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36 影の再会、囲われの刻(後編・レオン視点)
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「……レオン、お前が欲しい……」
ユリスの声が、俺の胸の奥を貫いた。
それはもう、理性の残響なんかじゃなかった。ただのうわ言。だけど、悲鳴みたいに、心に突き刺さった。
ベッドの上で体をくの字に丸め、シーツを握りしめて震えている。
その姿を見ているだけで、俺の中の何かが軋んだ。
「ユリス……っ」
唇を噛んだ。何度も、血が滲むほど。
俺の中にある本能が、叫んでいた。
アルファとして、オメガを求めろ、と。
ユリスの香りが、甘く、熱く、理性を溶かす。
でも――踏み出すわけにはいかなかった。
ユリスの目を見る。だが、そこに俺はいなかった。
焦点の定まらない瞳は、ただ欲望に濡れていて……もう、彼自身すら見失っている。
そのときだった。
「はぁ……これはきついな……」
扉の隙間から、ノエルが顔を出した。
手には小瓶。額には汗。呼吸も乱れている。
「ごめん、遅れた。クラウス先生を呼びに行こうとしたんだけど……お前の気配に引き寄せられちゃって」
「ノエル……!」
俺は振り返った。ノエルは苦笑いを浮かべながら、ベッドのそばまで来た。
「これ、僕の予備でいつも持ち歩いてる抑制剤。……正直、僕もオメガだから辛いけどさ……ユリス、これ以上は危ないよ」
ユリスはわずかにその声に反応しただけだった。
ノエルは迷いなく注射器を取り出し、小瓶の液体を移して、ユリスの腕へ針を刺した。
「ごめんね、ちょっとだけ我慢して」
数秒後、ユリスの体が小さく跳ねる。
目が見開かれたまま、意識が遠のいていった。
薬が流れ込んでいく感覚が、傍にいる俺にも伝わってくるようだった。
熱が――静かになっていく。
「……あ」
ユリスのまぶたが震えて、ふっと力が抜けた。
「ユリス……!」
俺は慌ててその体を抱きとめ、毛布をかけ直す。
その額に触れると、少しだけ熱が引いていた。
ノエルが大きく息を吐いた。
「いやぁ……本当にきついな。僕も危なかった……あの香り、あんなの反則だよ」
「お前まで巻き込まれてどうするんだ!」
声が荒くなる。
ノエルは肩をすくめて笑った。
「ごめんごめん。でもね、僕たちオメガは、この手のことに慣れておかないと。ユリスはきっと、これが初めての発情だから……そりゃキツいよ」
その言葉に俺は胸の奥が締めつけられた。
初めて――こんな苦しみを、ユリスは一人で耐えてたのか。
ノエルが目線を送ると、すぐにテオが駆け込んできた。
「ノエル、大丈夫? ユリスは……?」
「抑制剤、打ったよ。今は眠ってる」
「ありがとう、助かった……」
その時、廊下に足音が響いた。
クラウス先生が姿を見せた。
「……間に合ったか。無事かい、レオン?」
俺は額の汗を拭いながら立ち上がった。
「ユリスは……眠っています。ノエルが……抑制剤を」
先生はユリスの顔をのぞきこみ、そっと額に手を当てた。
「よくやったね。レオン、よく……耐えた」
その言葉には、医師としての敬意と……どこか深い苦味が滲んでいた。
「アレク・ヴァルフォードの名が出たと、ノエルから聞いている。何があった?」
「……兄が、医務室での検査を口実にユリスを個室に連れ込み、強制的に……発情させました」
先生の表情が鋭くなった。
目が、細く、深く……何かを思い出しているようだった。
「まさか……まだ“あの研究”に関与しているのか……」
「先生、それって……?」
ノエルが聞くと、先生は一度沈黙し、それから静かに口を開いた。
「十数年前……アレクは、ある“選ばれしアルファ”として登録された。
その相手となるのが、希少オメガ・核保有者ジュリオ」
俺の頭に、その名前が響いた。
「……ジュリオ?」
視線は自然と、眠るユリスへ向かっていた。
先生の声が、俺の背中を押すように続く。
「ユリス……いや、フラン。彼の相手――選ばれしアルファは、君だよ、レオン」
俺は息を呑んだ。
何もかもが、ようやく繋がっていく感覚。
ユリスの苦しみも、香りも、兄が何故希少オメガに執着しているのか――全部。
「詳しい話はあとだ。今は、ユリスを守ることが第一だ」
その言葉に、俺は再びユリスの手を握った。
熱は静まり、眠るユリスの顔は穏やかだった。
こんな表情を……守りたいと思った。
――俺が、守る。過去も、痛みも、未来も。
この手で、すべて。
もう迷わない。
俺は彼を、ユリスを、選ぶ。
ユリスの声が、俺の胸の奥を貫いた。
それはもう、理性の残響なんかじゃなかった。ただのうわ言。だけど、悲鳴みたいに、心に突き刺さった。
ベッドの上で体をくの字に丸め、シーツを握りしめて震えている。
その姿を見ているだけで、俺の中の何かが軋んだ。
「ユリス……っ」
唇を噛んだ。何度も、血が滲むほど。
俺の中にある本能が、叫んでいた。
アルファとして、オメガを求めろ、と。
ユリスの香りが、甘く、熱く、理性を溶かす。
でも――踏み出すわけにはいかなかった。
ユリスの目を見る。だが、そこに俺はいなかった。
焦点の定まらない瞳は、ただ欲望に濡れていて……もう、彼自身すら見失っている。
そのときだった。
「はぁ……これはきついな……」
扉の隙間から、ノエルが顔を出した。
手には小瓶。額には汗。呼吸も乱れている。
「ごめん、遅れた。クラウス先生を呼びに行こうとしたんだけど……お前の気配に引き寄せられちゃって」
「ノエル……!」
俺は振り返った。ノエルは苦笑いを浮かべながら、ベッドのそばまで来た。
「これ、僕の予備でいつも持ち歩いてる抑制剤。……正直、僕もオメガだから辛いけどさ……ユリス、これ以上は危ないよ」
ユリスはわずかにその声に反応しただけだった。
ノエルは迷いなく注射器を取り出し、小瓶の液体を移して、ユリスの腕へ針を刺した。
「ごめんね、ちょっとだけ我慢して」
数秒後、ユリスの体が小さく跳ねる。
目が見開かれたまま、意識が遠のいていった。
薬が流れ込んでいく感覚が、傍にいる俺にも伝わってくるようだった。
熱が――静かになっていく。
「……あ」
ユリスのまぶたが震えて、ふっと力が抜けた。
「ユリス……!」
俺は慌ててその体を抱きとめ、毛布をかけ直す。
その額に触れると、少しだけ熱が引いていた。
ノエルが大きく息を吐いた。
「いやぁ……本当にきついな。僕も危なかった……あの香り、あんなの反則だよ」
「お前まで巻き込まれてどうするんだ!」
声が荒くなる。
ノエルは肩をすくめて笑った。
「ごめんごめん。でもね、僕たちオメガは、この手のことに慣れておかないと。ユリスはきっと、これが初めての発情だから……そりゃキツいよ」
その言葉に俺は胸の奥が締めつけられた。
初めて――こんな苦しみを、ユリスは一人で耐えてたのか。
ノエルが目線を送ると、すぐにテオが駆け込んできた。
「ノエル、大丈夫? ユリスは……?」
「抑制剤、打ったよ。今は眠ってる」
「ありがとう、助かった……」
その時、廊下に足音が響いた。
クラウス先生が姿を見せた。
「……間に合ったか。無事かい、レオン?」
俺は額の汗を拭いながら立ち上がった。
「ユリスは……眠っています。ノエルが……抑制剤を」
先生はユリスの顔をのぞきこみ、そっと額に手を当てた。
「よくやったね。レオン、よく……耐えた」
その言葉には、医師としての敬意と……どこか深い苦味が滲んでいた。
「アレク・ヴァルフォードの名が出たと、ノエルから聞いている。何があった?」
「……兄が、医務室での検査を口実にユリスを個室に連れ込み、強制的に……発情させました」
先生の表情が鋭くなった。
目が、細く、深く……何かを思い出しているようだった。
「まさか……まだ“あの研究”に関与しているのか……」
「先生、それって……?」
ノエルが聞くと、先生は一度沈黙し、それから静かに口を開いた。
「十数年前……アレクは、ある“選ばれしアルファ”として登録された。
その相手となるのが、希少オメガ・核保有者ジュリオ」
俺の頭に、その名前が響いた。
「……ジュリオ?」
視線は自然と、眠るユリスへ向かっていた。
先生の声が、俺の背中を押すように続く。
「ユリス……いや、フラン。彼の相手――選ばれしアルファは、君だよ、レオン」
俺は息を呑んだ。
何もかもが、ようやく繋がっていく感覚。
ユリスの苦しみも、香りも、兄が何故希少オメガに執着しているのか――全部。
「詳しい話はあとだ。今は、ユリスを守ることが第一だ」
その言葉に、俺は再びユリスの手を握った。
熱は静まり、眠るユリスの顔は穏やかだった。
こんな表情を……守りたいと思った。
――俺が、守る。過去も、痛みも、未来も。
この手で、すべて。
もう迷わない。
俺は彼を、ユリスを、選ぶ。
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