『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

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42 レオンへ 封をしない想い

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 便箋の上で、ペン先が宙をさまよっている。

 何を書けばいいのか、正直わからない。言葉が浮かんでは消え、また浮かんでも、すぐに喉の奥に引っかかるように胸の中でつかえてしまう。

 レオン。

 その名前ひとつ、紙に書くのにも勇気がいるなんて。

 

 あれから数日が経った。ノエルの言葉が、ずっと頭の中に残っていた。

「言葉にするのって、案外、楽になるよ」

 本当にそうなのだろうか? こうやって誰かに手紙を書くのは、初めてだと思う。俺が伝えたかった言葉――

 でも、レオンには、何も伝えられないままだった。

 

 あいつは、あの夜も俺を責めなかった。

 発情の症状が出た俺を、ただ静かに抱きしめてくれて、震える手を取って、「大丈夫だ」って何度も言ってくれた。自分自身のアルファ本能を、必死に理性で抑えて――

 なのに、俺はその手を握り、彼を求めた。オメガとしての俺が、彼を欲しいと思ってしまった……

 初めての発情は、あまりに強すぎて、俺の意識はほとんど飲み込まれていた。

 目の前の便箋に、そっと文字を書き出す。



 レオンへ

 ……これだけで、もう胸がいっぱいになる。

 でも、書こう。今の俺にできる精一杯で、俺の気持ちを。

 

 元気ですか?

 今はどう過ごしているのか、ちょっと想像してみたけど、相変わらず寮でひとり、みんなを見ているのか?

 ティーカップを片手に、不器用に笑って。お前は、そういうやつだよな。

 自分のことより、他人の心配ばかりしてる。

 ……そこが、俺はずるいと思ってた。

 

 自分でも驚くほど、すらすらと言葉が出てくる。

 胸の奥にしまい込んできた想いが、蓋を開けたようにこぼれ出していく。

 

 俺、あの夜からずっと怖かった。

 自分の体が勝手に反応することも、心が追いつかないのに何かを欲してしまうことも。

 それがもし、オメガの本能で
 ――俺はわからないんだ。

 俺が君を「欲しい」と言ったあの言葉が、ユリスとしてのものだったのか、オメガの本能だったのか、どちらにしても、怖かった。

 

 お前のことを、感情に任せて、求め、受け入れてほしい……と思ってしまった俺が、何より怖かった。

 
 俺は、自分がベータだと思って、自由に生きているつもりだった。

 お前ともバース性にとらわれず、当たり前を壊して、自由な恋をしているつもりだった。

 誰かの番になるとか、自分がオメガだとか……

 きっと、どこかで気づいていたのかもしれない。

 誰かのものになるのが、弱くなることみたいで。

 そうやって、ずっと強がって生きてきたんだと思う。

 

 でも――

 お前のくれたブランケットに包まれて、お前のくれた紅茶を飲んで、
 その香りと温度に安心して、泣きそうになった自分がいた。

 お前のそば心地よかったんだなぁ……
 初めてそれを認めた気がした。そして、お前に守られているのが、懐かしく感じたよ。

 

 ……だから、怖いんだ。

 これ以上、踏み込んだら、きっと戻れないってわかってるから。

 お前の前で、泣きたくなってしまうから。

 
 でも、ノエルが「気づいただけだよ」って言ってくれて、少し楽になった。

 俺が弱かったわけじゃない。

 ただ、オメガとしての俺が、人を――レオンを――好きになること、怖かったんだ。

 

 手紙はここで一度止まる。

 ペンを置き、机の端に置いたアールグレイの小瓶を指先で転がした。

 あの香りは、レオンそのものだった。

 優しくて、温かくて、少しだけ切ない。

 

 俺はまだ、お前に「会いたい」とはっきり言えない。


 けれど――それでも、君のことを考えている。

 毎朝、目が覚めて、最初に浮かぶのは君の顔だ。

 夜、眠る前に思い出すのも、君の声だ。

 だから、これはその始まりの手紙です。

 返事はいらない。

 ただ、レオンに「ありがとう」を伝えたかった。

 あの夜、お前は本能に任せて俺を番にしなかったこと。

 差し入れを選んでくれたこと。

 そして、俺を好きだと言ってくれたこと――

 全部、ちゃんと受け取っています。

 手紙を書き終えても、まだ心はざわついている。

 けれど、それは「怖さ」じゃなくて、「期待」だと思った。

 レオンに渡す日が来るかどうかは、わからない。

 でも、こうして言葉にできただけで、

 少しだけ進めた気がする。

 

 ――レオン。

 俺、お前のことを想ってるよ。

 まだ、お前に会う自信はないけど……

 お前が俺の中にちゃんといるってことだけは、信じられる。

 

 封筒に手紙を入れ、「レオンへ」とだけ書いた。

 すぐに渡すつもりはない。

 けれど、それを机の引き出しにしまいながら、ふっと息がこぼれた。

 あたたかくて、やわらかな息。

 ほんの少しだけ、前を向けた気がした。
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