【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。

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39 眠れぬ夜、ささやかな温もり(レオン視点)

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 差し入れを用意したのは、昨夜遅くのことだった。

 眠れぬままベッドに背を預け、天井を見つめていた俺の頭の中は、ユリスのことでいっぱいだった。

 あの夜から、彼はまだ目を覚ましていないと聞いた。ノエルが言うには、薬の効果で強制的に鎮められた発情は、体と心に思った以上の負担を残すらしい。

 心配で、苦しくて……俺にはどうすることもできなかった。

 だからせめて、眠りやすいようにと、ブランケットを選んだ。

 薄手だけど柔らかくて、肌に触れるとほんの少し安心できるやつ。タグに小さく「眠りやすいように」と書き添えたのは、せめてもの想いだ。俺の文字だと分かるようにしたのは、子どもじみた願いがあったから。

 ――ユリスに、自分の存在を思い出してほしかった。

 ミルクティー味のサブレも、アールグレイの茶葉も、以前一緒に街へ出たとき、ふと足を止めて見ていた店で選んだ。あのとき、彼は特に何も言わなかったけど、わずかに目を細めていた。

 そういう小さな記憶ばかりが、やけに鮮明に思い出される。

 翌朝、俺は包み終えた茶色の紙袋を持ってノエルのところへ行った。

「お願いがある」

 俺の言葉に、ノエルは目を細めた。何も言わず、ただ頷いて受け取るその仕草に、内心救われた気がした。

「ちゃんと、伝わるといいね」

 ノエルはそう言って微笑んだけれど、その表情にはどこか複雑なものが混じっていた。

 彼も、ユリスのためにずっと動いてくれている。ユリスにとっても、大切な存在だろう。それは痛いほど分かる。

 けれど、俺は――

 部屋に戻った俺は、彼の香りがまだかすかに残る毛布を握った。

 距離がある。直接顔を見て、話すことすらできない。

 それでも、どうしても伝えたかったんだ。

「ユリス……」

 小さくつぶやいた名前は、静まり返った部屋に虚しく響いた。

 夜、風が窓をかすめた。

 外はもうすっかり冷えている。季節が変わったことに気づくほど、俺の時間は止まっていたのかもしれない。

 あの夜――ユリスが俺に縋るようにして叫んだ言葉。

『……レオン、お前が欲しい……』

 理性のないその声が、今も耳にこびりついている。苦しそうで、切なくて、でも確かに、俺を求めていた。

 俺も……同じだった。

 オメガとしての彼を求めたんじゃない。ユリスとして、彼のすべてを抱きしめたかった。

 けれど、踏み出せなかった。

 彼が正気ではないと分かっていたから。あの状況で俺が動いたら、それはただの欲望だ。

 でも、もしユリスが目を覚まし、俺のことを拒んだとしたら。

 もし――オメガである自分を、恥じて、俺を避けるようになったら。

 そんな可能性が頭をよぎるたびに、胸が軋む。

 けれど、それでも構わない。彼がそうしたいなら、俺はその選択を受け入れる。

 でも、忘れないでいてほしい。

 俺が、君を“ユリス”として愛していること。

 “オメガだから”なんて関係ない。

 ただ、君だから。

 君の声、君の手、君の横顔、君のすべてを、ずっと――

 ノエルが持っていってくれた紙袋が、今、ユリスのそばにあると思うだけで、少しだけ心があたたかくなる。

 あのブランケットに包まれて、ほんの少しでも心が落ち着けばいい。

 アールグレイの香りで、眠れる夜が訪れればいい。

 そしていつか、彼が目を覚ましたとき。

 少しでも、俺の想いが届いていてくれたら――

 それ以上のことは、今は望まない。

 ただ、彼の心が少しでも休まるように。

 願いを込めて、俺はただ、手を胸に置いた。
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