

 重たい扉を押し開けると、錆びた蝶番が軋む音とともに、鼻を突く焦げたにおいと化学薬品の残り香――

 長机に書類を広げたまま、クラウス医師は顔を上げた。

「来てくれて、ありがとう」

 俺は無言で頷く。何も知らないふりをしながら、何かを確かめに来た。
  でも、心のどこかでは、何かが変わってしまう予感がしていた。

 クラウスは一枚のファイルを差し出した。
  黄ばんだ紙の表紙に、黒インクで無機質に書かれた文字が目に入る。
 ――「被験体記録」。
 俺の指先がわずかに震えた。

 ファイルを開くと、数枚の記録用紙が現れる。データ、体質変化、薬物反応、解析経過。
 そこの記されたに聞き覚えのある名前ふたつ。

「……ジュリオ、フラン…… 彼らは、誰なのですか」

 クラウスの目が、深く静かに俺を見据えた。

「一人は “ジュリオ”。君と共に育った被験体。そしてもう一人が……」

 彼は言葉を一度切ってから、そっと続けた。

「“フラン”。君自身だよ、ユリス」

 その瞬間、頭の奥がきしむように痛んだ。

「……冗談、ですよね? こんなの、俺じゃない……」

 震える声で否定する。でも――最後のページに、はっきりとそれは記されていた。

 《被験体 No.07 フラン》
  《特異核保持:Ω種・核反応区分A-SS ※王家承認下》

 右下に、小さく押された王家の紋章。
 見覚えがあった。否応なく、記憶の奥が軋む。

「君は、“希少オメガ核”の保有者だ。
  特異な因子を持ち、管理対象として、その存在は王家直属の監視下にあった」

「俺がオメガ?嘘だ……!」

 言葉が喉を裂くように漏れ出す。
  思考よりも先に、身体が拒絶していた。

 その時だった。視界が、真っ白に染まった。焼けるような匂い。まぶしい光。薬品の刺激。
 押し寄せる――記憶。

 白い壁、冷たい床。無機質な声。
 身動きできない身体。

 そして――
 痛い。助けて。
 泣いている、小さな自分。 誰かが、その手を掴んで走っている。

「しっかりしろ……フラン、もう少しで出られる……!」

 あの声――マルディ医師。
 彼は俺を抱きかかえ、暗い通路を走っていた。
 出口を目指して、必死に。

「大丈夫だ、君は自由になるんだ……!」

 そのときの熱が、確かにまだ、胸の奥で脈打っていた。
 失われた過去。本当にあった出来事。

「なんで……今になって」

 膝に力が入らず、俺はその場に崩れ落ちた。
 クラウスは目を伏せ、静かに答えた。

「マルディ医師は、君をただの被験体としてではなく、一人の人間として救おうとしていた。でも私は、君に知ってほしかったんだ。
  “何者か”として生きる前に、“君自身”を。」
  

  そしてクラウス医師は、もう一枚の写真を俺に差し出す。
 そこには、二人の幼い少年が写っていた。

 活発そうな身なりの良い男の子は満面の笑みを浮かべている、その子の袖を掴んだ白い髪の男の子……
  かすかな笑い声が、耳の奥でこだまする。
 この白い髪の子は俺だ、しかし目を奪われたのは“もう一人”の方だった。
 この瞳……どこかで、何度も見た
 ――レオン……なぜ、レオンが?

 声は、絞り出すようにかすれた。
 震える手で、俺は写真を見つめる。
 目の奥に刺さったその疑問に、言葉はまだ出ない。

 やっぱり、俺たちすでに出会っていたんだな……レオン
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