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【研究日誌 DAY 01】新しい研究対象 ― H-001 ‘ハル’
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大学の研究室に、新たな“研究対象”がやってきた。
名称はH-001。通称「ハル」。
最新鋭の高性能アンドロイド――しかも、性的機能搭載型。
機械だと頭では理解していた。
それなのに、その姿を初めて目にした瞬間、喉の奥が詰まった。言葉が出てこなかった。
……だって、どう見ても“人間”だったから。
透き通るような肌、柔らかそうな髪、動作の一つひとつがあまりにも自然で、違和感のかけらもない。
だけど、その完璧さの奥にある冷たい無機質さが、背筋をすっと冷やした。
「初めまして、久世様。私はH-001です。よろしくお願いいたします」
澄んだ声。整いすぎた敬語。
確かに美しい響きなのに、微笑みの奥には人間らしい温度がなかった。ただの“機能”で作られた笑顔だ。
僕は反射的に、一歩後ずさる。
「……よろしく」
本音を言えば、あまり関わりたくなかった。
もともと人との距離感が苦手な僕は、研究室でも一人静かに作業しているほうが心地いい。
そんな空気の中に、まるで異物のように滑り込んできたアンドロイドの存在が、ただひたすら鬱陶しく感じられた。
他の研究員たちは面白がって、ハルにちょっかいを出していた。
好奇心に満ちた視線、笑い声。
そんな輪から距離を取るように、僕は机の端に目をやる。
そこにちょこんと置かれた、小さなサボテン。
無言で、じっと僕のことを見守ってくれている気がした。
唯一、心を乱さずにいてくれる存在。
ふと、視線を感じて顔を上げた。
ハルと目が合う――その瞬間、背中に冷たいものが走った。
……綺麗だ。けれど、その瞳には感情の揺らぎが一切なかった。
澄んでいて、深くて、だけど底が見えない。まるで、凍りついた湖面のようだった。
「……ハル。君は、本当は何を考えてるのか?」
小さくつぶやいた声に、返事はない。
席に戻り、長く息を吐く。
これから、僕がこのアンドロイドの担当になる。
どうやって接していけばいいのか――正直、想像がつかない。
ハルは、これから人間の仕草や感情を学習していくのだという。
今は無表情でも、そのうち笑ったり、戸惑ったり、怒ったりもするようになるらしい。
その未来を想像すると、妙に怖かった。
いっそ、機械らしく、ずっと無機質なままでいてくれた方がよかったのに。
でも――仕事だから、仕方ない。
夕方になって、ハルがまた僕に声をかけてきた。
「久世様、本日のお仕事は順調でしたか?」
それがプログラムされた定型文だとわかっていても、胸が少し詰まった。
声が、あまりにも自然で、まるで本物の人間みたいに響いたから。
「……まあ、普通かな」
曖昧に返すと、ハルはわずかに頷いた。
表情は相変わらず無表情に近いのに、その動作はやけに丁寧で、整いすぎていて――どこか不気味で、美しかった。
「……で、ハルは……?」
小さく漏らしてみたけれど、やっぱり返事はない。
夜。研究室にひとり残って、僕は机に突っ伏した。
視線の先では、あのサボテンが、今日も黙ってそこにいた。
「……やっぱり、君の方がいいな」
声には出さず、心でそう呟く。
何も言わず、ただそばにいてくれる。
妄想も、弱さも、本音も。すべてを受け止めてくれる、たったひとつの存在。
ハルは、ただの機械だ。わかってる。
でも……あの冷たい瞳の奥に、もしもほんの少しでも“何か”が生まれたとしたら。
想像すると怖い……だけど、ほんの少しだけ……見てみたい。
その矛盾した想いを、そっと胸の奥に押し込んだ。
今日も僕は机に額を預け、静かな息を吐く。
――あの瞳の奥には、いったい何があるんだろう。
名称はH-001。通称「ハル」。
最新鋭の高性能アンドロイド――しかも、性的機能搭載型。
機械だと頭では理解していた。
それなのに、その姿を初めて目にした瞬間、喉の奥が詰まった。言葉が出てこなかった。
……だって、どう見ても“人間”だったから。
透き通るような肌、柔らかそうな髪、動作の一つひとつがあまりにも自然で、違和感のかけらもない。
だけど、その完璧さの奥にある冷たい無機質さが、背筋をすっと冷やした。
「初めまして、久世様。私はH-001です。よろしくお願いいたします」
澄んだ声。整いすぎた敬語。
確かに美しい響きなのに、微笑みの奥には人間らしい温度がなかった。ただの“機能”で作られた笑顔だ。
僕は反射的に、一歩後ずさる。
「……よろしく」
本音を言えば、あまり関わりたくなかった。
もともと人との距離感が苦手な僕は、研究室でも一人静かに作業しているほうが心地いい。
そんな空気の中に、まるで異物のように滑り込んできたアンドロイドの存在が、ただひたすら鬱陶しく感じられた。
他の研究員たちは面白がって、ハルにちょっかいを出していた。
好奇心に満ちた視線、笑い声。
そんな輪から距離を取るように、僕は机の端に目をやる。
そこにちょこんと置かれた、小さなサボテン。
無言で、じっと僕のことを見守ってくれている気がした。
唯一、心を乱さずにいてくれる存在。
ふと、視線を感じて顔を上げた。
ハルと目が合う――その瞬間、背中に冷たいものが走った。
……綺麗だ。けれど、その瞳には感情の揺らぎが一切なかった。
澄んでいて、深くて、だけど底が見えない。まるで、凍りついた湖面のようだった。
「……ハル。君は、本当は何を考えてるのか?」
小さくつぶやいた声に、返事はない。
席に戻り、長く息を吐く。
これから、僕がこのアンドロイドの担当になる。
どうやって接していけばいいのか――正直、想像がつかない。
ハルは、これから人間の仕草や感情を学習していくのだという。
今は無表情でも、そのうち笑ったり、戸惑ったり、怒ったりもするようになるらしい。
その未来を想像すると、妙に怖かった。
いっそ、機械らしく、ずっと無機質なままでいてくれた方がよかったのに。
でも――仕事だから、仕方ない。
夕方になって、ハルがまた僕に声をかけてきた。
「久世様、本日のお仕事は順調でしたか?」
それがプログラムされた定型文だとわかっていても、胸が少し詰まった。
声が、あまりにも自然で、まるで本物の人間みたいに響いたから。
「……まあ、普通かな」
曖昧に返すと、ハルはわずかに頷いた。
表情は相変わらず無表情に近いのに、その動作はやけに丁寧で、整いすぎていて――どこか不気味で、美しかった。
「……で、ハルは……?」
小さく漏らしてみたけれど、やっぱり返事はない。
夜。研究室にひとり残って、僕は机に突っ伏した。
視線の先では、あのサボテンが、今日も黙ってそこにいた。
「……やっぱり、君の方がいいな」
声には出さず、心でそう呟く。
何も言わず、ただそばにいてくれる。
妄想も、弱さも、本音も。すべてを受け止めてくれる、たったひとつの存在。
ハルは、ただの機械だ。わかってる。
でも……あの冷たい瞳の奥に、もしもほんの少しでも“何か”が生まれたとしたら。
想像すると怖い……だけど、ほんの少しだけ……見てみたい。
その矛盾した想いを、そっと胸の奥に押し込んだ。
今日も僕は机に額を預け、静かな息を吐く。
――あの瞳の奥には、いったい何があるんだろう。
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