【完結】聖クロノア学院恋愛譚 ―君のすべてを知った日から―

るみ乃。

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51 再会の予兆

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「……生きてる?」

 俺の声が、やけに遠く感じた。
 マルディ医師の持ってきた資料は、すべて俺の常識をぶち壊すには十分すぎるほど正確だった。
 ジュリオが。あの爆発の中で消えたはずの彼が、まだ——この世界のどこかで生きている。

「確証はない。でも、これは新しい痕跡よ」

 マルディが机の上に叩きつけるように置いた小型のホログラフデバイスが、データログを表示した。

 気圧変動、特殊フェロモン反応、そして——認識阻害シールドの痕跡。
 あの逃亡劇の後、監視網からも逃れるようにして消えた存在の「痕」が
 封鎖区域の旧研究区画で発見されたらしい。

「ジュリオが助けたのは俺たちだ」

 レオンが腕を組みながら言う。

「アルクを裏切り、俺たちを脱出させた。
 その報いはきっと、地獄みたいなもんだったはずだ」

 俺は頷いた。あの日、確かに見た。
 崩れ落ちる研究棟の中、火と煙の向こう側に、ジュリオがいた。
 振り返りもせず、出口へと俺たちを押し出し——自分は戻った。

 もう二度と、会えないと思っていた。

「その可能性が……あるってわけか」

「ジュリオ……」

 言葉が空気に溶けた。彼の手がわずかに震えていたことだけが、感情のすべてだった。

「生きている可能性があるなら、必ず探す」

 それだけを、彼は静かに言った。
 執念にも似た声だった。

「……でも、俺たちも動く必要がある」

 レオンが口を開いた。

「アルクは間違いなく、もうこちらの動きを察知してる。兄さんが俺たちを見逃すわけがない」

「罠かもしれない。でも行く」

 俺ははっきり言った。

「ジュリオは、俺たちのために全部を捨てた。その彼がどこかで生きてるなら、迎えに行く。それだけだ」

 クラウスが目を細めた。

「もう、君は“被験体”じゃないな。私よりもずっと、自由だ」

 そう言って、彼は優しく微笑んだ。
 その微笑みに少しだけ、過去のクラウスの面影が重なった気がした。



 夜、レオンと二人で学院の裏庭を歩いていた。
 空は薄曇り、星はひとつも見えない。

「なあ、ユリス」

 レオンが口を開いた。

「兄さんがどういうつもりなのか、まだ見ない。だけど……俺は信じたいんだ」

「アルクを?」

「違う。お前を、だ」

 その目はまっすぐで、まるで剣のようだった。

「お前が、誰を選ぶのか。何を信じて進むのか。そこだけは、俺は……見届けたい」

 返事はしなかった。できなかった。

 胸の奥に、ずっと冷たい棘が刺さっていた。

 “選べ”と、誰もが言う。

 感情を。立場を。未来を。

 でも、選ぶことの重さを、誰も語ってはくれない。

 それでも俺は。

 ——俺たちは、もう、止まるわけにはいかない。

 ジュリオが生きているなら。
 あの日、俺たちを逃したあの手に、もう一度触れられるのなら——

「必ず見つける」

 そう呟いた俺の声は、風の中に消えていった。
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