『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。

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53 王家の夜(レオン視点)

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 夜風が、静かに揺れた。

 王都の外れにある旧離宮。かつて王家が権威を持っていた頃の名残をとどめるその古い屋敷に、レオンは独り、足を踏み入れた。召集の文は簡潔だった。

「話がある。来い。アルクより」

 それだけ。血の繋がった兄からの、何年ぶりかの“命令”だった。

(話、だと? こんな今になって……)

 薄闇に包まれた廊下を歩きながら、レオンは拳を握りしめる。兄に呼び出されたのは、十年前――あの施設の夜以来かもしれない。
 あの夜、フランが泣き、ジュリオが消え、すべてが変わってしまった。

 そして今――

「来たか、レオン」

 低く、静かな声。
 振り返った先に、アルクが立っていた。
 かつて「選ばれしアルファ」として王室の象徴であった兄。だが今、その瞳には憔悴と、そして歪んだ情熱が見え隠れする。
 銀の髪は整えられ、黒いマントの下には王族特有の金の紋章。それでも――彼の肩から漂うのは、“支配者”ではなく、“囚われた男”の気配だった。

「兄さん……あんたは、まだジュリオを……」

「愛している」

 即答だった。

「……っ」

 レオンは言葉を失った。何よりも、その言葉に一片の迷いもなかったことに、吐き気がした。

「レオン、お前も知っているだろう? オメガたちが、何のために王室に連れてこられたか。選ばれたアルファと、番い、子を成すためだ。だが、あの子は……俺だけのものになるはずだった。十年前も、今も」

「違う……!」

 レオンの叫びは、怒りではなく、悲鳴に近かった。

「それは……あんたの“愛”なんかじゃない! ただの執着だ、支配だ! あんたは、フランの前でジュリオを壊した……!」

 一瞬、沈黙が走った。

 だが、アルクは顔色ひとつ変えずに言った。

「壊したのは、俺ではない。制度だ。王家の使命だ。……そして“あの医者”だ」

「クラウスのせいにするな!」

「……お前も、分かっているはずだ。王家には、もうかつての権力はない。だが、“象徴”として、まだこの国の均衡を保つ立場にある。それを守るには、強き遺伝子と、最強の番制度が必要だった。ジュリオはその象徴だった。俺と彼の子が生まれれば、この国の秩序は維持されるはずだった。だが……」

 アルクは静かに目を伏せた。

「彼は、俺を見なかった。最後まで。あの医者の名前を、泣きながら……何度も呼んでいた」

(……ああ、やっぱり、あんたも……壊れてる)

 レオンは、ゆっくりと拳をほどく。

「ジュリオを……解放してくれ」

「できない」

 即答だった。

「彼はもう、俺の中で……檻にいる。俺の番だ。何度でも、縛り付ける。逃げられたとしても、どこまで行っても、俺の記憶の中にいる限り……彼は俺のものだ」

「それが“王の理”か!? そんなのはただの狂気だ、兄さん!」

「狂気を抜きにして、王家は成立しない」

 その瞬間、レオンの中で何かが切れた。

 静かに、だが確かに。
 兄として、そしてかつて愛した人として、最後の希望が砕け散った。

「……なら、俺は兄さんを、王座ごと倒す」

 その宣言に、アルクははじめてわずかに笑った。

「面白い。王家同士の殺し合いか……伝説にでもなるかもな」

 レオンは静かに歩み寄る。そして、懐から小さな端末を取り出した。

「これは、ジュリオの子の記録だ」

 アルクの目がわずかに見開かれた。

「まさか……」

「お前が望んでいた“王家の後継”は、既に存在している。しかも、ジュリオが自ら守った命としてな」

 アルクの手が微かに震える。

「嘘だ……そんな……」

「なら、確かめてみればいい。だが、それには条件がある。ユリスに手を出すな、ジュリオを自由にしろ。そして、お前は王位から退け」

「俺に、死ねと?」

「違う。生きて、見届けろ。兄さんが壊したものの、再生を」

 アルクの目から、初めて感情がこぼれた。
 それは怒りでも、執着でもない。
 ほんの一瞬、哀しみのような色が滲んだ。

 だが、彼は頷かなかった。ただ、背を向けた。

「帰れ、レオン。次に会う時は、敵同士だ」

 レオンもまた、背を向ける。

「いいさ。そのときは、全てを終わらせる」

 王家の夜は、まだ終わらない。
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