Ωの皇妃

永峯 祥司

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第2部

ラシルァンの中

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「──粗方の事情はわかった」

 ルバルア人6人を前にして、イェンは難しい表情で頷いた。

「荷馬車の御者からあんたが処刑されたと聞いて、信じられなかった。罪が何かも聞かされたが……余計に本当だとは思えなかった」

 なるほど、口論のようになっていたのはそれが原因か。リューシは心中で納得した。
 ウラウロイは貞操を重んじる。罪状を信じられていればどうなっていたか。

「話を聞いて腑に落ちた。あんたは無実。皇帝に嵌められた。なら、俺が味方すべき相手は決まっている」

 差し出された手をしかと握る。力の籠った握手をした後、イェンは「それから、」と付け足す。申し訳なさそうに眉を下げた。

あの事・・・だが……改めて詫びさせてくれ」

 バルトリスとセドルアの表情がぴくりと動く。この話題を持ち出すならサシの方が良かったか。一瞬そう頭を過るが、今更仕方ない。
 部下の3名は知らない事だが、「あの事」とは言うまでもなく木の実が原因で起こった発情期騒ぎの事だろう。あれには殆どイェンの責任はないというのに、まだ気に病んでいたのか。
 
「構わない。あれは事故のようなものだ」
「しかし、あんた自身に詫びさせてくれなければ……」

 謝罪は不要だという言葉に、若い戦士は納得いかないという風に眉間に皺を寄せた。
 やはりこの青年に協力を仰いだのは正解だった、とリューシは己の判断を自画自賛する。義理堅く、実直で信用出来る。

「そう気に病む必要はない。俺も不用心だった。それに、代償は充分に払って貰っているだろう」

 文字通り死ぬ程反省したイェンらの集団自決を阻止した張本人であるバルトリスも隣で「まあ仕方ねぇな」というように頷く。

「俺は許しちゃいないが……リューシがそう言うんなら、今更蒸し返すのもどうかと思うぜ」
「揉み消した後だしな」

 そうだと同調するリューシにイェンが「正気か!?」と声を荒らげる。

「揉み消していい事じゃないだろう! アムア石輸出の利益だけで帳消しになるわけがないと思っていたが、まさか、そんな……っ!」
「当然の処置だ。そのまま表沙汰になってみろ、下手すればウラウロイ族滅亡だぞ」

 まあ俺が理由で国家が動くとも思えんが、と口に出さずに付け足せばバルトリスに小突かれる。こいつは読心術でも会得しているのだろうか。

 「ともかく、お前は俺たちを匿ってくれればいい。どうしても罪滅ぼしがしたいならそれが合理的だ。他の奴らにもそう言っておけ」

 有無を言わさぬ口調で言えば、イェンは渋々頷いた。まだ完全には納得していないようだが、ひとまず交渉成立だ。


 ──その後、長であるイロトミに甥のイェンが取り次ぎ、リューシら一行は正式にナルノロンでの滞在が認められた。
 イェンの通訳を介してイロトミは「甥達が申し訳ない事をした」と何度も謝罪した。彼もあの一件について気にしていたようで、同じやり取りを繰り返す事になった。

 客として迎えられ、宿泊用に二つのラシルァンも貸して貰っている。周囲のウラウロイ族も好意的で衣食住の「衣」と「食」まで世話してくれると言う。パヴィナを捜しに行く以上長居は出来ないが、この身体に慣れるまでは問題なく過ごせそうだと安心した。
 というのも、リューシの身体は未だに動きがぎこちない。出立前に確認したところ、モルス曰く「魔力を取り込みつつ魂を身体に馴染ませてやるしかない」との事だったが、それもどれだけ時間がかかるか不明なのだ。元通り動けるようになるまで生活が保証されているのは有り難かった。

 宵には歓迎の宴が開かれ、以前訪れた時と同じくお祭り騒ぎとなった。リューシも何杯か酒を飲んだ。勿論、例の木の実は回避している。
 宴の途中には酔って上機嫌になったイロトミがアムア石加工職人のオヴィニをリューシの前に引っ張り出し、本場のアムア石加工を見せるという明日の約束を取り付けさせた。

 ようやくその宴もお開きとなった深夜、美しい月明かりの射し込むラシルァンで、リューシはバルトリスとセドルアの二人と向き合っていた。
 二つ借りたラシルァンのうち、手前の方にノット、レンド、リーン。奥の方にリューシ、バルトリス、セドルアという部屋割りである。

「──しかし、宴までしだすとはなぁ」

 酔い醒ましの水を飲みながらバルトリスが言う。
 彼はリューシ程ではないにしろかなりの酒豪のはずだが、ウラウロイ族の強い酒は思いの外回りが早かったらしい。一杯分しか口にしていないセドルアも少々血色が良くなっていた。

「ウラウロイ族は案外祭り好きらしいからな」 

 ゆったりと胡座をかいたセドルアが答える。イェンがそう言っていたと話す彼の表情に険しさはない。離れた場所でイェンと話している姿は宴の際に見受けられたが、和やかに会話が出来たものらしい。

「気のいい奴らですよ、打ち解ければね。──リューシはモルスに『殺されるぞ』なんて脅されたんだっけ、なぁ?」

 話を振ってきたバルトリスに「ああ」と応じる。

「余所者を受け入れないと聞いていたが、相手によるようだな」

「歴史が歴史だからな」とセドルア。

「警戒心が強まるのも仕方ない」
「仰る通り。ルバルア人と友好関係を結んで貰えたのは殆ど奇跡だ。リューシがマストネラを見つけたのも大した偶然だが、10年前の殿下のウラウロイ族との接触がなけりゃどうにもなりませんでしたよ」

 バルトリスが一気に水を煽り、からからと笑った。
 藁にもすがる思いでこの地を訪れたのは、今思えば無謀な事だった。セドルアの協力なしにはここまで漕ぎ着けられていなかっただろう。それこそ敵と見なされて殺されていたかも知れない。あの時、イェンと打ち解けられたが故にこうして匿って貰うなどという事もあり得ている。

「殿下には改めて感謝しなければなりませんね」

 そうセドルアを見れば、彼は「よせ」と顔をしかめた。

「俺は別に、何もしていないだろう」

 顔を背け、ぶっきらぼうに言う。その頬の赤みが些か強まったように見えるのは、酒が大分回ったのだろうか。

「──それで、これからどうする」

 姿勢を正した第2皇子は話題を逸らすように真面目な口調で問う。これから、というのはナルノロンを出てからの事だ。

「パヴィナを捜すのはそうだが……どこにいるのかわからないんだろう?」
「ええ。モルスも知らないそうですから、地道に手掛かりを見つけるしかないでしょうね。行く先々で情報を集めるのが最も現実的かと」
「その間にお前の魂が肉体に馴染めばいいが……」
「いや、」

 それよりも貴方が同行している事が心配だ、と言いかけて呑み込んだ。
 この皇子とて馬鹿ではない。何も手を打たずに宮殿を脱け出したわけではないだろう。自分がとやかく言うのは余計だ。

「──焦る必要はありません。これでも日常生活に支障の出ない程度には回復していますから」

 続く言葉をすり替えて言うと、空になったコップを敷物の上に置いたバルトリスが「でもよ、」と口を挟む。

「どっちにしろ早いとこ全快した方がいいだろう。ノット達も護衛に付いてるとはいえ、万が一の事があった時に動けなきゃ困る。あんまり無理せず休まにゃならんぜ。今日だって結構無理してただろ」

 軍医の顔をして言う悪友にわかってると返し、リューシは胡座をかいた膝に頬杖を付いた。なぜだか、急激に眠い。自覚はなかったが彼の言うように無理をしていたのだろうか。このまま崩れて寝てしまいそうだ。

「おい、大丈夫かリューシ」
「ラヴォル? 眠いのか」

 気遣うように声を上げる二人にああともうんともつかない返事をするも、既に意識の大部分は脱落してしまっている。もう抗えそうになかった。

「……ったく、言った傍から……」

 バルトリスの腕に抱え上げられ寝床へ運ばれる。悪態をつく割には優しい手付きに、母親に抱かれた赤ん坊のような安心感に包まれる。無骨な男の手だというのに、不思議だ。

「魔力はお前が寝てから分けといてやるから、休んどけ」

 手のひらの温度を額に感じ、リューシの辛うじて残っていた意識も闇に呑まれていった。




「──眠ったか」
「ああ」

 セドルアが寝床に寝かされたリューシの顔を覗き込んで尋ねれば、敬語を外した応答が返される。
 このバルトリス・ロドスという男はリューシの事になるとこうした顔を見せる場合がままあるとは、あの木の実の一件で気が付いていた。自分に牽制するような目を向けるのも自意識過剰ではないはずだ。

「今日の魔力はお前の担当か」

 尋ねる声が少々刺々しくなる。自覚はあるが、自重する気はない。睡魔に襲われたリューシの身体が傾くのを抱き留め抱えて運んでやる動作があまりに自然で癪だったのだ。リューシが安心し切ったように身を任せていたのも、この男が少しの躊躇で出遅れた自分を視線で押し留めたのも気に食わない。
 確かに共にした時間はこの男の方が長いだろう。リューシの事も自分より理解している。だからといってそれを目の前で見せつけられては不愉快だった。

「いや……俺一人がするより、二人分の方が効果を上げられるだろう。あんたもしてやってくれ」

 ──それだ。そういう余裕ぶったところも気に食わない。

「なら俺は後でする。お前が先にやれ」

 セドルアの申し出にバルトリスは一瞬怪訝な表情を浮かべるが、直ぐに上体を屈める。起こさないように気を付けているのだろう、壊れ物に触れるような口付けをひとつ落とした。さらりと、さも愛しそうに黒髪を梳いてから離れる。

「あんたの番だぜ」

 わかっていると視線で返し、セドルアはリューシの傍らに跪く。月光に白く照らされた頬に指先で触れた。すうっと精悍な輪郭を辿り、顎先に人差し指を添えて少しだけ上向かせる。睫毛の陰影を至近距離で堪能出来るこの瞬間の、何と甘美な事か。

 ──お前に残るのは、俺の感触だけでいい。

 ゆっくりと、己のそれを重ねた。
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