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13 聖女オリビア

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「……まあ、どうして私がそのような事を?」


 聖女オリビアはコテンと首を傾げて言った。そのキョトンとした表情はまるで純粋無垢な少女のようだった。


 そんな叔母である聖女オリビアの様子を見て、俺は益々彼女に不思議な胸騒ぎと既視感を覚えていた。

 いや、勿論俺は元々叔父上の妻としての彼女を幼い頃から知っている。叔父夫婦は今は遠い辺境の地で暮らされているとはいえ1年に一度は王宮を訪れ、小さな頃は随分可愛がってもらった記憶もある。

 ……しかし、俺が『ソウタ』としての前世の記憶が戻ってから彼女を見るのは初めてだった。


 戸惑う俺をよそに、聖女オリビアの言葉を聞いた大司教は顔色を変える。


「どうして、とは……!? 貴女は聖女でありましょう!? この度の神のお告げ、この王国を正しき道へと導く為に聖女サーシャを王子の妃にという話なのですぞ!? 貴女は王家の一員でもある。王家の方々への説得は貴女が一番適している!」


 大司教は唾を飛ばす勢いで聖女オリビアにそう言って迫った。

 ……しかし。


「まあ。ですから、どうして私が『神のお告げ』ではない事の助力をしなければなりませんの? 神は真に愛し合う者達を引き裂く事などされませんわ。それにルーズベルト公爵令嬢がその聖女を貶めたという証拠はございますの?」


 大司教の必死な様子を全く気にする風もなく、聖女オリビアは爽やかな笑顔で答えた。


 『神のお告げではない』


 彼女は大司教や聖女サーシャの意に反する事をサラッと言ってのけた。

 大司教と聖女サーシャは驚きそれ以外の者は騒めく。……俺は最初から彼らの嘘だと分かってはいたし、大多数の人々もおかしいとは思っていただろうけど。

 俺はそれよりも聖女オリビアが大司教に逆らった事に少し驚いていた。

 大司教は大慌てで言った。


「んなっ……! 何を言っておいでかッ! これは、『神のお告げ』なのです! 聖女サーシャが聞いた神のお言葉を蔑ろにされるのか!? それに聖女が言っているのですから間違いのない確かな事なのでございます!」


 またも怒鳴り立て続ける大司教にオリビアは眉を顰めた。


「んまぁ……。大司教様ともあろうお方が、なんと恐ろしいお顔をされるのでしょう。……ああ、それから『神のお告げ』を受けられるのは聖女サーシャだけではありませんわ。
私も、『神のお告げ』を受けております」


 聖女オリビアはそう言ってスッとその表情から笑顔を消し、神に祈る姿勢を取られた。


「なっ! オリビア聖女様……!」


 大司教はオリビア聖女を止めようとしたが、すかさず俺はその大司教を止める。


「……シッ! お静かに! オリビア聖女様におかれましては、今から神からのお言葉を告げられるのです!」


 俺は悔しげな大司教を制してから、聖女オリビアを見た。

 その銀の髪は天からの光を浴びているかの如く輝き、彼女の祈る姿を一層神々しく見せていた。


「……神よりのお言葉を申し上げます。
『輝かしき次期国王たるステファン王太子。真摯な心でただ一人愛する女性キャロラインを生涯大切にせよ。……されば、『ザマァナシ』」


 …………へ!?


 俺は一瞬頭がポーンと弾けたような気持ちになった。

 ……なんだって? オリビア叔母は、今なんて言った??

 『ザマァ』?

 あの美しい聖女オリビアから『ザマァ』なんて言葉が出た事だけでもポカーンなんだが、おそらくこの中で『ザマァ』がなんたるかを知るのはおそらく俺だけで、驚き彼女を穴が開く程見ているのも俺だけなんだが……! 

 とにかくこの大広間にいる者全てが、暫く『ポカーン』となった。

 そんな中、そのポカーンを生み出した聖女オリビアが周りの光景を見てうふふと笑った。


「……お分かりになられました? 神はステファン殿下の恋を応援されておいでです。殿下が愛する女性を守り愛し抜き国を良き方向に導いていく事を望まれておいでなのです」


 聖女オリビアはそう言って、俺……ステファン王子とキャロラインを慈愛の瞳で見つめた。

 はっとした俺とキャロラインは聖女オリビアに礼を返す。



 ――そして俺はそんな聖女オリビアを見て、やっと気付いた。

 その優しさと厳しさと、恐ろしさと分かりづらい愛情表現と、その意外な不器用さを……。


 『ねーちゃん』……。

 ……オリビア聖女が、『ねーちゃん』だったんだろ? そしてどういう訳か、ねーちゃんも俺が『ソウタ』だと分かっている。そして……、ずっと俺を守ってくれてたんだな。

 俺は、心の中で『ありがとう』と感謝をして目を閉じ息を吐く。


 そして次に俺が目を開け前を向いた時、会場中の人々は大司教と聖女サーシャに冷たい視線を投げかけていた。
 2人は顔色を悪くして俯いていた。

 ……が、大司教は思い付いたかのように前を向き唾を飛ばす勢いで聖女オリビアを見て叫んだ。


「……何を……、都合の良い事をッ! 貴女の言う『神のお告げ』とやらが本物だという証拠がどこにあるッ! そのようなもの、今自分の都合の良いように言ってみただけではないかッ!」


 大司教は大真面目にそう思って言ったのだが、聖女オリビアは更にニコリと笑い大司教の恫喝にも似た言葉に全く動じずに答えた。


「……まあ。それはそちらも同じですわよね。では、そちらの『神のお告げ』の根拠はなんですの? そちらの内容はこちらよりもかなり自分達の教会にご都合の良いお話に思えるのですけれど。
……そもそもそちらの聖女の言う公爵令嬢からの虐め。本当にあったかどうか、調べればすぐに真実は分かると思いますけれど」

「……ッ!!」


 聖女オリビアのど正論に大司教は言葉に詰まり固まった。


 『都合の良い神のお告げ』。
 大司教が先程言った事は、全て自分達にも言える事なのだ。自分の発言が自分に返ってきた大司教は顔色を悪くして俯いた。周りの人々は皆そんな大司教を冷たい目で見た。




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