『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

文字の大きさ
41 / 67

40 夜明けに君と(ノエル視点)

しおりを挟む
 ユリスの寝息が、静かに部屋に溶けていた。

 ようやく熱は下がり、薬の効果も出てきたらしい。呼吸は落ち着き、少し前まで見せていた苦悶の表情も、今は消えている。

 その寝顔を見ながら、俺はずっと傍に座っていた。

 ……でも、胸の奥がずっとざわついている。

 オメガであること。発情。番の記憶。ユリスの抱えるものは、きっと想像以上に重い。
 誰よりも彼の苦しみに寄り添いたいと思っていたのに、あの瞬間、俺は……自分の感情に押し流されそうになった。

 ノエル、お前もオメガだろ? ユリスを守るなんて…何ができる?

 ずっと昔から、俺は“守られる側”として生きてきた。

 生まれながらのオメガ。しかも、三大財閥のひとつ、“ファサード家”の末の息子。
 父も兄たちもアルファとして堂々たる存在で、周囲から「選ばれし血」と呼ばれることもあった。

 その中で、俺は“特別なオメガ”として育てられた。
 丁重に、徹底的に守られ、誰にも触れさせないように扱われた。

 愛されていた。疑いようもなく。

 けれど、時折、息苦しくなることがあった。

 守られることが、まるで“囲われている”ようにも感じた。
 どんなに自由に見えても、自分の行動は“オメガである自分”に許された範囲でしかなかった。
 優しさが檻に見えたこともある。
 兄たちがどんなに思いやりを持って接してくれても、「守られる」ことしか許されていない気がしていた。

 だからこそ、俺は学院への進学を選んだ。

 “ファサード家のノエル”ではなく、“自分自身”として、生きたかった。

「……ノエル?」

 声に肩が跳ねた。

 振り返ると、そこにいたのはテオだった。

 優しげな目。少し乱れた前髪。どこか眠そうなのに、それでも俺の顔をじっと見てくる。

「お前……まだ起きてたの?」

「うん。なんか寝れなくて」

 彼は言いながら、俺の横にそっと腰を下ろす。

 手に持っていた紙袋を差し出してきた。

「……ほら。これ、街で見つけてさ。ノエルが好きそうなやつ」

 中には、キャラメルミルクティーのキャンディ、ハーブティーのパック、そして、猫のイラストが描かれたふわふわの靴下。

「なんで猫……?」

「ノエル、猫っぽいから。ほら、ツンツンしてんのに気づいたら膝にいる、みたいな」

 俺は思わず笑ってしまった。

「……なにそれ」

「いや、本気で思ってる」

 テオは肩をすくめて、ふにゃっとした笑顔を見せる。その笑顔が、どうしようもなくあたたかい。

「……ありがとう」

 小さく呟いた俺の言葉に、テオは静かに頷いた。

 しばらく、二人で黙っていた。隣に並んで、夜明けの光を待つ。

 窓の外が、ほんのりと白んでくる。

「なあ、ノエル」

「ん?」

「俺、聖クロノアに来たの、なんでか知ってる?」

「うん。推薦組だったっけ。実技優秀って……」

「ううん。実は違う」

 テオはぽつりと呟いた。

「……ノエルがここに行くって知って、俺も行こうって決めたんだ。だから、死ぬほど勉強した。寝ないで、何日も」

 驚いた俺に、彼は照れたように笑った。

「昔からさ、ノエルって無理するじゃん。ひとりでなんでも背負おうとするし。だから、俺が傍にいなきゃって思ってたんだよ、ずっと」

「……」

「でも、なんか……気づいたら、“守りたい”とかそんな言葉じゃなくて、ただ、“一緒にいたい”って思ってた」

 その言葉に、心が音を立てて揺れた。

 自分が“誰かに守られたい”なんて、思っていなかった。

 だけど――“テオになら”と思える自分がいた。

 ふと、テオの手が俺の手に触れた。

 少し冷たくて、でもやわらかい。

「ノエル。……泣いていいよ。俺の前なら」

「……泣いてないし」

 拗ねた声を出す俺の頬に、彼の指がそっと触れる。
 涙を、拭っていた。

「泣いてる」

「……バカ」

 小さく吐き捨てたその一言に、テオはくすっと笑って、俺の頭を引き寄せた。

 その胸に、自然と身を預ける。

 どこか懐かしい、木の匂いと洗剤の香り。
 小さな頃、雨の日に一緒に遊んだ土の匂いも思い出す。

「ノエル、俺さ……オメガとかベータとか、そういうの、関係ないんだ。お前が、お前でいてくれればそれでいい」

「……」

「だからさ、もう無理しなくていいよ。お前が苦しいとき、俺が傍にいるから」

 胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。

 ずっと欲しかった言葉だった。
 誰にも言ってもらえなかったその一言を、テオは迷いなく口にしてくれる。

 ──気づいてたのかもしれない。

「ねえ、テオ」

「うん?」

「……好き」

 呟くように言った言葉に、テオの手が少し強く俺を抱き寄せた。

「俺も」

 その一言だけで、十分だった。

 夜が明けていく。
 淡い光が、ユリスの眠る部屋にも差し始めている。

 誰かを守ることと、誰かに守られること。
 その境界線に、初めて足を踏み入れた夜だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この恋が運命じゃなくても

星川過世
BL
自身の第二の性から逃れたいαと運命の番との出逢いを夢見るΩが運命に逆らおうともがく話。ちょっだけ暗めかも。 他サイト様にも掲載中

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

【完結】まずは結婚からで。〜出会って0日、夫夫はじめました〜

小門内田
BL
ドケチで貧乏な大学生の瀧本 純也は、冷徹御曹司の諏訪 冬悟に交際0日、いや、初対面で結婚を迫られる!? 契約から始まった奇妙な結婚生活は、次第に互いの心を少しずつ変えていく。 “契約から本物へ―” 愛を知らない御曹司×愛されたがりの大学生の、立場も性格も正反対な二人が、不器用に心を通わせていく、ドタバタあり、じんわり甘い、ゆるやかな日常BL。 ※最初は少し殺伐としていますが、ゆっくりと変化していく物語です。 ※男同士の結婚が、一般的な世界線となります。 ※関係性をわかりやすくするため、「嫁」や「妻」といった表現を使用しております。 ※同タイトルのpixiv版とは、加筆・修正しておりますので、若干内容が変わっております。 予めご了承ください。 ※更新日時等はXにてお知らせいたします

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

祝福を授かりましたが、まるで呪いです。

めっちゃ抹茶
BL
異世界に生まれ変わって出会った、一組の運命の番であるαとΩの話。 ※ご都合主義があります ※オメガバースの知識がある人向け/作中で説明は一切ありません ※主人公が可哀想、ハッピーエンドではありません 主人公目線、あまり悲壮感はありませんがタグをご確認のうえ以上の事を念頭に、大丈夫な方のみお進み下さい。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

Endless Summer Night ~終わらない夏~

樹木緑
BL
ボーイズラブ・オメガバース "愛し合ったあの日々は、終わりのない夏の夜の様だった” 長谷川陽向は “お見合い大学” と呼ばれる大学費用を稼ぐために、 ひと夏の契約でリゾートにやってきた。 最初は反りが合わず、すれ違いが多かったはずなのに、 気が付けば同じように東京から来ていた同じ年の矢野光に恋をしていた。 そして彼は自分の事を “ポンコツのα” と呼んだ。 ***前作品とは完全に切り離したお話ですが、 世界が被っていますので、所々に前作品の登場人物の名前が出てきます。***

処理中です...