『蒼い翼の約束』〜天使の恋は罪に堕ちる〜』

るみ乃。

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第2章『愛という名の罪』(少年期)

8「祝福とささやきのあいだで」

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 天界の光は、今日も変わらず穏やかに降り注いでいた。

 けれどそのぬくもりは、もう僕の心には届かない。
 神の祝福でさえ、胸の痛みを和らげてはくれなかった。

 誰にも言えない想いが、胸の奥でじくじくと疼いている。
 まるで、傷のように。いや、罪のように――。

「……ルシファス」

 名を呼ばれて振り返ると、そこには幼馴染のガブリエルが立っていた。

 真面目で、真っ直ぐなまなざし。昔から変わらない瞳だった。
 でも今日のそれは、どこか揺れていた。哀しみとも怒りともつかぬ色を帯びて。

「お前……ミカエルへの想いが、どれだけいけないことかわかってるんだろう?」

 彼の声は、静かだった。責めるようでいて、どこか諦めているようでもあった。

「ミカエルは“神の正義”そのものだ。
 その光に、影を落とすようなことは……許されない。誰にも」

「……ガブリエル」

「俺は……あいつの“影”でも構わないと思ってる。
 でも、お前は――その光に、触れようとしてるじゃないか」

 言葉は穏やかだったけれど、それだけに痛みが鋭く胸を突いた。
 彼もまた、ミカエルを……。

 その事実が、音もなく心の中で崩れ落ちていくのを感じた。

 ――僕たち天使は、神の子。

 誰かを“特別”に想うことさえ、本来は許されない。
 それでも、見てしまった。感じてしまった。
 あの光に、あの微笑みに……心を奪われてしまった。

 

 天の書庫の裏庭――“神の庭”と呼ばれるその静かな場所に、金の髪が揺れていた。

 ミカエルだった。

 ひとり、白銀の剣を振っている。
 その姿は、神々しく、美しく……けれど、どこか苦しそうで。

 まるで、何かを振り払うように。見えない敵と、戦っているかのように。
 ひたすらに、何度も、何度も剣を振り下ろしていた。

 けれど、その背中は小さく震えていて――
 まるで、すがるように、助けを求めているようにも見えた。

「ミカエル……?」

 思わず名を呼ぶと、君の動きが止まった。

 振り返ったその頬に、汗と――一筋の涙が、光っていた。

「……っ、ルシファス。……見られちゃった、ね」

 苦笑まじりの声が、あまりにも優しくて、切なくて。
 君はそっと剣を地面に立てかけた。

「明日、神の祝福を受けて、“剣の光”として神の軍に加わることになったんだ」

「……そう、なんだ」

 震える声を隠せなかった。
 喉が、乾いていた。言葉が、うまく出てこなかった。

 君が、遠くへ行ってしまう――
 そんな予感だけが、胸を締めつける。

「……嬉しくないわけじゃないんだよ。神に選ばれるって、名誉なことだから」

 でも、君の声には誇りよりも、不安が滲んでいた。

「でも……怖いんだ。何かを、失ってしまいそうで」

 その“何か”が何か、僕にはわかってしまう。
 だけど、それを言葉にするのが、あまりに怖かった。

 君の“正しさ”と、僕の“想い”が、交わることのない場所にあるような気がして。

 

「僕たちは、神の子として生まれ、秩序に従って役目を果たす。それが存在理由――」

 ミカエルがつぶやいた言葉は、まるで自分自身を縛る呪文のようだった。
 その声はかすかに震えて、どこか哀しげで……まるで、自分を慰めているようで。

 だからこそ、僕は―― 言いかけた言葉を、飲み込んだ。
  「行かないで」
 とは、どうしても言えなかった。


 僕たちは、神の子。
 ミカエルの背中が、遠い。
 ほんの数歩しか離れていないはずなのに、まるで透明な壁が、ふたりを隔てているようだった。

 ――好きだ。ミカエルが、好きだ。

 でもこの想いは、きっと君の“正義”の前では踏みにじられてしまう。
 そんなことは、わかっているのに。

 それでも僕は、願ってしまう。 どうか、彼が僕の方を見てくれますように、と。

 たとえ罪と呼ばれても――
 僕は、君を想ってしまったから。
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