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ゆきまる。

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オメガバース

心中

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「いやだ!!!!いや!!!来ないで!!!!!!!」

守るように頸で両手を組み、随分と痩せ細ってしまった身体を縮こまらせ、ベッドの上で蹲っている彼は正真正銘俺の番であった。

「リイル…少しでいいから、食べてくれ…」

ここに置いておくから、と聞こえているのかもわからない彼に語りかけ、部屋の中心に置いてあるテーブルへ食事を置くのもいつも通り。

「いやだ、いや…たすけて、カイン…」

目の前にいるのに、そう思う度に己の無力さを恨み、心が軋む音がする。


何故あの時側にいなかったのか、あの時無理矢理にでも同行していれば、あの時屋敷から出るなと言えていれば。

これまでいくつも考えたたらればを繰り返してはまた、自己嫌悪に陥る。





運命の番と出会い無事に結ばれた俺はこれ以上ないくらいの幸福感に満ち溢れていた。

そんな幸せが崩れてしまったのは番となって2年、今から1年前の事だった。





その日は領地にある村で収穫祭が行われる日だった。

2人で祭りに参加しようと約束していたのに、俺は城からの急な呼び出しに応じなければいけなくなった。

「一緒に行けなくて申し訳ない…」

「ううん、また来年もあるし大丈夫」

「…そうだな、でも気をつけるんだぞ。護衛から離れないように」

「分かってるよ。もう子どもじゃないんだから、心配しないで。それに少し周ったらすぐに帰るよ」

「そうか…じゃあ、楽しんで」

いってきます、とリイルの額に口付け愛馬に跨り城へと急いだ。




リイルと共に村へ向かった護衛が殺され、リイルが拐われたと報告を受けたのは城でここ数日様々な地域でΩだけを狙った誘拐事件が頻発していると聞いていた時だった。

「今、何と…」

「屋敷へ、お戻りになる途中のようでした…!馬車ごと襲われていて…!」

戻ると言っていた時間を過ぎていたために村へ向かおうとする道中に主人を失った馬車と変わり果てた姿の護衛、リイル付きのメイドを見つけたのだと、憔悴しきった様子で飛び込んできた使用人は陛下の前であるということも憚らずにそう言った。

「陛下…失礼致します…!」

「カイン!待て!」

制止する陛下の声を背中に受けながら一刻も早くリイルを見つけなければと、城を飛び出した。




「ハァ、ハァ、…!」

襲撃を受けたと言う場所まで辿り着けば、数時間前にリイルを頼むと言葉を交わした者たちが無惨な姿となって横たわっていた。
 
「マルクス…ジーク…スザンナ……リイル、必ず助けてやるから…!」




だから、無事でいてくれーーー










その後国を挙げての捜索でおよそ2ヶ月の時間を有したものの、今までに拐われていたΩを全員見つけ出す事が出来た。

しかし、中にはすでに命を落としている者もいた。



リイルは、命があった事だけが不幸中の幸いだった。



どうしたらここまで酷いことが出来るのだ。


リイルは娼館に売られることもなく、犯人らの慰み者として扱われていた。

身体中に見られる暴力の後、そして、頸にある番の証を上書きするような、






焼印の跡。








屋敷に連れ帰り、ただ目を覚ますのを祈る日々が続いた1週間後、目を覚ましたリイルが最初に発したのは全てを拒絶する叫び声だった。



頸の焼印のせいなのか、番である俺のことさえも分からなくなっていた。








そんな生活をもう1年も続けている。

リイルが生きてさえいてくれればそれでよかったはずなのに。

自室で紙にペンを走らせていると、ふとリイルの香りを感じ窓の外に目を向ける。

そこにはフラフラと裏庭に向かうリイルの姿があった。


丁度書き終えた手紙に封をし、机の上に置いたまま急いでリイルの後を追う。


追いつくのは簡単だった。

ただ、気づかれないようにそっと後をつける。

(ここは…)

しばらく歩いた先に見えるのは屋敷の裏にある森へ続く門だった。

リイルが何の迷いもなくその門を押すとキィと高い音を立て門が開く。

いつの間にか鍵は壊れていたようだ。

そのままリイルは森へと進む。


それからまたしばらく真っ直ぐ進むと懐かしい景色。


目の前の広がる大きな湖、その畔でリイルは歩みを止めた。

「カイン…」

リイルは後を追っていた俺の存在に気づいていたのか、振り向かずに小さく俺を呼ぶ。

「どうした?」

なるべくいつも通りに、そして優しく返事をする。

そうすると湖の中央を指差し、またポツリと言葉を発する。

「あそこまで、連れて行って…あの日みたいに、」

それは番になる前の思い出。

誰にも邪魔されず、2人きりで話がしたいと俺がこの湖へ誘い出してボートを漕ぎ湖の中央まで行った日。

「ああ。丁度ボートもここにあることだし、行こうか」

さあ、と右手をリイルに差し出すとごく自然な流れでリイルの左手が重ねられる。

1年ぶりにリイルの意志で重ねられた手は余りにも頼りなく、力を込めればすぐに折れてしまいそうなほどだった。

「足元、気をつけて」

「うん、ありがとう」

あの日と同じ会話、同じボートで湖の中央へと漕ぎ出した。

この広い湖の中央に行くまでの間俺たちには会話は無く、ただ穏やかな沈黙が続く。

「ねぇ、カイン、」

リイルによって長い沈黙が破られたのは、湖の中央に到達し俺が漕ぐのをやめた時だった。

「僕ね、カインが助けに来てくれるって信じてた」

ただじっとリイルを見つめ、ひとつも聞き逃さぬように次の言葉を待つ。

「だからね、すごく嬉しかった。それこそ今までの苦痛も忘れるほどに」

この1年見ることも叶わなかったリイルの微笑みに涙が溢れそうになる。

でも、と言ったリイルの顔から微笑みが消える。

「やっぱり忘れられ無かった」

分かっていた事だ。

だからリイルは壊れてしまった。

「カインを想えば想うほど、もう僕は側にいられないって…でも、ずっと側にいたくて…!!」

正気を取り戻したリイルの瞳から次から次へと涙が零れ落ちる。

「ねぇ、僕もうカインの事を感じられないんだ…!こんなに心は求めているのに…!」

そう言ったリイルは頸を抑えて蹲る。

「リイル、」

堪らずリイルを抱きしめ名前を呼ぶ。

「リイル、大丈夫、大丈夫だ。俺は絶対に離さない、ずっと側にいるから!」

「でも、ダメなんだよ…今も、抱きしめてくれて…嬉しいはずなのに、なのに…!!」

リイルの身体が震えているのに気がつき、それでもと、抱き締める腕に力を込める。

「離して、カイン、もう僕はダメだから………お願い…








死なせて…!」









それはリイルの心からの言葉だった。





「嫌だ、絶対に離さない…そう、言っただろ」

「え…?」

死ぬなと言わない俺に驚いたのか、リイルの涙が止まった。

「もう、1人にはさせない」

「カ、イン…」

なんで?とリイルが困惑したような、でもどこか嬉しそうな顔をする。

「俺はリイルの側を離れない。どこにだって一緒にいく。もう絶対にこの手は離さないから、」

抱き締める力を緩め、未だに頸を抑えるリイルの手にそっと己の手を重ねる。

「いいの…?」

「ああ、当たり前だ。家のことももう全て書いてきた。後はセドが片付けてくれる」

目を閉じ、リイルを追いかける直前に仕上げた遺される者たちへの手紙を思い浮かべ、この答えは間違ってなどいないと自分に言い聞かせる。

「俺はこの世のなによりもリイルが一番大切だから、今度は間違えない」

何度も考えたたらればを思い起こし、そう固く誓う。

「カイン…カイン……!」

俺の名前を呼び、背中に縋るように手を回すリイルをまた力一杯抱き締め返す。

「リイル、これからもずっとお前の側にいたい」

「…!」

あの日と同じ言葉を紡ぐ。

「だからお前も俺の側にいてくれ」

「…!…はい、もちろん…!」

帰ってきたのはあの日と同じ答え。


それからどちらともなく唇を合わせる。





バシャン、と一際大きな音を立てた水面はそれ以降何も無かったかのように、ただ穏やかにキラキラと光を反射させているだけだった。












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